第122話:変わる環境4

 俺達は、無事に地下一階の植物部屋に到着した。あの後、一度だけ魔物との遭遇戦があったが、危なげなく切り抜けた。二人組も一戦乗り越えたおかげか、落ち着いて対処していた。

 地下一階にしては魔物はちょっと強めだけど、戦闘経験のある冒険者なら対処できないほどじゃないんだ。待ち伏せとか不意打ちの報告もほぼないし、数も多くない。安全な方といえる。


「話に聞いていたが、こりゃすげぇな」

「ここだけ別世界だ……」

「凄い……」


 ゴウラ達が三者三様の反応を見せている。


「一応、魔物が隠れてるかもしれないから警戒しつつ採取をしよう。二人が警戒、二人が採取だな」

「わかった。俺は警戒するから、誰か一人、サズを手伝ってくれ」


 すると、背の低い方がすぐに俺の横に来た。ちなみに名前をズダと言う。彼は周囲の低木や草を一通り見て、問いかけてくる。


「で、どれから取るんだ?」

「今回はこの辺からかな」


 近くの低木を指差す。丸っこい葉っぱが沢山ついた、どこにでも生えていそうな植物だ。


「これは、ケリィナの木。こう見えて世界樹固有の植物なんだ。薄い緑色をした葉を採取して、専用の手法で抽出した薬は色々な症状に効く薬になる……らしい」

「最後自信がなくなったのはなんでだ?」

「世界樹が無くなってから百年、その薬の実物は世の中から消えている。かなりのお年寄りなら、見たことがあるかもしれない」

「そりゃそうか。色々な症状ってなんだ?」

「頭痛を始めとした痛み止めになるらしい。あと、熱冷ましにも。他の薬と混ぜれば子供にも使えたって、資料室の人が教えてくれた」

「凄い便利じゃねぇの。昔はこんなもんが沢山あったのか」

「実際、世界樹といっしょに薬が無くなって困った時期もあったらしい」


 これは事実で、アストリウム王国の歴史の初期に記録されている。世界樹由来の薬が無くなってしまい、治るはずの病気が治せなくなったという事件があったそうだ。最終的に、外国から別の薬を取り寄せて何とかしたそうだ。


「巨大なダンジョンが消えるってことは、そこに繋がっていた生活そのものも無くなるってことなんだな……」


 葉をむしりながら、ズダがしみじみと言った。


「冒険者も、ギルド職員もダンジョンに生かされてるようなものだから」


 商隊の護衛や採取の仕事もあるけれど、冒険者といえばダンジョンだ。世界樹攻略は華々しい偉業だけれど、その瞬間を見ていた人達はどんな気持ちだったんだろうか。

 葉っぱをむしりながら、そんなことを考える。


「後ろで景気の悪い話をするんじゃねぇよ。むしろ今は新しいダンジョンが見つかって景気が良くなる所だろうが」


 ゴウラが呆れ顔で言ってきた。その通りだな。これからピーメイ村もコブメイ村もかなり景気が良くなる。全然実感がないけれど。考えてみれば、今ここにいる全員、一財産作るチャンスでもあるわけだな。


「この辺はもう無くなったな。次はどれにするんだ、サズ?」


 取った葉っぱを袋に入れて、リュックに詰めながらズダが聞いてきた。さすが、採取に手慣れている。


「ちょっと待ってくれ。実はリストがある。今回は世界樹固有の植物中心に採取したい。それと、実験も頼まれてるんだ」


 懐から紙を取り出して周囲を確認する。フリオさん作で、簡単な絵がついていてわかりやすくまとめられているものだ。一応、頭には入れてあるけど、現場で確認できるのはとても助かる。


「実験?」

「資料室からの依頼でね。試しに全部引っこ抜いて地肌が見えるようにして欲しい植物があるんだ。どれくらいで回復するのか、別の植物が生えてくるのかを見たい」

「へぇ、別の植物が生えてくることあるのか?」

「世界樹だとあったらしい。季節や昼夜でも変化があったとか」

「面白い話をしているな。俺達にも聞かせてくれ」

「ああ。じゃあ、ここに書いてある蔓を探さないか? 見た感じ、魔物はいないみたいだから」


 全員でリストを確認して、改めて植物部屋の探索を再開する。

 すぐに目的の蔓は見つかった。壁から垂れ下がったそれを、全員で一気に引き抜いた。壁から垂れ下がっていた植物がなくなり、土っぽい洞窟の壁が露わになる。周囲から土の臭いが溢れてくる。


「この蔓も何かに使えるのか?」

「干して粉にすると、物凄く甘いらしい。調味料として高値で取引されていたそうだ」

「宝の山じゃないのか、ここ?」

「全員のリュック一杯まで持ち帰ったら、どのくらいになるんだ?」

「そうだな。今日の予定だと……」


 俺が金額を伝えると、ゴウラ達が目を丸くした。それもそうだ。三人が一ヶ月はそれなりの生活をできる金額だ。


「と、とんでもないな裏世界樹ダンジョン。これなら、相当な稼ぎに……」

「都合のいいこと言うんじゃねぇ。こんなのすぐに取り合いになって……ならねぇな。しばらくは」


 ズダが声を震わせながら言うのをゴウラが諌めようとして現実に気づいた。

 そう、裏世界樹ダンジョンの採取は、今のところ競争にならない。なぜなら、人がいないから。

 先行するニパーティーは攻略に専念しており、植物部屋で採取はあまりしない。収入的には攻略のほうが実入りがいいので、採取に専念することもない。

 つまり、ゴウラ達が稼ぐ余地はいくらでもある。何なら、ゴウラ以外の二人の収入源にしてもいい。この二人なら、気を付けて進めば大丈夫なはずだ。


「ゴウラの兄貴、ここに通いませんか? そのうち俺達だけで潜れるようになりますから」

「慣れてくれば、俺達二人だけでも冒険者で食っていけるようになってみせます。兄貴も色々あるんでしょう?」

「お前ら……もしかして例の件、知ってたのか?」


 コブメイ村も小さな村だ、人間関係が濃い。噂や内部事情なんてすぐに広まる。

 ゴウラが困っているように、二人だって困っていたんだ。兄貴分を快く送り出せないことを。


「ギルドとしては有り難いな。植物部屋での定期採取と検証を頼みたいから」

「サズ……。最初からこれを考えてたな」

「たまたま良い話が入ってきただけだよ。これから他にも冒険者への仕事は増える。ゴウラが偉くなって村の仕事を二人に任せる間くらい、何とかなるだろう」

「……わかった。輸送の護衛はコブメイ村に来る冒険者にも頼んでみよう。俺達も、色々やってみるべきだな」


 どこかスッキリした顔をして、ゴウラが言った。とりあえず、上手く行ってよかった。実はちょっと不安だったんだよな。口には出さないけど。


 この後、採取した後に加工の依頼をこなして貰わないといけないため、連日ダンジョンに潜れるわけじゃないと説明したら、怒られたのはちょっとした余談である。

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2024年10月30日 18:00
2024年11月6日 18:00
2024年11月13日 18:00

左遷されたギルド職員が辺境で地道に活躍する話 みなかみしょう @shou_minakami

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