第3話 姉ちゃんを守れ


 天然侮るべからず。


 俺には世間一般からすると理想の女性と言われる姉がいる。俺の父親が再婚して出来た姉だ。この姉に幼い時から惚れていた俺。


 最近のんびり構えていられなくなって、ようやく動き出したんだけど……


 「姉ちゃん、好きだよ」


 「侑ちゃん!私も大好き!」


 結構勇気を出して言った言葉も、姉ちゃんは即座に反応して俺に抱きついてきてくれるが、義弟としてだ。


 学生の身分の俺が社会人である姉ちゃんにプレゼントする金があるわけでもないから、貢ぐとすれば料理と家事だ。


「侑ちゃん〜!今日もお姉ちゃんの好きな物を作ってくれるなんてだーい好き!」


 週末だけじゃなく、出来るだけ平日も時間を見てくるようになった俺に、姉ちゃんは熱烈歓迎。たまに頬にキスしてくれるぐらいだが、やはり本気に取ってくれない。


「綺麗」「可愛い」「姉ちゃんだけだ」


 俺にしたら歯の浮く言葉だが、折を見て姉ちゃんに伝えている。やり過ぎると効果なくなるからな。


 姉ちゃんといえば……


「ありがと」「えへへ」「侑ちゃんはかけがえのない弟だよ」


 俺を悶えさせたり、凹ませてくれたりする。くそっ、上手くいかねぇ。かと言って姉ちゃんは、彼氏を作ったりしようとはせずいつも通りだ。


 そんなこんなで、手ごたえのないまま季節がすぎ、魔の12月に入ってしまった。


 まず姉ちゃんの誕生日が六日。

 そしてクリスマスに忘年会の時期だ。


 世間一般から理想の女性って言われている姉ちゃんが、独身で彼氏無しだぞ。世間の独身男が放っておくかよ。例え現実がこんなんでも……


「姉ちゃん!いい加減に起きろ!もう11時だぞ」


 バンっとドアを開けて部屋を見ると、まだベッドの上には頭から布団にすっぽり被って寝ている姉ちゃんの姿。


 あー、またスーツかけてねぇ。皺なるって言ってんのに。


 未だ返答のない姉ちゃん。だが俺にはわかる、狸寝入りだ。こういう時は姉ちゃんの好物で釣るしかない。


「何だよ、寝てんのか。仕方ねえな。フランのスモークサーモンのサンドイッチ買ってきたけど俺一人で食うか」


「…… !」


 お?今日は粘るな。じゃ、もう一押し。


「折角姉ちゃんの好きなケーキ作ってきたのに、寝てんなら仕方ねぇか。持って帰るか」


「…… 侑ちゃん、ズルい」

 お、釣れたか。


 布団から頭だけ出してこっちを見ている姉ちゃん。

 髪凄い事なってるぞ。


「侑ちゃん、折角の有給休日。それも誕生日位ゆっくり寝かせてくれても良いと思うの」


 ふくれた顔も可愛いがこっちだって今日の為に頑張ったんだ。


 俺が姉ちゃんを守る為に今日までした地道な努力。


 まず職場での姉ちゃんのガードに清水さん(姉ちゃんの同僚で、親友の女性)に協力して貰ったんだ。今日他に予定を入れない様に見張って貰う為に何回スイーツ作って差し入れしたことか!


 俺の姉ちゃんへの気持ちも知って応援してくれる人だが、側から見ると清水さんに貢いでいる様にも見えただろうなぁ。姉ちゃんなんとも思ってなかったみたいだけど(泣)


 更には近所の奥様達にも動いてもらっていた。


「最近ねぇ。マンションの奥様達から帰る時に良く声かけてもらうんだぁ」


 姉ちゃんは呑気にこう言っていたけど、今日まで悪い虫がつかない様に見張っていて貰ってもいた。奥様達が好きそうな俺らの関係をご近所付き合いしながら、ちょっとバラしたらそれはもう俺が予想しない所まで動いてくれた。


 姉ちゃんの周りを怪しい動きをした男がいた時、あえて掃除をしたり、男に声かけたり、逆に姉ちゃんに声かけたりして追い払ってくれたらしい。


 俺くる度に報告してくれんだわ。めっちゃ助かる。


 そして今日という姉ちゃんの誕生日まで賄賂(酒)で抱き込んだマンションの管理人の佐藤のおばちゃん。ノリノリでやってくれたんだよなぁ。


 最終兵器の「両親の命日に家族だけで過ごしたい」がかなり効いた。


 いや、実際両親の命日は明日。図らずも姉ちゃんの誕生日の次の日だ。姉ちゃんと一緒に両親の墓のもとには明日行く予定になっている。


 この包囲網を突破してくる男はおらず、今日という誕生日まで無事だった姉ちゃん。おかげで今日は姉ちゃんと一緒にマンションに立て篭る事ができる様になったんだ。


 俺だってバイトの調整や提出するレポートに追われながらなんとか頑張ったんだぞ。


 と言う事で今日は俺らを邪魔する奴らはいないと思ったら、本人がまさかこの状態とはなぁ。


「まぁ、姉ちゃん。起きて来いよ。一緒に借りてきたDVD見よーぜ」


「う〜ん…… わかった。準備するねぇ」


 まだ眠そうな姉ちゃんを部屋に残して、リビングに向かうと「ピンポーン」とまさかの呼び出し音が。


 回覧板か?と思いインターフォンに出ると……


『突然失礼致します。営業の長谷部と申しますが、相模さがみれいさんご在宅でしょうか?』


 は?え?管理人さん何で通したんだ?


「あ、すみません。姉は今手が離せなくてご用件をお伺いしてもよろしいですか?」


 営業の長谷部って花火誘った奴だよな。明らかに姉ちゃん狙いか。


『ああ、弟さんだね。家族でいる所申し訳ないが、明日ご両親の命日だと聞いていてね。お姉さんに世話になっているから花をせめて手向けたくて伺わせてもらったんだ』


 …… 成る程。そりゃ管理人の佐藤のおばちゃん通すわな。


「それはありがとうございます。すぐにドア開けます。お待ち下さい」


 インターフォンを切り入り口のドアを開けると…… 管理人さんが通した理由がもう一つわかった。


 めっちゃ清潔系のイケメンじゃん。

 管理人の佐藤のおばちゃんめぇ……


 って立たせっぱなしにさせちまった。


「あ、わざわざありがとうございます。姉がまだ手を離せないので俺が対応させて頂きますが、宜しいですか?」


「弟さんさえ良ければお姉さんが手があくまで、このままでいいから待たせてくれないかい?」


 スーツが似合う爽やかな笑顔で俺に頼み込む長谷部さん。

 負けるもんかよ。


「今日は姉と静かに過ごしたいのですが、俺が受け取ったら駄目ですか?」


 やべ、あからさま過ぎたか?


 俺の返答にちょっと予想外だったのか表情を崩し、何か納得した顔をしたあと爽やかに笑う長谷部さん。


「ああ、お姉さん思いの噂の弟君だったね。大丈夫だよ。お姉さんに何かするわけじゃないから。ただ直接渡したいだけだよ」


 なんか余裕の笑顔が癪に触る。が、我慢だ俺。


「…… 分かりました。でも、すみません。突然に質問を失礼しますが、長谷部さんは姉に好意をお持ちですか?」


「ストレートに聞くね。まぁ、じゃなきゃここまで来ないかな」


 俺の突然の質問にも笑顔で余裕でかえすか…… なら。


「俺は姉にとって義弟です。俺も姉に異性としての好意を持っています。だからこそ言います。姉の気持ちを必ず優先させてください。間違っても力づくでものにしようなんて考えないで頂けますか?」


「…… これはまた…… ああ、それは約束しよう。という事は義弟君は自分以外の誰かをお姉さんが好きになっても、それがお姉さんの意志なら身をひくのかい?」


「姉の思いを尊重したいですから。でもそれまで俺も諦めるつもりはありませんけどね。質問に答えて下さりありがとうございました。今姉を呼んできます」


 まあ、妥当な所だな。ここまで踏み込む気持ちがあるんだ。せめて姉ちゃんに合わせないとフェアじゃねぇし。


 姉ちゃんの部屋の前に来てノックすると「入って良いよ〜」と呑気な声が聞こえる。全く……


「姉ちゃん、長谷部さんが明日の墓参りの花持って来てくれたぞ」


 部屋を開けると着替え終わった姉ちゃんの姿がある。

 私服姿なんか見せたくねぇんだがな。


「ああ、この間のミスのお礼かなぁ」と的外れな事を言ってパタパタと玄関に向かう姉ちゃん。


 しばらく話し込むかと思っていたら、長谷部さんは本当に花を渡して帰っていった。


 但し、俺に向けて笑顔で手を振っていったがな。


 本気で警戒すべき奴が出てきたか。


 負けねぇからな。俺だって。


 


 その後は予定通り誕生日を祝って、二人で楽しく過ごした。

 次の日両親の眠る墓へ行き、俺は決意を新たにする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

うちの姉ちゃんシリーズ  風と空 @ron115

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説