第55話 私がリヴィといっしょに寝たかったのにぃぃぃ~~~っ!!!

「オリヴィア姉様、オクタヴィア。しばらく二人の部屋に泊まらせてくれませんか」


 王族の食堂のとなりには乳兄弟の食堂がある。一番年の近い姉・オリヴィアが夕食を食べ終えて食堂を出て行くのに合わせて席を立ち、オクタヴィアと合流したところで二人に声をかけた。


 ちなみにだがメイおばさんが言っていたとおり、食堂に来ていたのは目が合えば罵倒、ガン、下手するとスキルが飛び交うほどに仲の悪い双子の姉兄とオリヴィア、それに俺の四人だけ。父様の仕事を手伝って国内のどこだかに視察に行っている一番上の兄と二番目の姉はもちろんのこと、筋肉バカこと三番目の兄のウォルターもいなかった。

 仲の悪い双子の姉兄と三人きりだった朝食と昼食は小動物みたいにぷるぷると震えながら食事をしていたらしいオリヴィアはかわいい弟がネコかぶり末っ子王子スマイルで双子を止めてくれるものだか一安心。のんびりと、それはもう本当にのんびりと夕食を満喫していた。


 で、そんな姉とその乳兄弟はかわいい末っ子王子のお願いに顔を見合わせたあと――。


「なんで……食堂、に……まくら、持って……きてるのかなって……不思議には、思ってた」


 オリヴィアはそう言って深々とうなずき――。


「……! ……!」

 

 箝口令かんこうれいにより喉が痛くて声がまったく出ないフリを絶賛実施中のオクタヴィアは唇を引き結んだまま。元気いっぱいに右手をあげた。

 何が言いたいのかさっぱりわからない。助けを求めるようにオリヴィアを見る。


「タヴィ、も……いいって。部屋、行こ」


「……! ……!」


 そう言ってさっさと歩き出すオリヴィアの腕を引っ張ってオクタヴィアはぶんぶんと首を横にふっている。どうやらオクタヴィアは反対か、何か物申したいらしい。でも、オリヴィアの部屋に泊めてもらいたい俺としては見ないふり、気付かないふりをした方が都合がいい。


「オリヴィア姉様、オクタヴィア、ありがとうございます。代わりの部屋が準備できるまでお邪魔させていただきますね」


「……ん」


「……!? ……! ……!?」


 何か言いかけたオクタヴィアもかわいい末っ子王子らしく枕をぎゅっと抱きしめてうるんだ瞳で上目づかいに見つめて瞬殺。


「……! ……!」



 計画どおり。これで今夜からしばらくの寝床は確保できた。

 元気いっぱいに口をもごもごさせながらガバッと抱きしめ、さらさらの金髪にほおずりするオクタヴィアの腕の中で俺はにんまりと笑う。


 この場にユウキがいたら〝その根性悪そうな笑い方やめろよ、アル〟なんて言っただろうか。そうしたら、オリヴィアやオクタヴィアに見えないところでこっそりすねを蹴飛ばしてやるのだが。


「……いや」


 今のユウキは――誰だかの弟担当みたいな顔をしているユウキは、きっとそんなこと言わない。

 金色の前髪をくるくると指でいじりたくなるのをグッとこらえる。オリヴィアとオクタヴィアの前だ。深々とネコをかぶり直し、きゅるん☆ とかわいい末っ子王子スマイルを浮かべて俺は顔をあげた。


 オリヴィアとオクタヴィアの部屋は小アーリス城の二階にある。片付けが完了したとはいまだ言いがたいけれど、足の踏み場もないという状態からは脱した部屋に入ってドアを閉めた。

 とたん――。


「ユウキ、が……目を、覚まし……たの?」


 オリヴィアがふり返った。一見すると人形のように無表情だけれど、ここ数日の付き合いでわかってきた。たぶん、きっと、恐らく、今のオリヴィアは心配そうな顔をしている。


「……! ……!」


「……ふきゅっ」


 オクタヴィアがぎゅっと抱きしめてオリヴィアのつむじにほおずりするのも心配そうな顔の乳兄弟をなぐさめるためだ。

 俺はと言えば、末っ子王子らしく困ったように微笑んでこくりとうなずいて見せた。


「はい、夕食の前に」


「目が覚め、た……ユウキ、と……何か、あった……の……?」


 オリヴィアの問いに答えるべきか、どこまで答えるべきか。目をふせて悩んでいるとすそを引っ張られた。


「ユウキ、に……私たち、の部屋……に……いるって、言って……きた?」


 見ると小柄な姉が俺の服のすそをちょいちょいと引っ張っている。


「はい、言ってきました」


「……ん。なら、いい」


 俺の答えを聞くとオリヴィアはあっさりと引き下がった。

 そして――。


「アルバート、は……寝相、悪く……ない?」


 唐突にそんなことを聞いてきた。


「悪くはないと思いますが」


「……! ……!」


「それ、じゃあ……アル、バートは……私といっしょ、に……私の、ベッド……で、寝よう」


「……! ……!」


 唇を引き結んだまま、元気いっぱいに右手をあげてオリヴィアの腕を引っ張り、何かを訴えるオクタヴィアのことは完全に無視。オリヴィアは俺の手を引いて自分がいつも使っているベッドに案内する。

 置かれているのは俺やユウキが使っているのと同じサイズのベッドだ。王子王女とその乳兄弟にふさわしい広々としたベッド。小柄な俺とオリヴィアなら二人で寝ても十分な広だ。致命的に寝相が悪くなければ困らないだろう。


「……! ……!」


 ところで、オクタヴィアも全然、まったくあきらめない。オリヴィアの腕を引っ張って必死に自分のベッドを指さしている。一体、何を訴えているのか。

 俺は答えを求めてオリヴィアに目を向けた。


 でも――。


「それ、から……アル、バート」


 散々に腕を引っ張られてもオリヴィアは無視を決め込んでいる。


「寝るとき、は……私の、スキル〝籠城ろうじょう〟……の防音、機能……で、耳栓をして……あげる、から」


「はい……って、え? 耳栓?」


「それ、から……お手洗い、とか……行った、あと……寝ぼ、けて……タヴィのベッド、に……入らない、ように……ね」


「は、はい……はい?」


 年頃の女性のベッドに男の俺が入るなという警告だろうか――と、思ったがオリヴィアの目を見るとどうもそういう理由ではなさそうだ。ごくりとつばを飲み込む俺を見つめて一番年の近い姉は静かに言う。


「タヴィは……絶望、的に……寝相が、悪い……の。いっしょに、寝たら……死ぬ、わ。私、も……スキル〝籠城〟が、なければ……いっしょに、寝れない。……死ん、じゃう」


「……! ……!」


 姉の言葉を咀嚼そしゃくして、飲み込んで――。


「オクタヴィア、僕、オリヴィア姉様といっしょに寝たいです。お願いします」


 ネコかぶり全開のうるうるおめめでオクタヴィアにおねだりする。


「……!? ……! ……!?」


「かわいい、弟の……頼、み。断れ……ない」


「~~~っ!!!」


 俺のおねだりにしれっと乗っかるオリヴィアと、ひざから崩れ落ちてベッドのふちに額を押し付け、元気いっぱいに絶望するオクタヴィアを見て、ようやくオクタヴィアが何を訴えていたのかがわかった。

 最後の無言の絶叫を訳すなら恐らく、こうだ。


 ――私がリヴィといっしょに寝たかったのにぃぃぃ~~~っ!!!

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ネコかぶり末っ子王子の戦争回避譚 ~乳兄弟が転生者でスキル持ちになったので全力で利用させていただきます~ 夕藤さわな @sawana

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