第54話 今のお前は……誰なんだ。

「スキルを使いたいんだ! 魔力を……アルの力を貸してくれ!」


 乱暴に腕をつかまれて俺は顔をしかめた。痛かったというのもある。でも、それよりもユウキの表情に異様なものを感じたのだ。


「スキルを……〝すーぱーのたなか〟を使って何を錬成だか召喚だかするつもりだよ」


 いつものユウキ相手ならそんなこと聞かずににやりと笑って手を差し出す。でも、今のユウキはあまりにも必死過ぎるというか鬼気迫るというか。ろくでもないことをしでかそうとしている雰囲気がある。何も聞かずに〝貸してやる〟と言う気にはならない。

 案の定――。


「大地だよ、大地に決まってるだろ!」


 ユウキはそう叫んだ。


「……〝だいち〟」


「前に話しただろ」


「〝さんどいっち〟をいっしょに作ったっていう?」


「そう、その大地!」


 俺の顔を真っ直ぐに見て笑顔でうなずいたあと――。


「何をするにもいっしょだった一番の親友」


 ユウキは満面の笑顔でそう言った。いつもは乳兄弟の兄担当みたいな顔をするくせに今のユウキは弟担当みたいな甘ったれた顔をしている。


「もしかしたら大地だけじゃなくてあの日、スーパーのタナカにいた人たちみんなを錬成だか召喚だかできるかもしれないけど……あの日、スーパーのタナカにいたってはっきりわかるのは大地だけだから。だから、まずは大地を錬成だか召喚だかしたいんだ」


「……」


「多分、きっと、俺が転生したのはこのためだったんだ。スキル〝スーパーのタナカ〟を使えるようになったのは大地をこの世界に錬成だか召喚だかするため。生き返らせるためだったんだよ!」


 俺がどんな表情をしているかなんて少しも見ないでユウキはひらめいた〝素晴らしい考え〟をまくし立てる。


「オリヴィア様のおかげだ。オリヴィア様のおかげで気が付けた!」


「オリヴィアの?」


 唐突に出てきた姉の名前に思わずオウム返しにした。


「パックサラダシリーズに食パン、おかゆにサラダチキンに炭酸水が入っていた容器にマーマレードが入っていたビン。すべての賞味期限が二○X四年十二月二十三日になってたんだ」


 それはユウキの前世の国、世界で使われていた暦だ。でも、それが――その日がなんだというのか。


「その日なら……二十三日ならまだ大地が生きてる!」


 その答えは俺が尋ねるまでもなくユウキが教えてくれた。


「生きて……る?」


 〝だいち〟を錬成だか召喚だかする。生き返らせる。

 ユウキがスキル〝すーぱーのたなか〟でやろうとしていることに気が付いて俺は一歩、後ずさった。

 でも――。


「だから、アルの力を貸してくれ。アルの魔力を貸してくれ!」


「……っ」


 ユウキはお構いなしで俺の腕を引く。力一杯、いっそ痛いほど乱暴に。王位継承権なんてあってないような末っ子王子とはいえ王族である俺の細腕に何をする! とは思わなかった。

 ただ――。


「……放せ!」


「……!」


 いつものユウキなら――俺の乳兄弟で兄担当みたいな顔をしたユウキなら俺を乱暴に扱ったりしない。そう、思った。

 痛がっていることに気が付くし、すぐに手を放して心配そうな顔をする。

 いつものユウキなら――。


「そんな顔、しないんだよ」


 そんな、裏切られたみたいな、見捨てられたみたいな顔で手をふりほどいた俺を見たりしない。痛む腕を引き寄せて一歩下がった俺はあごを引くとユウキを見つめて尋ねた。


「……お前は、誰なんだ」


 俺の問いにユウキは目を丸くした。

 かと思うと――。


「何……言ってるんだよ、アル」


 そう言ってぎこちなく笑った。でも、俺が黙ったままなのを見て笑みが引っ込んでいく。


「アルもよく知ってるだろ。ユウキだよ」


「ああ、ユウキだ。でも、どっちのユウキだ」


「どっちって……」


「俺の乳兄弟のユウキ・ミラーか、それとも転生者の〝コンノユウキ〟か。今のお前はどっちだ」


「そんなの……!」


 そこで言葉を切ったユウキは視線をさまよわせ、うつむき、ぽりぽりとほほ・・をかいた。

 考え事や困り事があるとき、えり首をぽりぽりとかくのがユウキの小さい頃からのクセだ。それなのに今、ユウキはほほをぽりぽりとかいている。えり首ではなくほほを、ぽりぽりとかいているのだ。


「今のお前は……誰なんだ」


 きっぱり否定して欲しい、乳兄弟のユウキに決まってるだろとあきれ顔で即答して欲しい。そう思っていた。でも、ユウキの答えはやっぱりない。俺の視線から逃げるようにうつむいたまま。

 ユウキの黒い瞳は道に迷った子供のようにゆらゆらと揺れている。乳兄弟の兄担当がそんな顔をするわけがない。

 俺はまた一歩、後ろに下がった。


「俺は王位継承権なんてあってないような末っ子王子だ。でも、リグラス国現国王の――父様の息子で、一応は王族だ」


 メイおばさんや小アーリス城の使用人たちからはもちろん、宰相や大臣、話をしたことがある母方の実家の領民たち。顔を見たこともない国民すら、本人の意思かどうかはさておき、俺を王族として扱う。


「王族として扱われ……優遇されてきた」


 ただ、王族だから。王の血を引いているから。それだけで優遇されているわけではない。

 それは上の六人の兄姉も、王位につくことはなかった今は国の要職や領主を担い、政略的に他国や臣下に嫁いで行ったかつての王子、王女たちもよくわかっている。


 王族である俺たちがなぜ、優遇されているのか。

 それは――。


「有事に率先して危険な場におもむく役目だから。犠牲になる役目だからだ」


 国のため、国民のためなら旗印として最前線におもむき。伴侶や子供になじられても後まわしにし、だまし、裏切り。想う相手がいようとも心を殺して会ったこともない相手に嫁ぐ。

 そういう役目を果たせる立場、担う立場だから優遇されてきたのだ。


 オリヴィアも俺もよくわかっている。極度の人見知りで隠れて吐くほど嫌なのに、それでもパーティに出席してみせたり、ネコを当たり前のようにかぶってみせたりするくらいにはよくわかっている。

 そんなオリヴィアや俺が安心安全なアーリス城内の研究室での引きこもり生活を手に入れようとしているのは――。


「戦争に行くことになっても後方支援にまわしてもらおうだとか、あわよくば安心安全地帯で引きこもり生活を送ろうだとか、そんなわがままをそれでも言うのは乳兄弟が相手だからだ」


 物心つく前からいっしょに育ち、乳母が小アーリス城を去った後は二人で支え合ってきた家族であり、親友であり、半身と言える特別な存在だから。だからこそ、王族としての一部の責任を放棄する罪悪感に耐えてでも守りたいと思うのだ。

 でも――。


「お前が俺の乳兄弟でないのなら――ユウキ・ミラーでないのなら安心安全な引きこもり生活を手に入れようと画策する義理なんてない」


 ――戦争なんてイヤだ!

 ――あんな思い、二度と・・・したく……な、い……!


 そんな言葉を真に受けて面倒ごとに首を突っ込んでやる義理もない。国や国民のために王族として果たすべき義理と責任の方がずっと重い。

 俺はあごをあげると自分よりも背も高くガタイもいい目の前の相手を見すえた。


「もう一度、尋ねる。お前は、誰だ」


「俺は……僕、は……」


 答えはなかった。うつむいて黙り込む相手のようすを見ているうちに〝ネコ〟が勝手にやってきて覆い被さってきた。


「オリヴィア姉様との約束もあります。王命での研究室確保までは僕も協力するつもりです。でも、そこまでです。乳兄弟の縁を切るのでそのあとはキミの自由にして構いません」


「……アル?」


 ネコを深々とかぶった末っ子王子の、きゅるん☆ とかわいい笑顔だし物腰は柔らかいけれど他人行儀な話し方に目の前の相手はゆっくりと目を見開いた。


「それと僕はこの部屋を出て行くのであとはキミの好きなように使ってください。代わりの部屋が用意できるまではオリヴィア姉様の部屋にお邪魔させてもらうので」


「……っ」


「アルバート様、失礼いたします。そろそろお夕飯の時間ですよ」


 何をし、何を言うつもりだったのか。俺へと手を伸ばし、口を開きかけたがノックの音とメイおばさんの声に動きを止めた。

 かわいい末っ子王子らしくにっこりと微笑みを浮かべたまま。


「ありがとうございます、メイおばさん。すぐに仕度して食堂に行きますね」


 俺はそう言うと目の前の相手に背中を向けたのだった。

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