てのひらのお月さま

 422年振りの皆既月食と天王星食。それを私は私のてのひらの中に見た。

 422年振りなんて、誰が数えていたのだろう。322年後まで誰が数えて、知らせてくれるのだろう。

 夜空なんて見あげなかった。5秒も遅れてひらくホームドア。すぐに点滅する信号。今朝から回したままになっていた換気扇。雨に湿った折り込みちらし。踵が擦り切れたベージュのストッキング。低く唸る冷蔵庫。でも、知らない誰かが私にもやさしくおどろくべき無遠慮さで教えてくれたのだ。422年間数えた誰かがいてくれたように。

 夜空なんて見あげない。無数に私のてのひらの中を流れていくお月さまは空を見あげるよりもたしかで、綺麗なのだから。322年間数えてくれる誰かがいてくれるように。

「パパ、お月さまとって」

 そんなことを願わなくても、お月さまは私のてのひらの中にある。

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あしたもそこにあるものたち ちーすけ @chi94

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