What a Wonderful World

春雷

What a Wonderful World

 お散歩日和なので、散歩をしている僕である。昔から能天気な性格で、道端に咲いている花を見て綺麗と思い、飛んでいる鳥を見て羨ましいなあと思う。川沿いにあるこの道は、僕のお気に入りの散歩道。色んな悩みが吹き飛んで、無敵になれる散歩道。

 空は快晴。澄んだ青が、心を安らかにしてくれる。

 うきうきとした気持ちで、スキップする。

 素敵な心持。

 眼に映る全ての景色が、美しい。

 この世界は、何て素敵なのだろう。


 公園のベンチに座り、休憩する。ふう、と息を吐く。歩くのも大変だ。

 小さな公園で、僕の他には誰もいない。遊具もブランコだけだ。砂場すらない、遊び心のない公園である。僕は青いベンチに腰かけて、青い空を眺めていた。そして口笛を吹く。即興で作ったメロディーは、意外と面白く、僕は作曲の天才なんじゃないかと思った。

「今日もいい日だなあ!」

 僕はにっこり笑う。

「何を言ってるんですか」

 僕の隣に、黒いスーツを着た男が腰かける。顔が険しい、怖い感じの男だ。

「兄貴、やはりあちらの組はドンパチやりたいみたいですぜ。若いもんは血の気が多くっていけねえ。間違って組員撃つなんざ、馬鹿馬鹿しいことだと思いませんか。手打ちにしようっつったのに、交渉をまた掻き乱しやがって……。兄貴、抗争はどうやら避けられません。沖縄からも数名派遣するそうです。彼らが着き次第、乗り込みましょう」

 この人は何を言っているんだろう。さっぱり分からない。こんなに素晴らしいお日柄なのに、こんな険しい顔をしているなんて。よっぽどのっぴきならない事情があるのだろう。

「こういう時は、笑うのが一番だよ」

「……冗談は止めてください」

「冗談……?」

 彼は険しい顔で煙草を吸い出した。煙草は身体によくないと思う。

「昨日から、どうしちまったんですか。兄貴、馬鹿になっちまったんですか。あの女のせいですか?」

 僕はよくわからないので、にっこりと笑ってた。すると、彼は僕の手を取って、引っ張るんだ。

「ちょっと来てください」


 ビルに連れていかれた。その一室には、禿げたアロハシャツのおじさんがいた。

「ラリってるわけじゃあねえみてえだな」とそのおじさんが僕の顔を覗き込んで言う。

「本当か?」と彼。「四十過ぎた野郎がスキップして公園で空眺めてたんだぞ。ラリってるに決まってるだろうが」

「いや、違うみたいだ」

「確かか?」

「ああ」


 ちくしょう、と俺は思った。兄貴がどうかしちまった。兄貴がおかしくなって、組は統制が取れなくなった。ラーメンから丼ぶりを除いたようだった。兄貴が若いもんの受け皿になってたんだ。こってりした若い衆は床にぶちまけられ、好き勝手やり始めた。シマは荒れ放題。きっとこの組は終いだ。

 くそ……、誰が兄貴をこんな風にしやがったんだ。尊敬していた格好いい兄貴が、「世界は今日も素敵だなあ」なんて言っている姿、正直見てられねえ。

 組同士の緊張が高まり、全面戦争も避けられないか、と思った頃、沖縄から応援が来た。応援は三人。その内の一人は、緑色の帽子を被っていて、俺にこう話しかけた。

「俺ァ、元舘ひろしだ」

 じゃあ今は誰なんだと思ったが、元舘という名字らしかった。元々舘ひろしだったという意味ではないらしい。

「あんたんとこの兄貴がおかしくなっていると聞いた。心当たりがあるぜ」

「本当か?」

「仮面の男だ」

「仮面の男?」

「廃墟に仮面の男がいて、そいつが絵本を読み聞かせるらしい。その絵本を読み聞かされると、能天気な阿呆に改造される」

 俺は元舘の胸倉を掴んだ。「馬鹿なこと言ってんじゃねえ」

「確かめてみりゃあいい。場所を教えてやる。兄貴を治す方法が分かるかもしれねえぞ? 全面戦争を避けたいなら、仮面の男に会って、兄貴を治すことだな」


 俺は車を走らせ、教えてもらった場所まで行った。藁にもすがる思いとは、このことだろうな。

 その廃墟は、工事現場らしかった。何らかの事情で中止になったのだろう。俺は半壊したビルに入った。

 男がいた。

 赤い仮面の男。

「人は」と男は語り出す。「本来は優しい。でも、野蛮な価値観に触れることで、仮面を作る。偽物の仮面だ。その仮面のせいで、犯罪を犯す。僕がその仮面を剥ぐよ。そして優しい本物の仮面を被せよう」

 男は絵本を取り出した。そして読みだす。俺は構わず喋る。

「何言ってんだ馬鹿。兄貴を治しやがれ」

「やさしいこぐまは――」

 男がそう言うと、眼の前に草原が現れた。何だ、こりゃあ。プロジェクションマッピング……?

 その草原で、熊や兎やその他の動物が戯れてやがる。

「それを止めろお!」

 俺が仮面の男に殴りかかる。しかし、すり抜けた。風景が変わる。

 俺は断崖絶壁にいた。周囲は業火。丸焦げの人間が俺の周りに群がる。この世の果てみてえな風景だった。

「心を優しくすれば、世界は変わる」と男がどこからか声を出す。

「あ、あ、あああああ!」

 そうか、兄貴はこれで……。


 俺はにっこり笑う。

「今日はいい日だなあ!」

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What a Wonderful World 春雷 @syunrai3333

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