第34話 新しい家族のカタチ

冬になると葉を落とすラクウショウも、雪が溶け春になり、新緑の季節の季節になると青々とした葉を茂らせていた。


季節は、巡る。


暑い日も寒い日も、晴れの日があれば雨の日もあり、ひとつとして同じ日はない。


自然の営みは、人間の人生とよく似ている。

輝く時、沈む時。笑う時、怒る時。

いろんなことがある。


同じようにみえてそうではない日々。

少しづつだが子どもは新芽のように育ち、老人は老いていく。

それが、時の流れ。宇宙の、世の習わし。


それぞれの生きる道がある。


その軸が時に誰かの道と大きく交わり、その後の人生の道筋を決めていく。


ラクウショウの下で出会った者達の運命は、深い冬の季節を超え、春に眩しく輝いていた。



「あら」

最初に気付いたのは、小山文子だった。

「お久しぶりです、三澄さん」

「あれ、そのお腹…」

ワンピースを着ている文子のお腹が、ふっくらとしていた。

「お恥ずかしながら、今妊娠5ヶ月なんです」

「それはおめでとうございます!ということは…旦那様との関係を修復できたのですか?」

「えぇ、クリスマスの日に。思いきって話をしてみたら双方の誤解が解けて…。夫もすっかり変わりました。今では随分と子煩悩で、この子が産まれてくるのも今から楽しみみたい。息子もきょうだいができるのを喜んで、明るい子になりました」

「それはよかったです」

「もうひとり、家族が増えたんですよ。ラブラドールレトリバー。公園側のドッグカフェの子犬の譲渡会で譲り受けたんです。ハルって名付けました。すっかり家庭がにぎやかです」

以前の文子とは違う、穏やかで明るい表情に、光は安堵した。

「この幸せもすべて三澄さんのおかげです。あの日出会って、このラクウショウの下で座って話をして…勇気と人生を変えるきっかけをもらいました」

「光さん、神様みたい」

「そんなすごい存在じゃないって」

「ううん、パパはやっぱりすごい人なんだよ!」

「そちらは…三澄さんの?」

「ええ、僕の今の大切な家族です」

「ワン!」

光の側には、ナナと共に華未と誠がいた。


光と華未は、誠を養子として迎え、家族になりたいと考えた。

もちろんそれだけでなく、おたがいも惹かれ合い、結婚した。それは心に傷や悲しみを抱く者同士の、シンパシーが共鳴したこともある。



「大事な話があります…」

プロポーズしたのと同時に、光は自分の秘密を打ち明けた。

「僕ね、EDなんですよ。彼女を失ったショックで、男としての本能を喪失してしまった。医者の友人に聞いてみたら、おそらく精神的なものでいずれ回復するんじゃって話だったけど…。なのであなたに対する愛情はあっても、あなたを抱くことはできない。もしかしたら一生そうかもしれない。そんな僕でも…結婚できますか?」

「むしろ好都合です」

「えっ?」

「私は男性への嫌悪感と自分の性的なコンプレックスで、セックス恐怖症なんです。だから正直、その結婚相手との契りというか…まぁこんなのも古い言い方ですけど。無理かもしれないって思ってました。だから、それを強制されない結婚生活なら万々歳です。あなたとも、ただこうして触れ合えていればいい」

光をハグして、華未は言った。



現代は家族の在り方も多様化している。

同性カップルもいたり、籍を入れず事実婚を選んだり。

右へならえで皆が同じでなくていい。

星の数だけ、家族のカタチがあっていいのだ。


孤児となり、退院後一時的に児童養護施設に保護された誠を、児相を通じて家族として迎え入れたいと、光と華未は申し出た。

里親制度などを利用しながら、今は経過観察として一緒に暮らし、行政の決定を待ちながら手続きをすすめている。


血縁関係があっても幸せにはなれなかった少年、誠。

今血縁が全くない新しい家庭で、ありったけの愛情をもらい、生きる希望を見出している。


「僕なんか、生まれてきてよかったのかな。僕がいなければママは幸せになれたかもしれない。ママは死んだのに、僕だけ幸せになっていいのかな」

家に来たばかりの頃、誠は時々そんなことをふともらすことがあった。

夜中怖い夢を見て叫んだり興奮したり、急に泣き出したり、かなり情緒不安定な状態だった。

そんな誠の側を、ナナは離れなかった。

光と華未だけではなく、ナナの力は、誠を大いに癒やし救った。

不安に怯え冷たい氷のような目をしていた誠が、徐々に子どもらしい表情を取り戻し、今無邪気に笑っている。


ナナに手を振り、これから病院なの、と文子は公園を抜けていった。

5月、新緑の爽やかな風が吹き抜ける。


ラクウショウ下の心地よいベンチ、ここでまた誰かと出会い、別れ、何度も何度も季節を重ねていくことだろう。


ここを起点に交差した人達の未来が、どうか明るいものであるように。

木漏れ日に手を掲げた華未の左手薬指のプラチナリングがキラリ、反射した。


誰もが、この世の中では幸せになっていい。

犬も人も、どんなに傷ついても、どんなに悲しい思いをしても。

幸せになることをあきらめなくていい。


新しい家族として人生の再スタートをきる三澄家。

3人と1頭の姿を、ラクウショウの葉はやさしく包み見守っていた。

それはまるで、天使の羽のよう。


ラクウショウの下にいると、天使の力で

皆幸せになるのかもしれませんね。



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ラクウショウの下で 風間きずな @kazama_kizuna

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