座敷童の爪

佐々国

独白

机の上に放り出したスマホは沈黙を保ち続けている。

無意識に左手をスマホへと伸ばし、一瞬硬直する。行き場を無くした手は、少し宙を彷徨って、やはりまた、手元の煙草の箱を撫でる。

つい数日前まで、毎日のようにかかってきていた彼からの電話は、まだ途絶えたままだ。

ある意味この沈黙が、何より雄弁に事実を物語っているのかもしれない。

薄白く光るパソコンの液晶モニターに視線を戻す。起動だけされたワードソフトは白紙のまま、文字一つ打ち込まれていない。

指先で、煙草の箱の縁を繰り返しなぞる。

脚を右脚から左脚へ、左脚から右脚へと組み替える。

大きく息を吸って、吐いた。この一本で覚悟を決めよう。

僕は箱から一本抜き取り、火をつけ、煙を肺一杯に吸い込んだ。


…怪談をしようと思う。

ところで、ホラーというジャンルにおいて、しばしばこんなことが言われる。

「怪異の正体を詳細に明かしてはいけない」

まあ納得だ。人は理解できないものを恐れると言う。プロフィールが一から十まで洗い出されたオバケなど、一見してとても恐ろしいとは思わない。むしろ相手が「意思疎通のできない何か」である程に、我々はその理不尽な恐怖に身を震わす。

肺から押し出された紫煙は、ゆるりと拡散してその姿を消し、臭いだけがあたりに残る。

ではしかし、恐れおののくようなソレを「理解すること」が、果たして正しい向き合い方なのだろうか?

「その家」について知るべきではないと、昔祖父に釘を刺されたことがある。知らないものは知らないままに、そっとしておけと。その言葉は、不思議と深く、僕の心に刻まれた。そんな祖父は、自らが所有しているその家に決して近づこうとはしなかった。


怪談をしようと思う。

当然僕は、彼の経験したことの全てを知り得ない。

だからこれに続く話は、彼が電話で口にした内容を元にした、全くの作り話。そう思えば僕自身、書き進める手も少しは順調になるかもしれない。

キーボードに手を添える。

僕がその「座敷童の家」に住む彼と連絡を取っていたのは、彼にその家を貸したあの日から連絡が途絶えるまでの毎日、つまり、合計七日間だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

座敷童の爪 佐々国 @ekishun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ