喰らう

猿渡めお

油そばを――喰らう。

 油そば。

 それはラーメンの未完成品。

 それはつけ麺よりなおも不完全な――出来損ない。


 降りしきる雨の夜――狭隘な麺屋に俺はいた。

 畜群じみた人間の吹き溜まり。

 不健康という現代の悪徳を崇める集会。

 ――――俺もまた、その一員だ。


 ――――券売機、というものがある。

 注文受領と決済を代行する機械。

 硬貨を入れて画面に触れる。

 券とお金をお取りください、お取り忘れにご注意ください――機械音声が人がましく命令を出す。


 こんな機械が――俺は、嫌いではない。

 俺は接客する店員との人間らしいやりとりなどというものを憎む。店員の方も厭わしいことだろう。

 ストレスの軽減。無駄な労働からの解放。素晴らしい。

 そして店は回転率を加速させる。――素晴らしい。


 カウンター席につけば、眼前には所狭しと調味料。

 ウォーター・サーバーとコップ、箸とトングが、芸術的なほど手際よくまとまって並ぶ。

 上を向けば逆さに固定されたティッシュ箱。――涙ぐましい空間確保の努力。


 隣では店に負けず汚らしい客がポイントカードを店員に差し出す。

 ポイントをもらえてお得――――もらわなければ損。客を繰り返し駆り立てる。

 入店、食事、退店。

 流れ作業のごとく、人は麺を喰らう。


 着丼。

 ――――丼が、俺の前に置かれた。


 あまりにも巨大、あまりにも醜悪な、それは食物だった。

 供物を焚べる枯れ木のように積まれた野菜。

 大雑把に添えられた叉焼。

 得体の知れない脂が載っており、下から信じがたいほど太い麺が覗く。


 これが丼。

 これが麺食品。

 これが――油そば。


 油そば。ラーメンの出来損ないなどでは――ない。

 似て異なる麺。

 形式が近いだけの――全く性質を異にする能力。


 それを前にして、俺は。

 割り箸を、割った。


 これから始まるのは――戦闘ではない。


 ――――捕食である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

喰らう 猿渡めお @salutaris

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る