第31話 新たな旅立ちの日

「サーリアは魔族だけでなく商会や貴族、魔女協会と、色々なところから目をつけられていたからね」


 本来魔族と関わり深いはずの魔女が人間側に加担したこと、また特殊な調味料を始めとした先進的な知識を有していたこと、そうした付加価値と魔王討伐の恩賞による陞爵目当ての貴族や、さらには特殊な魔法の秘儀を狙う特定の魔女派閥など、とにかくお母さんを狙う者には事欠かなかったらしい。


「そんな……でも、ローレライの街にはそんな人たちは一人もこなかったのに」

「それはサーリアが特殊な魔法陣を街全体に張って、敵意を持つ者から自身を隠蔽したからなんだ」


 アルフレッドさんの話によると、そうした面倒ごとに仲間を巻き込まないよう、ローレライの街に特殊な認識阻害の結界を張って隠遁生活を送っていたという。そして、そのお母さんを追うようにして、お父さんがローレライの街に移り住んだらしい。


「そんなことになっていたなんて知らなかったわ……」

「あの頃は私も若くて社交にも疎く、共に魔王を倒した仲間だというのにサーリアを守ってやることができなかった。さらには、息子の様子を見れば不甲斐ない結果に終わったことは想像に難くない。親子共々、頼りない姿を見せて心配をかけてしまったようですまない」


 そう言って頭を下げたアルフレッドさんに、私は慌ててそれを否定した。


「不甲斐ないなんてとんでもありません! オリビエさんたちは四天王のリブルグルムが待ち受けているというのに、命懸けで私を助けに来てくれました!」

「じゃあ、どうして王都を一人で出て行こうとするんだい?」

「そんな優しいオリビエさんやギースさん、マリアさんを失うかもしれないと思うと、とても胸が苦しく感じるの」


 私はお父さんやお母さんが亡くなった日を思い出し、ポロポロと涙がとめどなく流れてきた。そんな私を見てアルフレッドさんが何かを告げようとしたその瞬間、バーンと派手な音を立てて扉が蹴破られた。


「それは、きっと愛よ! フィリアーナちゃん!」

「……はい?」


 すっかり元気を取り戻したミューズさんの自信満々な様子に流れる涙も引っ込み、私はコテンと首を倒して頭に疑問符を浮かべた。

 そんなミューズさんのとんでも理論にアルフレッドさんは頭を抱えてうめくように言葉をこぼす。


「ミューズ、この子はサーリアのように悠久の時を生きてきたわけじゃないんだ。もう少し落ち着いて話して聞かせた方が良いだろう」

「そんなことないわ、あなたはいつも慎重すぎるのよ! ほら、あなた達も何か言ってやりなさい」


 ミューズさんが扉の向こうに合図をすると、そこには気絶していたはずの三人が完全回復した状態で立っていた。そうだわ。たとえ重傷を負っても直ぐに戦線復帰させられるという聖女の法術にかかれば、単に気絶しただけの三人を目覚めさせることなんて簡単なことじゃない!

 そんな内心の動揺を知ってか、マリアさんがいつもの調子で話かけてくる。


「フィーちゃんの深い愛を感じられて、お姉さんはとても嬉しいわ。だから私は死んでもフィーちゃんについていくわよ。ひとりで夜泣きすることがないようにね!」

「ええ!? あ、ありがとう……」


 いつぞや、宿でマリアさんの胸で泣き明かしたことを思い出し、私は気恥ずかしい気持ちになり反射的に受け入れてしまう。

 続けてギースさんが頬をポリポリと掻きつつも、諭すように指摘する。


「愛は横に置いておいて、やっぱりフィーちゃん一人で旅はさせられねぇな。大体、途中の街で困った奴を見たら片っぱしから助けるつもりなんだろう? 俺の交渉術や人脈が必要になるはずだぜ!」

「うっ、そうかもしれないわ……」


 ライラの街のように、生気を吸い取る魔法陣に苦しむ老夫婦のような可哀想な人を見たら放って置けない。でも、私はギースさんのように上手く交渉したり内々に調査を進めたりすることはできないことは確実なので、マリアさんに続けて頷いてしまう。

 そして、最後にオリビエさんが真剣な眼差しで私を見つめてきた。


「僕はまだまだ修行が足りないようだ。またフィーが暴走するようなことがあっても、今度は余裕を持って止められるよう強くなってみせるから、どうか信じて欲しい」

「オリビエさん……うん、わかったわ。その時はお願いね!」


 そうして三人の元に駆け寄り手を握り笑顔を向ける私に、肩に乗るジュディがツッコミを入れる。


『またそんな簡単に丸め込まれて。そんなだから、ティファリスや吸魔のメイド達にいいように使われたんだよ』

「そしたら、またが助けてくれるんでしょ?」

『……当たり前じゃないか。僕はフィーの使い魔であると同時にお父さんなのだからね!』


 そう言って猫髭をピクピクさせつつ胸を逸らすジュディに、私は頬を擦り寄せて嬉し涙を流すのだった。


 ◇


 ミューズが押し掛けてから、あれよあれよという間に元の鞘に収まった若きパーティの様子に、アルフレッドは不思議な感覚を抱いていた。


「なんだか、すごいデジャブを感じる展開なのだが、何故だろう」

「まあ、簡単なことだわ。あの子が押しに弱いところは、サーリアにそっくりということよ」


 あれほど冷淡な反応を返していたサーリアに、幾度となく押しまくって最後には結婚するまでに至らしめたかつての戦友ブラフォードを思い出し、アルフレッドは自然と笑みを浮かべる。あれを押しに弱いと断言してしまうところが、不屈の聖女ミューズの恐ろしいところだ。


「そうか。まったく、私よりブラフォードの方がよほど勇者だったことを思い出したよ」

「そうでしょう! というわけで、元勇者として最後の勇気を振り絞って陛下への釈明をお願いね!」


 そこでようやくアルフレッドは王族の守護のため結界を張っていなくてはいけないはずの自らの妻がここにいる意味を理解し、息子の回復のために王城を抜け出してきたと思しきミューズの突拍子もない行動に、今度こそ頭を抱えたのだった。


 ◇


 初冬の小春日和のある日、王都のオリビエさんの邸でしばらく休養を取った私たちは魔法都市マーシャルに向けて再び旅に出ようとしていた。


「じゃあな、エミリー。大人しく学園に通っているんだぞ」

「もう、わかっているわよ馬鹿兄貴! それより、オリビエ様のこと頼んだわよ!」


 アルフレッドさんとミューズさんは王城で王族を守護する勤めがあり軽い挨拶をするだけになってしまったけど、ギースさんの妹のエミリーさんはこうして憎まれ口を叩きつつもキチンと見送りに来ているところが微笑ましい。

 そんな態度が出てしまったのか、エミリーさんが私やマリアさんにムッとした表情を向けてくる。


「ちょっと、あなたたち! なにをニヤニヤ笑っているのよ!」

「エミリーちゃんは素直じゃないって思っているところじゃないの。お姉さんとしては、もう五、六年した後にエミリーちゃん自身が過去を振り返った時にどう反応するかが楽しみで仕方ないわ」

「ブフッウ! やめろ、マリア! これでも笑わないように常日頃から気をつけているんだ!」

「もう! これだから兄貴は嫌いなのよ!」


 そんな兄妹のやりとりを羨ましく思いつつ、私はしばらく過ごした王都の街並みを見納めとばかりに目に焼き付ける。そうして遠くを眺めていると、ふと見知った顔が宿の二階の窓からこちらを、正確にはオリビエさんを見つめていることに気がついた。


「ユリアーナ姫……?」


 そう私が呟くと、姫様の方でも私が注目していることに気がついたのか、人差し指を口に当てて黙っているように合図を送ってくる。やっぱり姫様は……。


「どうしたんだ? フィー。忘れ物がなければそろそろ行くぞ」


 そこまで考えたところで、オリビエさんが私を呼ぶ声に気がつき後ろを振り返る。


「……ううん、なんでもないわ。それじゃあ出発しましょう!」


 前を行くオリビエたちに追いつこうと長い黒髪をなびかせて走り寄るフィリアーナ。その黒髪を束ねる髪飾りに付けられた宝石は、冬の陽光を反射して青く煌めいていた――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔女見習いと魔王猫 夜想庭園 @kakubell_triumph

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ