第51話 〝だいち〟って……アルバート、は知って……る?

 ドアをノックするとバタバタ! とにぎやかな足音が近付いてきた。ガチャ! といきおいよくドアが開いたかと思うとオクタヴィアが顔を出し――。


「……!」


 唇を引き結んだまま、元気いっぱいに右手をあげて返事をした。

 昨日の作戦会議から始まった声が出ない設定を絶賛まっとう中のようだ。ネコをかぶっていない末っ子王子なら鼻で笑っちゃうところだけど今はネコをきちんとかぶっている末っ子王子だ。


「こんにちは、オクタヴィア。オリヴィア姉様に話があるんだけど中に入ってもいいかな」


「……!」


 にっこりかわいい末っ子王子スマイルで尋ねるとオクタヴィアはこれまた元気いっぱいに右手をあげて返事をした。入ってもいいということだろうと解釈して昨日よりもまた少し片付いた部屋の中へと足を踏み入れる。

 大量の本を筆頭にうず高く積み上げられていたあれこれはずいぶんと低くなっていた。オリヴィアが待つテーブルにたどり着くまでに昨日は俺が一か所、ユウキが八か所、雪崩を起こしてオクタヴィアを絶望させたけれどこれだけ片付いていて、なおかつ俺一人なら一か所の雪崩も起こすことなくたどり着ける。

 そう――。


「いらっしゃい、アルバート。……ユウキ、はいっしょ……じゃないの?」


 今日はユウキといっしょではない。俺一人で小アーリス城の二階にあるオリヴィア、オクタヴィアの部屋を訪れていた。

 〝おかゆ〟の袋を手にソファに腰かけていたオリヴィアも、オリヴィアの後ろに立ったオクタヴィアも眉を下げて心配そうな顔をしている。


 ――戦争なんてイヤだ!

 ――あんな思い、二度と・・・したく……な、い……!


 昨日、そう叫んでこの部屋で倒れたユウキはオクタヴィアに軽々と担がれて一階にある俺たちの部屋のベッドへと運ばれた。そこから昨日の昼食、夕食、今日の朝食、昼食の時間を過ぎても目を覚まさないまま今にいたっている。


「昨日、倒れてからずっと目を覚まさないんです」


「朝も、昼も……食堂に来なかった、けど……ユウキに付き添ってた、んだね」


 オリヴィアの言葉に俺はニッコリ。素直でかわいい末っ子王子スマイルを黙って浮かべた。

 オリヴィアもオクタヴィアもかわいい微笑みを見て肯定と受け取ったはずだ。実際のところはかわいい末っ子王子な俺を起こすという名誉ある仕事をたまわっているユウキが起きないせいで寝過ごしただけなのだけれど。


「夕食も、来れな……そう?」


「そう、ですね。ユウキがいつ目を覚ますかわからないので……」


「……そ、う」


 人形のように無表情なオリヴィアだけど、どうやら肩を落として落ち込んでいるらしい。どうしたのだろうかとかわいい末っ子王子は首をかしげてみせた。でも、オリヴィアはもちろん、オクタヴィアも答えない。

 代わりに――。


「……!」


「……ふきゅっ」


 オクタヴィアはオリヴィアをなぐさめるように力いっぱい抱きしめた。オリヴィアの方はと言えばオクタヴィアに押しつぶされてなぞの鳴き声を発している。

 そんな二人をニコニコの末っ子王子スマイルで見守っていた俺だけど本題に入るためにしょんぼりと眉をさげた困り顔を作ってみせた。


「それで、オリヴィア姉様。今日、〝おかゆ〟を作って見せると約束していたんですが……」


「……ん。わかって……る。ユウキが目を、覚まして……元気になって、から……ね」


 素直でかわいい末っ子王子らしくうるうるお目目で言った効果か。表情の変化にとぼしいオリヴィアが目を細めて言った。恐らくなぐさめるように微笑んでいるのだろう姉の表情に目を丸くしそうになる。

 でも、俺が今、浮かべるべき表情はきゅるん☆ とかわいい笑顔。で、言うべき言葉は感謝の言葉だ。


「ありがとうございます、オリヴィア姉様!」


「ユウキ、が……元気になる、まで……ここにある、ユウキの前世の国、世界の……ものと……私と、タヴィが見聞きした、範囲の情報……で進めておく、から……」


 テーブルの上に置かれた箱をオリヴィアはポンポンと叩く。スキル〝すーぱーのたなか〟で錬成だか召喚だかしたユウキの前世の国、世界の袋やら容器が入っている箱だ。

 そういえば昨日、〝研究室をもらって安心安全な引きこもり生活を手に入れよう〟作戦の作戦会議のために持ってきたあと、そのままにしていた。ユウキが倒れたせいで持って帰るのをすっかり忘れていただけなのだけれど、このままオリヴィアに預けておいた方が都合が良さそうだ。


「お願いします、オリヴィア姉様」


「……ん。だから、アルバートは……部屋に、戻って」


「……!」


 ユウキのそばについていてやれ、ということだろう。言葉数の少ない姉と声が出ない設定を絶賛まっとう中の姉の乳兄弟に力強く見つめられて俺はにこりと微笑んでうなずいた。


「はい、そうします」


「そう、言えば……」


 ソファから立ち上がった俺を見上げてふとオリヴィアがつぶやいた。


「ユウキが倒れる前、に……言ってた……〝だいち〟って……アルバート、は知って……る?」

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