第53話 魔力を……アルの力を貸してくれ!

「何日か小アーリス城を留守にするとだけ告げて今朝からお出かけになられてしまったんです」


「ウォルター兄様が、ですか?」


「ええ、ウォルター様が」


 不思議そうな顔で首をかしげる末っ子王子を見つめ、メイおばさんはしわくちゃの手でほほを押さえてため息をついた。


 一番上の兄と二番目の姉は父様の仕事を手伝って国内のどこだかに視察に行っている。筋肉バカこと三番目の兄であるウォルターもいなくて、末っ子王子の俺もいないとなると今日の朝食と昼食に食堂に姿を現したのは一番年の近い姉・オリヴィアと上から四番目の姉・エヴァ、五番目の兄・エディ。

 目が合えば罵倒、ガン、下手するとスキルが飛び交うほどに仲の悪い双子の姉兄だ。


 一番上の兄と二番目の姉がいれば双子の姉兄は大人しく食事をする。ケンカになりかけても一番上の兄の無言の微笑みか、二番目の姉の無言のひとにらみで秒殺だ。

 二人がいなくても三番目の兄であるウォルターがいれば沈静化できる。罵倒やガン、果てはスキルまで飛び交っているのにハッハッハー! と豪快に笑って――。


「我が妹と弟は本当に仲が良いな! ケンカするほど仲が良い! いいぞ、いいぞ! 仲が良いのも元気なのもいいことだ!」


 なんて言われたらバカらしくて大人しくもなる。嫌味でも皮肉でもなく本気で言っているのだからなおのことだ。

 もし、上の兄姉たちがいなくても、まだ末っ子王子な俺がいる。罵倒やガン、果てはスキルまで飛び交って食事の邪魔だなと思ったら面倒くさいけれどネコを深々と装着。


「エヴァ姉様、エディ兄様……どうかケンカをしないでください。僕はエヴァ姉様のこともエディ兄様のことも大好きなんです。それなのに二人がお互いのことを悪く言っているのを聞くと……僕……!」


 なんて言いながらお目目をうるうるうるませて上目遣いに見つめればあの双子の姉兄も瞬殺だ。

 そんな素直でかわいくて兄姉思いの末っ子王子様すらもいない場合――オリヴィアと双子の姉兄だけの場合、どうなるか。


「そんなわけで朝と昼の食堂はひどいありさまだったそうで」


「……ひどいありさま」


「エヴァ様とエディ様はにらみ合うし、言い合うし、スキルまで飛び交うしといった調子だったようで。オリヴィア様はといえば人形のような無表情で小動物みたいにぷるぷると震えながら黙々とお食事をなさっていたそうですし」


「……小動物」


「緊張のあまり口に入れたものを飲み込むことすら忘れてしまったようでほほがパンパンになっていたそうですよ。まるで冬支度をするリスみたいに!」


 ひきこもり姫で口下手のオリヴィアは兄姉や末の弟のように止めることもできず、心を無にして耐えるしかなかったらしい。

 オリヴィアにとっても、その場にいた使用人たちにとっても地獄のような時間だったはずだ。成年前の王子・王女とはいえ王族である双子に注意できるのは小アーリス城どころかアーリス城内を探しても一番の古株であるメイおばさんくらいだ。

 頼みの綱の末の弟が夕食も食堂に来れなそうと聞いて落ち込むのもしかたがない。


「今日の夕食は必ず食堂に行きますね。オリヴィア姉様のためにも」


 ネコをかぶった末っ子王子らしく困り顔で微笑むとメイおばさんはニコニコ顔でうなずいた。


「ええ、ええ。きっとオリヴィア様も喜びますよ。それでは、また夕食が近くなったらお邪魔しますね」


 そう言い残してメイおばさんは裏口方向へと廊下を歩いていく。夕食の準備を手伝いに行くのだろう。

 その背中をすっかり見送ってから俺は部屋のドアに向き直った。ドアノブをにぎりしめ――。


「……」


 ため息をつく。

 部屋を出る直前にオリヴィアに言われた言葉を思い出して俺は金色の前髪をくるくると指でいじった。


 ――ユウキが倒れる前、に……言ってた……〝だいち〟って……アルバート、は知って……る?


 とっさに〝なんでしょうね、僕もわからないんです〟と返したけれど――うそだ。心当たりはある。

 スキル〝すーぱーのたなか〟を使ってオリヴィアとオクタヴィアに〝さんどいっち〟を作った夜。魔力酔いでベッドに倒れこんだあと、眠りに落ちる直前に俺は尋ねた。


 ――……あの〝さんどいっち〟は誰と作ったんだ?


 と――。

 ユウキは答えた。


 ――大地だよ。大地といっしょに作ったんだ。

 ――口うるさいし、かなりお節介だったけど……でも、いつでも、何をするにもいっしょな一番の親友だよ、大地は。


 そう答えた。


 〝だいち〟は名前だ。ユウキの前世の国、世界での親友の名前。

 だけど、それをオリヴィアに言うのは――口に出すのはためらわられて、とっさにうそをついてしまったのだ。


 初めて前世の記憶を取り戻して倒れたときと同じようにユウキはなかなか目を覚まさないまま、うなされ続けている。また前世の記憶を悪夢として見ているのか、新しく何か思い出しているのか。

 なんにせよ――。


「そろそろ目を覚ましてもらわないと困るんだけどな」


 もう丸一日以上、水分も食事も取っていないのだ。


 もう一度、ため息をついてドアノブをまわす。

 せめてうなされていないといいなと思いながら俺とユウキの二人で使っている部屋のドアを開けた俺は――。


「ユウキ!」


 ベッドの上で上半身を起こしたユウキを見て目を丸くした。


「……アル」


 俺の声にユウキは青白い顔をゆっくりとあげた。

 かと思うと――。


「アル!」


 ベッドから飛び降りるとはだしのまま駆けてきて俺の腕をつかんだ。


「……っ」


 いつものユウキからは考えられないほど乱暴に腕をつかまれて俺は思わず顔をしかめた。でも、ユウキはお構いなしでさらに強く腕を引いて叫んだ。


「スキルを使いたいんだ! 魔力を……アルの力を貸してくれ!」

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