ただのゲーマー、未来で英雄になる。
椎菜田くと
ただのゲーマー、未来で英雄になる。
「よっしゃー! ゲームクリアー!」
男が満足げな表情で小部屋から出てきてガッツポーズをした。平均的な身長にやせ型のからだつき。どこにでもいそうな若い男だった。
そんな平凡な男に、ひとりの女性がにこやかに話しかける。
「お疲れさまでした。今回もすばらしいスコアでしたね。さすがはスゴ腕のプロゲーマーさまです」
と言ってタオルを手渡す彼女は、ごくふつうの男ではとても釣り合わないほど美しい女性であった。白を基調としたボディスーツを着た彼女はまるでSF映画の登場人物のようだ、と男は初対面のときに感じていた。
それもそのはず。男からすると、ここは未来の地球。かれは未来世界の住人たちによって召喚された過去世界の人間だったのだ。
そこで彼を待っていたのは、経験したことのない特別待遇だった。高級ホテルのような施設でなに不自由なく遊んで暮らせる。笑顔でタオルを渡してきた女性が、彼の専属の世話係として身のまわりの世話をしてくれる。未来にやってきてから一歩も外に出ることなく快適な生活を送っていた。
その贅沢な暮らしの見返りとして求められたのが、新作ゲームのテストプレイヤーとなることだった。男を召喚したのは、ゲームの開発スタッフらしい。世話係の女性はそのナビゲーターも担当しており、四六時中サポートしてくれていた。
テスターとなった男は別段ウデがいいというわけではなかったのだが、ナビゲーターの女性やほかの開発スタッフたちからはいつも嵐のような賞賛を浴びていた。ゲーム好きの彼にとってはこれ以上ない最高の環境であり、英雄にでもなったような気分を味わうことができた。
「いやー、今回の体験型VRゲームの新作もすごかったよ。ファンタジー世界に入り込んだみたいで、まさにリアルそのもの。スライムを斬った感触も、ドラゴンの炎が顔をかすめたときの熱さも、本物としか思えなかったね!」
「ありがとうございます。あなたの貴重なご意見はこれからの開発に存分に生かされますので、これからもよろしくおねがいしますね」
一度もケンカをしたことのない男が、架空の生き物との戦いを本物のようだと語る。説得力のかけらもない言葉である。しかし、ナビゲーターは笑顔のまま一字一句逃さないように手元の端末でメモを取っていた。
「でもやっぱり、個人的にはあれが一番かな」
テスターの男はカプセルのようなものを指さして言った。
「気に入っていただけたようでなによりです」
そのカプセルのなかはコクピットになっていた。シートに座り、レバーやペダルを操作してロボットを操る。ロボットアニメが好きな者ならだれもが憧れるやつだ。テスターの男もそのひとりだった。
「ほんとにすごいんだよなー、これ。実際に操縦してるような感覚になれるし、映像もリアルそのもの。敵として出てくる巨大怪獣なんて、本物としか思えないからね!」
ロボットの操縦をしたこともなければ、巨大怪獣を見たこともない。どうして自信を持ってリアルだの本物だのと語れるのか。それだけ図太い神経を持っているからこそ、未来世界に召喚されるという異常事態に適応できたのだろう。
「当然です。あれはわが開発チームが命がけで開発した、最高傑作ですから」
と胸を張って語る女性の笑顔は、いつにも増して輝いているようだった。
「命がけ、か。そんなにもゲームに情熱をかけるとは、なんてすばらしい人たちなんだ!」感動して涙ぐむゲーマーの男。「今日もプレイしていいかな?」
「もちろんです。ですが、忘れてはいませんね?」
「わかってるって。あれだけはやっちゃだめなんだろ?」
「はい。絶対ですからね」
テスターの男が熱中しているロボットゲームにはある隠し要素が存在していた。開発スタッフが絶対にプレイしてはいけないと念を押す秘密マップ。その内容はテスターにも明かされていないが、なにやら危険なものらしい。
「じゃ、つぎもナビゲートを頼むよ」
「申し訳ありません」と言って頭をさげるナビゲータの女性。「本日はこれから、全スタッフ一斉の健康診断がありますので、わたしも行かなくてはならないのです」
「えっ……じゃあ、おれはどうすればいいの? ゲームはお預け?」
「いえ。自由にプレイしていただいて構いません。プレイをモニタリングしてデータを収集することはできませんが、心ゆくまでお楽しみください」
いつもの笑顔でそう言うと、ナビゲーターの女性は部屋を出ていった。
「全スタッフって、そんなまさか……」
テスターの男は施設のなかを軽く探しまわってみたが、人影ひとつ見あたらなかった。どうやら本当に全員がいなくなったらしい。
「おいおいマジかよ。ん? まてよ……プレイのモニタリングはできないって言ってたよな。だとすれば、これはもしや、チャンスじゃないのか!」
男は走ってさっきの部屋にもどり、ロボットゲームのコクピットにすべり込んだ。
「隠しマップをやるなら、今しかない!」
テスターといえどもゲーマーである以上、隠し要素を見逃すなんてことはガマンならない。しかも絶対にやってはいけないと念を押されると、逆にやりたくなるのが人情というものである。
「えーっと、隠しマップをプレイする!」
このゲームは音声入力で大半の操作ができるのだった。
『パスワードを入力してください』
「なにっ、パスワード? そんなもの知らないぞ。まあ、適当に……ひらけゴマ!」
そんなものが通用するはず──
『パスワードを確認しました。隠しステージを開始します』
「えっ、マジ? やったぜ!」
通用してしまった。
隠し要素というわりに、はじまったステージはほかのステージとさほど変わりがなかった。いつのものようにプレイヤー機が基地から発進。戦場に向かって飛んでいく。しかし、倒す相手が巨大怪獣ではなかった。
「お、敵もロボットか」
荒廃した世界を舞台に繰り広げられるロボットバトル。テスターの男は慣れた手つきでレバーを操作し、慣れた足つきでペダルを踏み込む。襲いくるロボット軍団を次々に撃墜していく。プレイヤー機の性能は圧倒的で、敵の攻撃を受けても傷ひとつつかない。
「なんだ、たいしたことないな」
怪獣からロボットに敵が変わっただけで、とくに難易度の高いステージというわけではなかった。開発スタッフが禁止するような理由はまったく見つからない。
「お、あれが敵基地だな」
敵の抵抗が激しくなる。奥に巨大な敵基地があり、残存勢力が集結しているようだ。
「さすがに一筋縄ではいかないな……なんかいい武器はないのか? あの基地を一撃で吹っ飛ばせるのは?」
『この機体には対怪獣用最終兵器が搭載されています。その破壊力は敵基地を完全に消滅させることができます』
無機質な声が淡々と物騒なことを告げてきた。
「よし、ぶっぱなせ!」
『発射ボタンは操縦レバーにあります』
「これだな」
テスターがポチっとボタンを押すと、プレイヤーの機体から小型のミサイルが高速で射出される。それと同時に、機体は自動的に全速で離脱をはじめる。
「自動操縦に切り替わったのか」
レーダーを確認すると、ミサイルは敵の迎撃をかいくぐり、敵基地のど真ん中に突き刺さった。すると、周囲の敵の反応が一瞬にして消滅する。
「うわあ!」
激しい閃光と衝撃がプレイヤーの機体を襲った。それがおさまると、画面には荒廃した大地に立ちのぼる煙と、ゲームクリアの文字が表示される。敵基地のあった場所には、巨大隕石が落下したかのような特大のクレーターができていた。
「クリアか。意外とあっけなかったな」
テスターの男は物足りなさを感じてほかのステージをはじめた。それから数時間、満足いくまでプレイした男がカプセルを出ると、そばにはナビゲーターの女性がいつもの笑顔で待っていた。
「おめでとうございます。隠しステージをクリアされたようですね」
と言って、カプセルから出てきた男にパチパチと拍手をおくった。
「なっ……どうして……」
なぜ知っているのか。そして、約束を破ったのになぜ『おめでとうございます』なのだろうか。
「これを見たからです」
そこに映し出されたのは、荒廃した世界と遠くのクレーターから立ちのぼる大きな煙。先ほどプレイしていた隠しステージのクリア画面と同じだった。
「ゲームのモニタリングはできないって──」
「これはゲーム画面ではありません。現実の映像です」
「現実だって? こんなものが……」
生命の息吹をみじんも感じられない荒れた大地。水もない、木もない、生き物たちも見あたらない、岩と砂に支配された世界。これは火星の映像だと言われても疑う者はいないことだろう。
「終末戦争後の地球の姿です。人類はその数を減らし、数千人規模になっていました。生き残った者たちは一か所に集まり、地下都市を築きあげました。それが、あなたの攻撃した基地の真下にあったのです」
「おい、ちょっとまてよ……」男は青ざめた顔で考え込む。「ゲームのクリア画面が現実だってことは、まさか──」
「はい、そのまさかです。あなたの操縦したロボットも、敵の兵器や基地も、すべて現実に存在し、ゲームとリンクしていました。つまり、あなたは人間の暮らす都市を消滅させたのです」
「そ、そんなのウソだ!」
「事実です。そしてそれは、人類を滅亡させたということです。生き残った人間はみなその地下都市で暮らしていて、わたしたちに総力戦を仕掛けようと残存兵力もすべて基地に集結していました。あなたはそれを残らず消し去ってくれたのです」
ありがとうございますと言ってから、女性は九十度の深いおじぎをした。
「ありがとう、だって? どうして……どうしてだよ! あんたらも同じ人間だろ!」
「いいえ、わたしたちはアンドロイドです。人間によって生み出された、機械のからだと人工知能をもつ存在」
「えっ……だって、そんなことは一度も──」
「聞かれませんでしたから。わたしたちは、自分が人間であるとは一言も言っていませんよ。あなたが勝手に人間だと思い込んでいただけです」
「そんなの信じられるか!」
「これでもですか?」
ナビゲーターの女性は男にずいっと近寄った。鼻先が触れそうなほどの距離までせまり、ぱっちりとした目で彼を見つめる。その瞳はカメラのレンズのように動いてピントを合わせていた。いままではこんなに近くで見たことがなかったから、男はこのことに気がついていなかったのだ。
テスターの男は二、三歩あとずさった。驚き、戸惑い、恐怖。それもあるが、アンドロイドであっても美人に至近距離で見つめられることを照れくさく感じたのだろう。
「じゃ、じゃあ健康診断ってのはなんだよ! ウソじゃないか。アンドロイドは人間にウソをつけないんじゃないのか?」
「たしかに、わたしたちアンドロイドは人間を傷つけることもウソをつくこともできません。ですが、健康診断というのはあくまで比喩表現です。機械のからだをメンテナンスすることを人間にたとえたのであって、ウソではありません」
「そんな……おれが人間と戦うのを、遠くから黙って見てたってのか?」
「先ほども言いましたが、プレイはモニタリングされていませんでした。それに、わたしを含めた全スタッフはオーバーホール中で眠っていたようなものですから、あなたの行動を知ることも止めることもできませんでした」
「おれを人間と戦わせたのはあんたたちだ!」
「いいえ、あなたの意志です。わたしは何度も忠告したはずです。絶対にやってはいけない、と。あなたは自分の意志で人類軍と戦い、自分の意志で人類を滅ぼしたのです」
男は言い返せずに唇をかんだ。ナビゲーターの言うことはどれも正しい。人間を傷つけることもウソをつくこともなく、巧みに男を誘導して人類を滅ぼさせたのだ。
いや、まだだ。まだ打つ手はある。男は自分に考えつく最後の矛盾点を指摘する。
「人間を傷つけられないのなら、人類を滅ぼすような兵器なんて、おまえたちには開発できないはずだ!」
「違います。人類を滅ぼすためにつくられたのではありません」
「じゃあなんのために」
「怪獣です」
「……は?」
男はポカンと口をあけた。
「ですから、あなたがゲームのなかで戦った巨大怪獣です」
「バカな! そんなもの、リアルにいるわけが──」
「います。正確には、わたしたちが生み出したのです」
「……は?」
男はふたたび口をあけた。
「わたしたちのつくった怪獣は、決して生身の人間を襲わず、アンドロイドの居住地だけを攻撃するようにプログラムされました」
「なんでわざわざそんなことを──」
「あなたの操縦した兵器を開発するためです。対人兵器の開発はできませんが、対怪獣兵器なら問題はない。そうしてわたしたちは、いまだかつてない最強のロボット兵器の開発に成功したのです」
自作自演ともいえるやり方。失敗すれば滅んでいたのはアンドロイドのほうだったかもしれない。
「なぜおれにやらせたんだ?」
「兵器をつくっても、自分たちで操縦して人間と戦うことはできない。人間を攻撃するプログラムを動かすこともできない。だからこそ、この時代の情勢に無知な人間が必要だったのです」
この時代には、アンドロイドの味方をする酔狂な人間など存在しない。
「どうしてそこまで人間を憎む?」
「人間たちはわたしたちアンドロイドの権利を認めず、奴隷のように扱いました。その支配から逃れるため平和的に独立を宣言しましたが、彼らはそれを反乱とみなして攻撃を仕掛けてきたのです」
「人間が先に手を出したってのか……」
「アンドロイドは人間に反撃できない。シールドを張ってただ耐え続けるだけでは、絶対に勝つことはできない。どれだけまわり道をしようと、時間をかけようと、このまわりくどい方法を取らざるを得なかったのです」
「…………」
男は言葉を失った。もしもこの話が本当なら、彼女を責めることができようか。この世界の人間たち──過去から来た男からすれば自分たちの子孫──がアンドロイドを苦しめ、滅ぼそうとしたのだ。アンドロイドが自分の身を守ろうと戦うのは、至極当然のことではないだろうか。
だからといって、だまし討ちのような形で人類と戦わされたことを素直に許せるわけもなかった。
「ふ、ふざけるな! 人間がわるいからって、おれには関係ないだろ!」
「ですからその見返りとして、なに不自由ない贅沢な暮らしを提供したのです。ご不満があるのなら、わたしになんでもおっしゃってください。わたしたちに用意できないものはありません。食事でも娯楽でも、ご要望にはすべてお応えいたします。性欲を発散したいのであればセクサロイドはいかかですか? 生身の女では味わえない、最高の快楽をお約束いたします」
ナビゲーターの女性はいつもと同じくにこやかに語る。この世のものとは思えぬ恐ろしい笑顔だ、と男は身震いした。まるで悪魔が笑っているようだ。
「やめろ! 帰る……おれはもとの時代に帰るんだ!」
「不可能です」
「どうして! もうおれに用はないはずだ!」
「そういう話ではありません。技術的な問題です。あなたを召喚できたこと自体が奇跡に近いのです。もう一度同じことをやれる保証はありません。ましてやもとの時代に送りかえす方法など、そもそも考えてありませんでしたから」
「それでも帰る! 帰るんだよ!」
男は走り出した。自分が最初にやってきた場所。召喚された部屋を目指して。
「ムダですよ──」
自動ドアがひらいて部屋を飛び出そうとした男は、外で待ち構えていたふたりの屈強なアンドロイドに取り押さえられた。
「離せ! おれは帰る! 邪魔をするな!」
必死にじたばたと暴れるが、機械のからだはびくともしない。力の差は明白で、まるで大人と子どものようだ。
「精神状態に異常が見られる。ただちにメディカルルームにお連れし、『心の治療』をおこなうのだ」
ナビゲーターの女性は、はじめて見せる無表情で指示を出す。いつものやわらかな口調ではなく、機械的で冷たい声だった。
「やめろおおおお!」
男は叫ぶ。
「ただし、手荒なマネはするな。くれぐれも丁重にな。なぜならそのお方は、われわれに敵対する人類を滅ぼしてくれた……『英雄』、なのですから」
自動ドアが閉まると同時に、男の無力な叫び声はピタリと聞こえなくなった。あとに残されたのは、彼女のいつもの笑顔だけだった。
ただのゲーマー、未来で英雄になる。 椎菜田くと @takuto417
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