第4話 心のこもった年賀状

 師走しわすになると男の悩みは深刻化した。彼女の笑顔の一言が両肩に重くのしかかり、自然に背中が丸くなる。仕事をしていても忘れられず、溜息の数が増えた。


 心のこもった年賀状が欲しいな。


 何気ない一言を男は重く受け止めた。長い恋人関係を解消して結婚にぎ着ける。その一つの試練と位置付けた。

 例年のようにメールで簡単に済ませる訳にはいかない。年賀状を購入して木版画に挑戦する。真新しい彫刻刀を用意したところで疑問が湧いて出た。

 年賀はがきを手作りした方が手間は掛かる。一層、心がこもっていると言えるのではと考え直した。紙すきの技術はネットで学んだ。同様に主成分となるコウゾが手に入る山を検索で見つけ出す。

 決心が揺らぐ前に男は家を出ようとした。玄関の手前で引き留めるように足が止まる。国有林でなければ山には必ず所有者がいる。勝手に木を伐採すれば法に触れるのではと頭を過った。

 ネットで調べると山林の売買サイトが幾つも目に留まる。コウゾが取れる山も売りに出されていた。その額は男の予想を超えていて現状では手が出せない。諦め切れず、高額のバイトを探してついに見つけた。

 男は嬉々とした表情で彼女にメールを送った。


『心のこもった年賀はがきの為、三年間、フィリピンへ出稼ぎに行ってくる』


 受け取った彼女は一目で、え、と困惑の声を漏らすのだった。

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ショートショート 黒羽カラス @fullswing

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