魂の賭場

結騎 了

#365日ショートショート 330

 寿命が延ばせるカジノ。

 その噂を聞きつけた男は、やっとのことで現地に辿り着いた。あらゆる手段を用いて収集した情報は無駄ではなかったのだ。裏路地にある寂れた雑居ビル。目の前の入り口、その奥には、例のカジノがあるらしい。

 ぎいっ、と鈍い音が響く。ゆっくり力を込めていくと、ドアは吸い込まれるように開いた。

「いらっしゃいませ。お客様は初めてでしょうか」

 目の周りにいかにもな仮面を着けた執事風の男。正直に初めてだと伝えると、男は店のシステムを語り始めた。

「まずは隣の部屋で、あなたの寿命をコインに換えていただきます。コインは、1枚が1ヶ月。12枚で寿命1年分です。当カジノでは、そのコインをお客様同士で賭けあっていただきます。さぁ、よろしければ早速。こちらの方へ……」

 通された先では、巫女服に身を包んだ女性が待機していた。部屋はとにかく薄暗い。言われるがまま、椅子に座らされる。

 艶やかな声が背面から聞こえてきた。「それでは、換えていきますね」。するりと背中に這った手のひらに、ぐっと力が込められた。なにかのツボを押しているのだろうか。やけに気持ちがいい。息が一瞬詰まり、魂が抜けたような感覚が全身に行き渡った。「はい、できましたよ」

 女が手のひらを広げると、そこには12枚のコインがあった。

「えっ、今ので……」

「はい。私たちは特別な呪術を使えますので。ただし、このままではあなたの寿命は1年短くなったままです。どうか、ご武運を」

 女は深々と頭を下げた。

 またもや現れた執事風の男に連れられ、カーテンの前に通される。

「それでは、どうぞ。夢をお楽しみください」

 がぁっとカーテンが開くと、そこは眩しいまでのライトに照らされた騒がしい賭場だった。ポーカー、パチンコ、ルーレット。どこかの映画で見たような豪華絢爛な並びだ。

「よぅし……」

 男は腕まくりをして、ポケットの中の12枚のコインに指を這わせた。

 数時間後、男のコインは18枚になっていた。まさにビギナーズラックと言うべきか、半年分の寿命を得てカジノを後にしたのである。

「お疲れ様でございました」

 執事風の男が笑顔で微笑みかける。といっても、マスクのせいで見えるのは口元だけ。

「あ、あの。このコインをどうやって自分の寿命に……」

 尋ねるが、返ってきたのは意外な言葉だった。

「さぁ。よく分かりませんね。しかし、なぜか皆さん、ここを出られた後に隣のビルの2階に向かわれます」

 ははぁ。。などとにやつきながら、男はその場所へ向かう。案の定と言うべきか、そこには巫女服の女がいた。

「さあ、コインを私に。そして背中を向けてください」

 ぐっと、力を込められる。やはり気持ちがいい。今度は逆に、魂が込められたとでも言うのだろうか。

「えっ、もしかして、もう……」

「はい。あなたの寿命は半年伸びました。おめでとうございます」

 男は、晴れやかな気持ちでカジノを後にした。

 後日。どうにもあの興奮が忘れられず、男はまたカジノを訪れていた。

 受付を済ませ、三度、巫女服の女と遭遇する。

「それでは、換えていきますね」

 ぐっと押された後に、渡されるコイン。またもや12枚だった。

 あれ、待てよ。ふと、男は首を傾げる。そもそも、私の本来の寿命が分からないではないか。60歳で死ぬのか、80歳で死ぬのか。それが分からないと、勝って半年増えようが、負けて一年減ろうが、本当のことなのかさっぱり分からない。あれ、これはどういうことだろう。

 眉間に皺を寄せていると、執事風の男はにこりと笑ってカーテンを開けた。

「それでは、どうぞ。夢をお楽しみください」

 ライトの眩しさが男の視界を覆った。

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