第32話 人それぞれの年の瀬

クリスマスが終わると、街は一気に年越しムードが加速する。

小山家では急に普通に会話しだした父母をみて、息子は不思議そうにみていたが、ギスギス感がなくなりうれしそうにしていた。

朝食にも夕食にも、父親が同席するようになった。

年末休みに入り、家族3人が同じ家で過ごすという、当たり前のようで当たり前ではなかった日常がそこにはあった。


「なぁ、また犬を買おうか。ラブラドールレトリバー」

「ほんと!?また飼っていいの?」

息子は目を開いて喜びの表情をあらわにした。

「公園近くの保護犬カフェのホームページ見てたらさ、お正月明けに譲渡会やるんだって。そこにかわいい子犬がいるんだ」

正浩はリビングで開いていたノートパソコンを家族に見せた。

「ほんとだ…シュンそっくり」

憂いをもった優しい瞳は、ナナにもよく似ていた。

「多頭飼いのブリーダーから保護されたらしい。かわいそうに、劣悪な環境だったみたいだ」

正浩は一見クールな印象だが、心根は愛情深く優しい人だと、文子は改めて感じた。

人は見た目だけではわからない、決めつけてはいけないと。

理解しようと話してみることで、わかること、気付けることもある。

「申込みのメール入れとくからな。来年見に行こうな」

「やったぁ」

子供が苦手とよそよそしくしていた父正浩は、変わろうとしていた。子供とも向き合い、会話をして、家族とのコミュニケーションを大切にしようと。

家にいる時間も長くなった。

「こんな幸せをくれて、ありがとうナナちゃん、三澄さん…」

お礼に行こう、あのラクウショウの下へ。雪が溶けたら。

文子は心に決めていた。



三澄家の年末。

華未は隅々まで大掃除していた。

「寒い中配達して大変なのに、そこまでしなくていいですよ」

「いえ、居候の身なんでこれくらいはさせてください」

「僕は居候だなんて思っていませんよ。大切なルームメイトで、ナナの大事な友達です。女の子同士とっても楽しそうで、僕もうれしいんですよ」

掃除する華未の側を、ナナは尻尾を降ってついてくる。時に雑巾を綿したり、かいがいしくお手伝いをしてくれる。

「ナナちゃん働き者ねぇ」


同棲していた彼氏とのいざこざの一件以来、華未は一度も会わず留守を狙ってこっそり必要な荷物を運び、待ち伏せされないようにデリバリー地域も離れたところでするようにした。

連絡も絶ち、今後どうするか模索していた。

大掃除は、気持ちを整理するためにも有効な手段だった。

光は彼氏とのことについては何も言わないが、いつまででもここにいてくれていい、とは言う。

だからといって引き止めるわけでもなく、華未自身がこの先どうするかを決めるまで、あくまで見守っているようだ。

ひとつ屋根の下、男女が一緒に暮らしていて特別な感情をもったり、格別なつきあいにならないのも不思議な話だが、光の心には今でも失った恋人への想いが溢れている。それが痛いほど感じられるから、華未は自制心を保てた。

本当は、薄々光に惹かれていた。男運がないとあきらめ、男性に嫌悪感をもち男の人を好きになることなど一生ないと思っていたのに。


「三澄さんに、お話したいことがあります」

大掃除があらかた終わり、清々しくなった部屋を前に、華未は言った。

「はい、なんですか?」

あらたまって話をする時、光は必ず身体を向けて話を聞いてくれる。

それがとても安心感があった。

「来月…部屋を解約しようと思います。彼とも別れます。まともに話できる人じゃないので、荷物を搬出して置き手紙に記そうと思います」

「そうですか…よく決断しましたね」

「それでその、あつかましいお願いなんですけど…新しい部屋が見つかるまでは、ここにいてもいいでしょうか」

「もちろん、かまいませんよ」

微笑んで光は言う。

「本当にありがとうございます。三澄さんにあの日拾ってもらわなかったら、私どうなっていたことか」

「拾うだなんてそんな。言ったでしょう?人は出会うべくして出会うんだって。僕は華未さんが来てくれて、毎日気分良く過ごせている。お礼を言うのはこちらのほうです。ナナも幸せそうだ」

ふたりの会話を理解しているかのように、ナナはつぶらな瞳で双方を見つめ、尻尾を振った。

「年末年始は、ごちそう食べましょうね」

「いいですね、華未さんがデリバリーしてくれるんですか?」

「年越し蕎麦はそれもありですが、お正月用におせちやお雑煮を作ろうと思います。簡単なものですが」

「えっ、すごっ。いいんですか??」

「お世話になったお礼です」


小山家も三澄家も、笑い声とともに温かい空気に包まれていた。

世の中すべての家庭がこうだといいのに、現実はそうではない。

めでたい新年を祝う余裕もなく、お腹を空かせ、怒号に怯えながら、支援の手を必要としていながらも、それが行き届いていない家庭、虐待に苦しむ子供もいる。


大山家には、危険が刻一刻と迫っていた。

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