第33話 忘れられない大晦日
静かに、この一年が終わろうとしていた。
それぞれの胸によぎる想い、今年あったこと、出会った人とのこと。
思いを巡らしながら、新年を迎える準備をしていた。
華未が昼食の準備をしていると、光のスマホが鳴った。
「…まことくんからだ」
嫌な予感がする。緊急用に連絡先は教えていたが、実際に鳴ったのは初めてだった。
「もしもしまことくん!?どうしたの??何かあったの!?」
「……」
画面の向こうから返答はない。
「もしもし??もしもしっ?」
「…ひか…にぃちゃ…ナナ…たすけ…」
か細い声が聞こえ、その後通話は切れた。
「何かあったんですか??」
華未もまこととはドッグカフェで会って面識があるだけに、気が気ではなかった。
警察に通報し、光と華未も大山家に急ぎ駆けつけると…そこは地獄と化していた。
そこには、顔を腫らし血だらけになって救急車で搬送されようとしているまことがいた。
「まことくん!!大丈夫か!?」
光の問いかけにも最初は反応がなかったが、駆け寄り何度も名前を呼ぶと、ゆっくり首を傾け、切れ切れの声で答えた。
「ひかる…にいちゃん…きてくれ…て…ありが…と…」
「まことっ、まこと!!」
「まことくん!!」
「バウバウっ」
苦しそうな息のまま、まことは病院へ搬送された。
通報者ということもあり、光は警察からの事情聴取をその場で受けていた。
すると部屋から、白い布に包まれた人が新たに運ばれてきた。
「…あれは…」
もしかして母親なのか?
ゾッと身震いがした。
警察の話では、普段から薬物を使用していた母親が、薬を乱用し錯乱状態に陥った挙げ句、咄嗟に無理心中をはかろうと刃物を振り回し、自らは失血性ショックで命を落とし、息子も重体ということだった。
まことの入院先を聞き、重い空気のまま自宅へと帰宅。
とんでもなくおそろしい、忘れられない大晦日となってしまった。
「こうなる前に、何か手はうてなかったんでしょうか」
ぼろぼろ涙を流しながら、華未は言った。
テレビのニュースでも連日のように全国至るところで虐待の事案が報じられている。
それなのに、なぜ子どもが犠牲になる事件がなくならないのか。
「警察の話によると、まことくん、あの細い腕の外側が、特に傷が多かったそうです。次に背中側。必死に抵抗して、生きようと、逃げようと、防御して、玄関まで辿り着いて、捕まって、顔を殴られ、意識朦朧とした状態で、ポケットからスマホを取り出して、ボタン押して僕に繋がったって…。誰にも連絡できず、もう少し発見が遅れていたら、多分助からなかっただろうと…」
どんなにか、怖かっただろう。
錯乱した母親が刃物を持って襲い掛かるその姿。
家には食べ物もなく、お腹を空かせ、母親の顔色を伺う日々。
部屋はゴミや汚物にまみれ、時折来る客と母親が交わる姿を見、声を聞き、胸クソ悪い気持ちを抱え。
暴言や暴力を一方的に振るわれ続け、彼のまだ十年にも満たない人生は、なぜこんなにも不幸の連続なのか。彼は何のために生まれてきたのか。
「まことくん…親も失いこの先、幸せになれるんでしょうか…」
華未は首をうなだれて、昨日作り置きしておいた食事も喉を通らない。
それも当然だろう。あんな凄惨な場面と遭遇してしまったのだから。
「回復して退院したら児童養護施設に入居することになるでしょうね。お母さんの親戚とかもいないようなので。彼の抱えている傷は深く、それをどう乗り越えて生きていくかだと思うのですが…。あの年で背負うには何もかも重すぎますよね」
「そりゃあ生活環境は格段に良くなると思いますが。安心して眠れるベッドがあって、3食普通に食べれて、洗濯した服を着て学校に行けて。だけど…家族を失いひとりぼっちになってしまったっていう孤独感。それを埋める愛情を、この先感じてほしいです…」
今年ももうすぐ終わる。
雪よ、時よ、この悲しみを全部、置き去りにして。
どうか新しい年は、こんなにも辛いことが、もうこれ以上ないように…。
心の中で、祈らずにはいられなかった。
若くして亡くなった壮絶な人生を遂げた、
大山瑠香の冥福を願うとともに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます