第52話 ウォルター兄様が、ですか?

「あら、アルバート様。ちょうど良かった!」


 オリヴィア、オクタヴィアの部屋がある二階から自室のある一階におりるとメイおばさんが俺とユウキで使っている部屋のドアをノックしようとしていた。


「どうかしたんですか、メイおばさん」


「アルバート様もユウキも、朝も昼も食堂にいらっしゃらなかったでしょう? 夕食はお部屋にお持ちしましょうか? って聞きに来たんですよ」


 小走りに駆け寄る素直でかわいい末っ子王子を見てメイおばさんはしわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして微笑んだ。

 朝も昼も食堂に行き損ねたのはかわいい末っ子王子な俺を起こすという名誉ある仕事をたまわっているユウキが起きないせいで寝過ごしただけなのだけれど。

 もちろん、そんなことはおくびにも出さず――。


「ありがとうございます、メイおばさん。心配かけちゃってごめんなさい」


 きゅるん☆ とかわいい末っ子王子スマイルでお礼を言う。もちろん長年、ネコをかぶり続けている俺が笑顔とお礼だけで終わらせるわけがない。


「ユウキ、まだ目を覚まさないんです。昨日の夜からずっとうなされてて……僕、心配で夜も眠れなくて……」


 なんて、健気なことを言ってうつむき、お目目をうるうるとうるませる。

 実際、あぶら汗の浮いた額をふいたり、眉と眉のあいだに出来た深いしわを指で伸ばしたり、うなされているユウキのようすを夜遅くまで見ていたせいで寝坊したというのもあるのだけれど。


「あらあら、そうだったんですね。ユウキのことが心配なのもわかりますけれどアルバート様まで倒れてしまったら大変ですよ。きちんと食べて、きちんと寝てくださらないと今度は私たち使用人が心配で倒れてしまいます」


 なんて言いながらメイおばさんはそっと俺の髪をなでた。

 いくら末っ子王子相手とはいえ、孫を相手にするおばあちゃんみたいに王族の頭をなでられるのは小アーリス城どころかアーリス城内を探しても一番の古株であるメイおばさんくらいなものだ。


「そういうことでしたらお夕食のときには食堂にいらしてくださいね。ユウキのことが心配なら私が付き添っておりますからね」


 血はつながっていても王位継承権を争うライバルだ。

 ここ数日で一番年の近い姉・オリヴィアと話す機会は増えたけれど兄姉仲がいいわけでもなければ食堂に集まって楽しくおしゃべりしているというわけでもない。食事さえ取れれば食堂に行く理由は特にない。

 当然、メイおばさんにユウキを見ていてもらってまで行く必要もないのだけれど、素直でかわいい末っ子王子様が人の親切を無下にするわけにはいかない。


「それじゃあ、お言葉に甘えて夕食のときはお願いします。目を覚ましたとき、一人きりだとユウキも心細いと思うから」


「ええ、ええ、大丈夫ですよ。メイおばさんがきちんとユウキのそばにいますからね。それにアルバート様が食堂にいらっしゃればオリヴィア様も安心されるでしょうから」


「オリヴィア姉様が?」


 予想外に出てきた名前にきょとんと首をかしげた。そういえばオリヴィアとオクタヴィアの部屋で話をしたとき、オリヴィアも俺が食堂に来るかどうかを気にしていた。夕食も食堂には行けないだろうと伝えるとわかりやすく落ち込んでもいた。


「オリヴィア姉様に何かあったんですか?」


「オリヴィア様と言うかウォルター様ですね。何日か小アーリス城を留守にするとだけ告げて今朝からお出かけになられてしまったんです」


「ウォルター兄様が、ですか?」


「ええ、ウォルター様が」


 不思議そうな顔で首をかしげる末っ子王子を見つめ、メイおばさんはしわくちゃの手でほほを押さえてため息をついたのだった。

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