第7話 面接

さっきから検査検査検査!


もうなんなの!

折角外に出れたのに!

歩くことはもちろん、見ることすら許されてない!


私はかなり怒っていた。

私は美人だから、そんなこと絶対に顔に出さないけど、私はかなり怒っていた。


私は薄桃色の病室に閉じ込められていた。

妙に潤った空気が滞り、独特の匂いのするベッドと無機質な照明が備え付けられているのにも関わらず、窓は一つもない。


ああ。


アツくない。


これならアルジェラの彼と居るほうが幾分かマシだった。

彼が魔法を使えないと知ってからは幻滅したけど、それまでに数々のアツい功績を残していた。


「でも魔法使えないってのは残念だな。魔法の無いアルジェラってただの性格悪い金持ちじゃん」


そういえばアルジェラの彼の様子がおかしかった。


離れ離れになる直前、私は彼に問い詰められた。

何故魔法を使えるのかとか、どうやって使ったのかとか。

勿論私は全部感覚だったから、感覚って答えた。


それでも彼は納得していなかった。

すごい一生懸命に私を問い詰めてきた。


あれは一体何だったんだろう。


「失礼します・・・・・・代表取締役社長がお呼びです」


白衣を着て、眼鏡をかけた男が私の病室に入ってきた。


この人がお医者さんらしい。

私は医者なんて小説でしか読んだことなかったけど、妙にドライな所とか、賢げに振る舞う所とか、割とそのまんまだった。


私は積もりに積もった不満を打ち明けた。


「検査疲れた。外歩かせてよ」

「社長とお話になった後は最後の検査ですから。その後はいくらでも、お好きにどうぞ」


つまんないの。


誰だよそのトリなんとかって。

社長って言ってたから偉い人なんだろうけどさ。


私は渋々ベッドから起き上がり、お医者さんの方へと駆けていった。


「では、こちらに」


同じような薄桃色の長い廊下を暫く歩いた。

何故か照明が段々と減っていって、少しずつ薄暗い廊下になっていった。

薄桃色もくすんだ灰色に見えてきて、ちょっと気味が悪い。


こんなところにお偉いさんが居るんだ。

なんか病んでそう。


「社長。お連れしました」


お医者さんは扉を開けて、


「どうぞ」


部屋はさっきよりマシだった。


白い壁が四方を囲んで、藍色の絨毯の上にイメージ通りの黒いソファが向かい合って置かれ、間には透明のテーブル。


そのソファの一つに後ろ姿のスーツの男が座っていた。


その男が立ち上がり、振り返って微笑んだ。


おかっぱ頭の眼鏡だ。


整っているけどちょっとヤな顔をしている。


「はじめまして。ジルさん」

「・・・・・・はじめまして」


私は向かい側の席を勧められた。

ちゃんと会釈してから、黒いソファに座る。


・・・・・・凄い。


凄い柔らかいソファだ。

廃棄されてたダウンタウンのとは訳が違う。


「検査検査で滅入っているでしょう。ゆっくりお茶でもお飲みください」

「・・・・・・いただきます」


意外と気配りができるやつだな。

私は緊張しているのだ。

あったかいお茶は助かる。


でもダウンタウンの小娘にここまで手厚くしてくれるとは、一体どうなっているんだ。


実はアルジェラってこんな感じなのか?


私はそう思いながら、お茶を一口飲んだ。


「私が貴方をお呼びしたのは、貴方がアルジェラであることが判明したからです」


彼がそういった瞬間、私の唇から凄まじい勢いで湯水が噴き出し、彼の顔にかかった。


「すいません!!」


私は咄嗟に謝った。


「いいんですよ。驚くのも無理はない」


まさかこんな紋切り型の驚きを演出できるとは思いもしなかった。


ちょっとアツいな。


「まあ、というわけで、私の会社で貴方を雇用したいと考えております」

「は、はあ」


だからこんなに対応が手厚かったのか。


でも私がアルジェラってどういうことだ?

私は物心ついた時からダウンタウンに居たのに。


そもそもそんな人間にアルジェラが務まるのかな。


「しかしその前に、形式的に貴方について聞いておかなければなりません。生い立ちや趣味など、聞いてもよろしいですね?」

「そりゃいいですけど・・・・・・」


私は彼に生い立ちや趣味などを話した。


物心ついた時からダウンタウンに居て、爺と周りの男たちに大事に育てられて、ああいう仕事して、お金貯めて外に出るのを夢見ていて・・・・・・


うーん。


なんか私の人生って意外とアツくないな。


「どうされました?」

「自分の人生が思ったよりアツくなくて落ち込んでます」

「アツい?」

「ええ。アツい、です」

  

不思議な方だ、と言ってまた微笑んだ。


取って付けたような笑顔だ。


「あの・・・・・・社長の会社ってアツいですか?」

「それは分からないけど、仕事をしていれば"やりがい"は付いてきます」

「はあ・・・・・・やりがいですか・・・・・・」


私はやりがいという言葉を理解できなかった。


何となく意味は分かる。

でもそれがどうして仕事をやる理由になるのかは分からなかった。

私にとって全てはアツいか否かだから。

 

「社長の"やりがい"ってなんですか?」

「国の為に仕事ができること。これに尽きます」

「国の為・・・・・・じゃあ──」


私は言った。


「革命とは真逆ですね」


私は言ってから「しまった」と思った。

この人は国が大事だとか"やりがい"だとか言ってたのに、私がこんなことを言うのは筋違いだ。


私はすぐに謝った。


「すいません。国の為の会社に入らせてもらうのに、革命だなんて言葉は失礼ですよね。ごめんなさい」

「いえ。私も革命の歴史は好きですよ。ワクワクします」


へぇ。


それは話が合うな。


「私も革命ものの小説好きなんですよ。だから思わず口走っちゃったというか」

「いいんですよ。この国で革命なんてギャグみたいなものですから」

「そうですよね。あはははは」


ギャグ・・・・・・か。


「しかし、あまり忙し過ぎる人生も辛いですよ。私は彼らの歴史を見てそう思います」

「・・・・・・そうですよね」

「それに、自分の器に合わない仕事を務めるのは世の損失だとさえ思います」


自分の器・・・・・・


私の器は、ちっさいんだろうな。


「ですから、アルジェラの貴方には是非我が社で力を発揮して欲しいのです」

「・・・・・・分かりました。よろしくお願いします」


話はそれで終わった。


私はソファを立ち上がって一礼し、扉の前にいるお医者さんに向かって視線を投げかけた。


「では一旦病室へ戻りましょう」


私はそのままお医者さんに連れられて、また長い廊下を進んだ。

暗い廊下が段々明るくなっていき、私の心の緊張も次第に解れていった。


お医者さんが私を病室まで案内すると、そこで最後の検査まで待つように言われ、私はまたベッドで暇を持て余した。


私は薄桃色の天井を見ながら、想像した。


自分のこれからを。

会社での"やりがい"を。


ちょっと楽しみだな、会社。


私は、何役なんだろうか。



────────────────────



「最後の検査、頼んだ」

「よろしいのですか?さっきは我が国の損失だとまで仰って──」

「"あいつ"の手が読めた。今すぐ準備に取り掛かれ」

「・・・・・・承知しました」

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アツい革命サムい平穏 @wildness

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