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さらば蛍

最終話 死んでも魂は生き続けるらしい。

 204X年。日本の少子高齢化は最終局面を迎え、ようやく、わが国でも安楽死に関する法案が可決された。


 新たに制定された法律の正式名称は「選択的自死決定法」。

 通称「自決法」である。


 これは、満70歳以上の日本人なら、誰もが自分の意思で人生を終わらせることが出来る――という法律だ。


 30年ほど前に「自死」と言う言葉が生まれて、「自殺」と言う言葉が使われなくなったが、今では「死」という言葉さえ避けられ、「自決」と呼ばれている。


「自決」とは、自らが決断する素晴らしい選択であり、ネガティブな「自死」とは全く違う――ということらしい。


 高齢者の自決が認められることにより、自決介助ビジネスも合法化され、数多くの企業が、このビジネスに参入してくることとなった。


 日本人の平均年齢は、既に70歳を超えており、この時を心待ちにしていた人も多く、お先真っ暗な人生に終止符を打ちたい人は、どうしたら楽に死ねるのか、どこで死ねば安らかに眠れるのか――そんな残念な事ばかり考えていた。




「……これで、やっと死ねる」


 昭和50年代生まれの貫井つらいミチノリ(仮名)も、その中の1人だ。


 8050ハチマルゴーマル問題などと騒がれていた時期から20年余り。彼の母親は、この法律が制定される直前に、100歳手前で、ようやく息を引き取った。


 バブル崩壊後の就職氷河期に大学を卒業した彼は、まともな職にも就けず、結婚も出来ず、当然ながら、両親に孫の顔を見せてやることもできなかった。


 彼にできた親孝行は、たった1つだけ。

「両親よりも先に死なない」という事だけだったのだ。


 彼の両親は、それなりに裕福だったので、老人ホームで平穏な余生を過ごせたようだが、長生きし過ぎてしまった為、1人息子に残された財産は無に等しかった。


 年金の支給年齢も、いつの間にか90歳まで引き上げられてしまい、女性ならまだしも、男性が頑張っても、受け取る事は、ほぼ不可能だ。




「まだ、お若いのに、本当によろしいのですか?」


 ミチノリ(仮名)に声を掛けたのは、白衣を着た60代の男性だ。


 この男性は、自決介助の担当者になったばかりで、見ず知らずの人の命を奪う事に、まだ抵抗があったのである。


「あははは、70歳を超えた爺さんに『まだお若い』なんて、ありえませんよ」


 ミチノリは笑いながら、タッチパネルで思い入れのある小説を検索する。

 ひらがな4文字で検索すると、画面には懐かしいタイトルが表示された。


「やっぱり、お若いですよ。その作品のヒロインは、中学1年生じゃないですか」

「――えっ? この作品をご存知なのですか? こんな大昔のマイナーな作品を」


「私は、元『カク●ム』のスタッフです。その作品はエロ過ぎたので、修正依頼を2回ほど送っています。中学生との性行為描写なんて、エロゲでもアウトですよ」


「エロゲですか……懐かしいですね。私も若い頃には、よくやってました」

「当時の日本は『エロゲ大国』でしたからね。あの頃は、生きるのが楽しかった」


「私は『ひらがな4文字系の深夜アニメ』も大好きでしたよ」

「『漢字1文字~3文字ぐらいのエロゲ』も背徳感があって良かったですよね」


「あっはっはっ、あなた、もしかして、私よりも年上ですか?」

「それはないですよ。ギリ、昭和生まれですけど……」




 ここは、自決介助サービス「カクナル」の自決室。

 かつて「カ●ヨム」と呼ばれていたサービスの進化系だ。


 脳科学の進歩により「行動の指針となる記憶領域」=「魂」の存在が特定され、その情報を抽出する事が可能となった。


 その「魂」をメタバース空間上のアバターに載せることにより、死んだ後もバーチャルな世界で生き続ける事が出来るようになったのだ。


 その世界は、人工知能によって個別に自動生成されるのだが、元となる世界設定や登場人物は、かつて「●クヨム」に投稿された全ての作品の中から選択できる。


 作品内で描写された設定が再現された世界。自決後の「魂」は、その世界で物語の主人公と融合し、生き続ける事ができるのである。


 物語の解釈や、キャラクターの詳細などは、全て読者の「魂」に委ねられる。


 例えば、キャラクターの声は、読み手の「脳内ボイス」で再生されるし、小説内で「世界一かわいい」という表現があれば、それは、読み手にとって、世界一かわいいキャラクターとして、その世界で再現されるのだ。


 行間を読むことも含め、オトナの事情で記載されなかった部分も体験できる。

 これは、想像力が豊かな読者にとって、まさに「天国」と言っていいだろう。


 しかし、「暴力表現あり」とか「残酷表現あり」という作品世界に入り込んでしまうと、そこは「地獄」かもしれない。


 死んだ後も、異世界で何度も死ぬような物語は、選ばないほうが無難である。


 ミチノリ(仮名)が選んだ作品は「性描写あり」の学園モノ。

 主人公は高校1年生で、ヒロインは3つ年下の中学1年生だ。




「それでは、希望する世界は『ろりねこ』で、アバターは『ミチノリ』という事で、よろしいですか?」


「はい。よろしくお願いします」

「最期に、ご自分の意思で、このボタンを押してください」


 頭に電極を付けたミチノリ(仮名)は、自らの手で、魂を作品に注入する。


 彼の死に顔は、70歳を超えた老人とは思えないほど、若々しく見えたらしい。










「カクナル」の最終話を最後までご覧くださって、誠にありがとうございます。

 本作品は「ろりねこ」の「異世界転生パッチ」です。


「ろりねこ」のジャンルは「ラブコメ」ですが、「SF」や「現代ドラマ」が好きな年輩の方や知的な方にも見つけてもらえれば――と思い、短編を書いてみました。 


 カクヨムコンにも参加しておりますので、どうぞ宜しくお願い致します。


 こちらから「ろりねこ」の第1話に入れます。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054887654680/episodes/1177354054887654977


 それではまた。ごきげんよう。

 2022年12月1日  カクヨム5年生 さらば蛍

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