この世界について
繭の間から出ると、柱や天井などが真っ白な回廊だった。陽の光が差し込んでいるステンドグラスからは様々な色が溢れ、床や天井が様々な色に染まっている。
荘厳という言葉が似合う回廊に、籐也はゴクリと唾を飲み込んだ。
「さぁ。トウヤ様行きましょう〜!」
緊張している籐也とは違い、上機嫌なトゥレがくるりと空中で回る。
「行くって何処に?」
「トウヤ様の能力を測る為の測定室ですよ〜」
「測定室?」
という籐也の疑問に、トゥーレがガッツポーズをしながら口を開いた。
「大丈夫です! 測定室が何なのかも含めて歩きながらトゥーレが説明しますので! 測定室は遠いので、きっと話し終わるはずです〜!!」
任せて下さいと胸を張ったトゥーレが、えっへんといったように、わざとらしく咳払いをし話始めた。
「まず此処は、異世界から異人様が召喚されるトランシェ神殿と呼ばれる場所です」
神殿と聞いて籐也は納得した。繭の間と呼ばれていた部屋や、廊下は美しく荘厳で神殿と呼ばれるに相応しい場所だった。
そして、トゥーレのいう異人様が召喚されるという言葉は、籐也以外にも召喚された人が居るような口振りだった。
「召喚されるって事は、俺以外にも人がいるのか?」
「はい! 異人様は沢山いらっしゃいますよ!」
籐也以外にも召喚された人間が沢山いるという事に籐也はほっと息を吐いた。
籐也の世界で流行っていた異世界物というのは、大抵召喚されるのは一人だけだった。アニメや漫画ならば、直ぐに仲間などが見つかり異世界を謳歌するものだが、現実はそうはいかない。
いきなり、知らない世界に放り出されたら嬉しさよりもさっき籐也が感じた戸惑いやパニックに陥るだろう。
だからこそ、知らない世界に放り出されたのは自分だけではないという事が分かっただけで酷く安心する。それに、籐也と同じ日本人にも会えるかもしれない。
「此処トランシェ神殿は、ザルドカイン大陸という大きな大陸の丁度真ん中。
ユグドラシア神聖王国という場所にあります。
ザルドカイン大陸の真ん中には、巨大な世界樹があって、それを囲むように四つの大きな国と6つの小さな国があるんですよ!」
聞けば聞くほど、此処が異世界だという事を信じざる得なくなっていく。
世界樹。神聖王国。そしてザルドカイン大陸。
どんどんと出てくる、聞き馴染みの無い言葉達。此処は地球ではないのだと一縷の希望でさえも無くなっていく。
「……やっぱり、俺の知る日本とは違うんだな」
「はい。残念ながら此処はザルドカインです。トウヤ様の住んでいた国は此処にはありません」
心配そうに籐也の顔を覗き込むトゥーレに籐也は視線を逸す。突きつけられた異世界という事実をそう簡単に受け止める事は出来ない。
籐也を心配して、羽音を立てながら籐也の周りを飛び回るトゥーレに口を開いた。
「……この世界はどういった場所なんだ?」
「ザルドカイン大陸には、人間や亜人などの様々な種族が暮らしています。私は、見て分かる通り亜人に分類される妖精と呼ばれる種族ですよ」
くるりと回転したトゥーレが、腰に手を当ててえっへんというようにドヤ顔をした。
「見た瞬間から妖精だっていうのは分かってた」
「やっぱり! 前の異人様からも聞きましたが、妖精と呼ばれる種族はそちらの世界にも居るのですね」
トゥーレが両手を合わせて嬉しそうに微笑む。
「物語に出て来るだけだから、実際に居るかは分からないけどな」
「それでも良いのですよ。同胞の話が別の世界にあるという事が嬉しいのです。話が逸れました。コホン。説明の続きをしますね」
演説を始める前のように、コホンと咳払いをしたトゥーレが話し始める。
「ここザルドカイン大陸では、様々な種族が過ごしているのですが、その種族に含まれない者がいるのです」
「含まれない者?」
「はい。魔物と呼ばれる者達です。彼らは理性を無くし、毎日、何処かの村や国を襲っています。人々や同族を食らっても満たされず、殺す事だけが生き甲斐と言える魔物達に何千という人や亜人は殺されました」
「そんなに……」
「はい。今も魔物達に対抗できない者達は殺されています。その為に、異人様達が呼ばれているのです」
「……魔物と戦う為に??」
「はい。侵攻してくる魔物と戦って頂く為に、適正がある方を召喚しているのです。魔物は強大で数も多いのでたった一人では太刀打ちが出来ません。なので、こちらも適正のある方を沢山お呼びしています」
「だから、一人じゃないんだな」
「この世界に呼ばれた異人様は、数百人を超えます」
予想外の人数に籐也は、目を剥いた。
数百人が籐也と同じくこの世界に召喚され帰れずに暮らしている。籐也と同じ日本人もここで暮らしているなら会えるはずだ。
帰る手がかりなどあるかもしれない。
「皆様。召喚時に女神様より、それぞれ唯一のギフトを貰っており。ギフトによって前衛や後衛など、それぞれの得意職業が割り当てられます。それを測る為に行くのが測定室です」
「じゃあ、俺にもギフトがあるってことか?」
「はい。測定するまではどのようなものか分かりませんが、必ず一つあるはずですよ」
トゥーレが微笑みながら、ガッツポーズをする。
籐也にも、アニメで見たようなギフトが一つある。日本に帰りたい気持ちは消えないが、自分に与えられた物がどんなものか知りたい気持ちが湧いてくる。
「どんな物か楽しみですね」
「そうだな。……測定したらどうなるんだ?」
「測定しましたら、ギフトによってランクが分けられますので、適した所に配属されます。配属された先で手柄を立てれば、勇者となり華々しい将来が約束されますよ」
ただ、与えられているギフト大した物で無かったらどうなるのだろうか。前線で戦えない鑑定やその他の能力ならば戦闘には役に立たないはずだ。
「もし、戦えないギフトだったらどうなるんだ?」
俺の質問にトゥーレは口を開く。
「そうなった場合は後方支援を担当していただきます。料理が得意なら料理を、鑑定が得意なら道具屋やギルドに加入して鑑定師をどんなギフトでも、得意なことを活かしていただきます。どんなギフトでもトゥーレがサポートしますよ」
そう言い胸を叩くトゥーレに籐也は安心する。どんなギフトでもこの世界に居場所があるのだと。
そんな事を思いながら、何気なく籐也が回廊から見える中庭へと視線を向けると、空に何かが浮かんでいることに気がついた。
「トゥーレ。空に何か浮かんでいないか?」
籐也の言葉に、ピシリとトゥーレが固まった。パタパタと翅を動かしながらも、何も言言葉を発しない。沈黙が数十秒続き籐也がトゥーレに声を掛けようとすると、くるりとトゥーレが振り返った。
「あれは、エデンですよ」
無機質な声と表情が抜け落ちたトゥーレに、籐也は思わず一歩後ずさった。先程までに天真爛漫な雰囲気はどこへ消えたのかと思う程に人が急に変わったトゥーレ。
回廊に重々しく張り詰めた空気が流れていく。
何も言わずじっと、籐也を見つめているトゥーレにゴクリと生唾を飲んで籐也は恐る恐る口を開いた。
「……エデン?」
籐也の世界では、楽園や理想郷という意味だ。何故、忌々しい物を見るような顔をするのか分からなかった。
もしかして、この世界では別の意味で伝わっているのだろうか。
「はい。エデンと呼ばれている空浮かぶ島々から構成される大陸です。……あれがあるせいで、限られた時間しかザルドカイン大陸には日が当たらないんです。本当に……忌々しい」
急にトゥーレがぶちぶちと爪を噛みながら、無機質な声を発した。トゥーレの翅は徐々に翅先から黒ずんで、美しい金色の髪もぼさぼさになっていく。
頬コケ、体はやせ細りまるで老婆のように姿が変わっていくトゥーレは、籐也を見ているようで、見ていない。
抜け落ちた表情や、温度感の一切ない声に籐也は何も言えない。視線を左右に揺らしながら忌々しそうに、トゥーレは空を見上げる。
トゥーレの憎悪が籠もっている瞳に、籐也も横目で空を見上げる。雲から覗くエデンと呼ばれる大陸は、それ程までに憎悪される場所なのだろうか。
爪を噛みながら空を見上げているトゥーレに籐也は視線を移し恐る恐る口を開いた。
「トゥーレ」
と、名前を呼ぶと虚ろな目が籐也を映した。ハイライトが消えた真っ黒な瞳は吸い込まれそうだった。
地雷を踏み抜いてしまったと思いながらトゥーレを見つめていると、瞳に徐々に光が戻っていくと同時に姿も戻っていく。
黒ずんだ羽はグレーに戻り、美しい金髪は絹糸のように、そして老婆のように痩けていた肌はハリを取り戻している。
籐也をちゃんと認識したトゥーレが、ぺろっと舌を出してくるりと回る。
「ごめんなさい〜!! トゥーレとしたことがやってしまいました〜。エデンは罪人達が行く地獄の場所なので、トウヤ様には関係ないかったですね。さっ!行きましょう!!」
と、さっき迄とは打って変わってトゥーレは花が咲くような笑顔を浮かべた。余りの変わりように、籐也の心臓がドキドキと痛いくらいに鼓動する。
老婆のようなトゥーレと今のトゥーレが別人のように見えて、酷く恐ろしく見えた。
そんな籐也の事を知らないトゥーレは、先程までの事は最初から起こっていないように籐也を手招きする。
どうして姿が変わったのか、エデンとは何なのか聞きたかったが、聞ける雰囲気では無く、聞いたとしてもトゥーレは話してはくれないだろうという確信があり籐也は口を噤んだ。
籐也は気まずい雰囲気の中、心を落ち着ける為に深呼吸をすると、空に浮かぶエデンを横目で見ながら歩き出した。
勇者殺しは楽園にて復讐を誓う 柴山響輝 @shibayama_hibiki
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