魔女と恋愛

@Samrai

最後の一日

「明日世界が終わるんだって。」

「どんな風に?」

「明日、8月31日の12時ジャストにスパンて。機械が初期化されるみたいに。全部全部消える。」

「どうしてそれを知っているの?」

「私のお姉ちゃんが言ってた。魔女の血を引くお姉ちゃんが言うから間違いない。」

「今は何時?」

「8月30日の午前11時55分。もう少しで世界が終わるまで24時間。」

「なんで僕たちは高校の屋上にいるのだろう。夏休みなのに。」

「私が君に会いたかったから。連絡先を知っていたから、連絡した。」

屋上に寝転びながら、彼女はそう淡々と語る。酒井晴音。一風変わった高校2年生。明るくて腰まで伸びた長い髪を持っていて、いつも寂しそうに遠くを見つめている。

「水樹、水樹も寝転んだらいいよ。すごく気持ちいい。」

彼女は体育座りをしている僕にそう言う。

「うん、そうだね。」

僕も寝転んで、体の力を抜く。重力にすべてを預ける。

「私ね、すごく好きな人がいるの。誰よりも大切な人。でもね、駄目なんだ。そんな感情を持ったら。私は魔女の家系に生まれた。魔女は一人で強く生きていかなきゃいけないの。誰かを好きになってしまったら、その人に頼ってしまう。それはすごく弱いことなんだよ。」

彼女は淡々と、感情の読めないと声で話し続ける。

「私のお母さんがね、「あなたは涙もろいし、恋の香りがするからだめだ」って、魔法を譲ってもらえなかったの。確かにお姉ちゃんの涙は見たことないし、恋愛はしない体質だって昔言ってた。だから魔法を使えるんだ。」

晴音のお母さんは一つ前の魔女だった。その家系に生まれ、母親に認められると魔法をゆずってもらえる。もしも兄弟がいれば、認められた片方だけが譲ってもらえて、譲ったら魔法は使えなくなる。だから、この世界には魔女は常に一人だ。

「私、やっぱり自分の目で未来をみたかったな。」

魔女は3日先の未来までみることができる。ただそれは、どんなに辛い、残酷な未来でもそのまま目に映る。だから強くなくてはいけない。

「君はあと24時間、何をするの?」

僕は彼女に聞く。

「何もしないよ。ずーっとここにいる。だって、変わらないもの。」

「何が?」

「……この世界が終わる事実は。あと、私が弱いことは。」

彼女は涙ぐんだ。やっぱり彼女は弱い。これでは魔法を譲ってもらえなくても仕方がない。

「……っ。」

あーあ、涙を流して泣き始めちゃった。

寝転がったまま、顔を横に向ける。夏の終わりなのに、太陽がまだギラギラと光を放っている。その光が反射して、彼女の涙はキラキラ光った。

「きれい。」

ぽつりと呟くと、

「そんなこと言ってくれるの、水樹だけだよっ。」

彼女はよいっと上半身を起こした。彼女は目元を強く拭って、

「もう私が弱いことは変わらない。だから最後は好きな人と過ごす。」

そう宣言した。


「あの…なんで僕と君はここにいるんだい?」

街で一番有名なケーキ屋で、僕と晴音は向かい合って座っている。

「食べ放題、やってみたかったから。」

彼女はショートケーキのてっぺんに乗っているいちごを丁寧におろしながら言う。

「でも君は好きな人と過ごすと言っただろう?早くその人に会いに行ったほうが…。」

「今ここにいるじゃない。」

「ふぇ?」

彼女は僕の目をまっすぐ見つめて食い気味に言った。

「私は水樹が好きなの。だめ?良いでしょう?どうせ全部終わるんだから。」

そんなに畳み掛けられても困る。心の準備ができていない。

「水樹。覚えてる?あの春の日。私が桜の樹の下で泣いていた時、話しかけてくれたこと。」

ああ、覚えている。あれは高一の4月。入学式の日の帰り道だ。


僕たちの高校は川沿いにあった。その川の土手には大きな桜の樹があって、その下は日陰になっていた。

「あの、大丈夫ですか?」

その桜の樹の下に、同じ学校の制服を着た少女が座って泣いていた。

「あの…」

「放っておいて!」

反応がないからもう一度聞くと、ギロッと睨まれた。

立ち尽くしていると、

「何?あんたには関係ないでしょ!」

長い髪の毛を掻き上げると、少し青みがかった瞳がこちらを見る。あまりにきれいで、

「きれい…」

と呟いてしまう。

「…!ちょっと付き合って。」

彼女はそう言うと、僕の手を引いて小さな家に連れて行った。

「私ね、魔女なの。」

可愛らしい部屋でお茶を飲みながら、彼女はサラッと言った。

「正確には魔女の見習い。お母さんが魔女なの。」

「ふぅ〜ん。って、え?!」

あまりにサラッと言うので、びっくりする。

「だから瞳が青かったり髪の色が明るかったりする。魔女の家系に産まれるってそういうことだから。」

「で、なんで泣いていたの?」

少しうつむきながら悲しそうに話す彼女の話を進める。

「ちょっと心無い言葉を言われたから。」 

「今までにそういうことは無かったの?」

「小中学校は行けてなかったから、修行で。」

修行ってなんか魔女に似合わないな、なんて思う。

「魔女は具体的に何ができるんだ?」

僕は一番気になることを聞く。

「えっとね、3日先までの未来がみえる。そして、それを自分で決めた三人に伝えることができる。世界をすべて変えることはできないけど、大切な人の未来は変えられるかもしれない。」

3日先か…。意外と短い。

「あの、友達になってくれない?」

彼女は濡れていない瞳で僕を見て、お辞儀をしてきた。

「いいよ。」

僕はにっこり笑って返事をした。


「あの日から私、水樹のことが好きなの。」

いつの間にか彼女は3つ目のケーキにフォークを刺していた。

「あの日から今日まで、私のことを‘’きれい‘’と言ってくれるのは水樹だけ。家族は弱い私を少し蔑むように接してくるし、クラスメイトもあまり話しかけてこない。あ!これ美味しい。」

彼女はホイップクリームの乗ったチーズケーキを大きな口で頬張る。少しクリームが人中に付く。

「クリーム付いてるよ。」

「どこ?」

「ここ。」

僕は自分の人中を指差す。

「とって。」

彼女は目を瞑って、じっと待つ。かわいい。

「はい、取れたよ。」

人差し指で取ったクリームを手拭きタオルで拭く。

「えー、舐めてくれてもいいじゃん?」

こいつは本気で言っているのか?こんなタイプだとは知らなかった。

「ごめん。頭が回らなかった。」

「別にいいけど。で、返事をして欲しいんだけど。」

「なんの返事?」

僕はもちろん分かっていた。ただ、少し照れくさくてもじもじする彼女を見てみたかった。

「…私が水樹のことを好きだってこと。」

彼女は少し頬を赤らめて言う。うん、かわいい。

「僕がどう思ってても連れ回すでしょう?」

「何よ、嫌なの?別に嫌なら一人になるもん。」

彼女は不貞腐れて頬をふくらませる。

「ごめんごめん、いじわるしてみたかっただけ。」

「じゃあいいね。」

最後に音符が付くぐらいに軽快に嬉しそうに言うと、またケーキを食べ始める。

この後も彼女はご機嫌良く食べ続けた。最後に数を数えたら、僕は4つ、彼女は7つも食べていた。


「あと19時間。」

大型ショッピングモールを出てすぐの道路。なんやかんや買い物に付き合わされ、荷物持ちになってしまった僕は時計を見てぽつりと呟く。

「あの、これ。よければ付けて…くれない?」

彼女はおもむろに自分のバッグから2つキーホルダーを取り出した。藍色に三日月が一つ浮かんでいるような柄。勾玉の形をしている。

「私とお揃いで…いい?」

「うん。いいよ。」

僕が一つ受け取ると、彼女は嬉しそうに頬を赤らめた。僕はそれを持っていたショルダーバッグにつける。

「でもさ、こんなことしたら悲しくならない?」

二人で歩きだしたところで僕は聞く。

「ん?どういうこと?」

「だってさ、あと19時間しかないのに、思い出ばっかり増えていくんだよ。もっと一緒にいたい、と思うたびに一緒にいられる時間は減っていって、そんなの悲しすぎない?だったらせめて…。」 

「それは違う。」

彼女は歩く足を止めて、強く否定する。

「あと19時間だから、こんなことをするんだよ。もう少ないから、後悔しないように精一杯楽しもうとする。もし来世があるなら、神様の遊び心で私たちを引き合わせてくれるかもしれない。そのときに少しでも心当たりがあるように、今を生きる。」

やっぱり彼女は強いのかもしれない。こんなに残酷な場面でも、自分の意見を、意志を貫く。

「うん、そうかもしれないね。」

僕は笑って彼女の目を見た。残念ながら、瞳は少し濡れている。強いかもしれない、なんて思った僕は馬鹿だった。僕には彼女が、自分の本当の気持ちを必死に押し返して知らなかった振りをしようとしているだけに見えた。

「家に帰ろう。」

僕は彼女の手を取る。

「うん。」

きれいな瞳を濡らしたまま、ニッコリした。


‘’おはよう。今日も会いたい。‘’

8月31日午前一時。まだ僕は寝ていたのに酒井晴音からのメールに起こされた。

‘’まだ11時間もある。もう少し寝かせてくれ。‘’

‘’えー。何時まで?‘’

‘’せめて午前6時まで。‘’

‘’どうしてもって言うならいいよ。‘’

‘’じゃあどうしても。‘’

‘’了解。‘’

携帯電話を枕元に置く。

昨日は家に着いてから、夏休みの宿題を片付けた(結局終わらなかったが)。明日、いや今日か、で世界が終わることは一般人は知らない。誰にも言わないようにと晴音から強く言われた。そのため、普通の高校生を親の前では演じないといけない。おかげさまで寝れたのは12時だ。

僕はもう一度目を閉じた。


‘’ねえ、もう6時だよ。‘’

再び起こされた。もちろん晴音のメールで。

‘’じゃあ7時に君の家に行く。‘’

‘’ちょっと遅いけど、まあいいよ。‘’

不貞腐れている彼女が目に浮かぶ。

‘’おっす。今日空いてる?一緒に海行かない?‘’

次はクラスで一番仲がいい智也から連絡が来た。

‘’悪い。宿題が終わらないから死ぬ気でやる。‘’

‘’死ぬなよ。了解。また今度な。‘’

半分嘘で半分ホントの答えをして、誘いを断った。

僕は起き上がって朝の支度を始めた。


「おはよう。」

「おはよう。」

午前7時。予定通り彼女と挨拶を交わす。

「あと5時間だね。」

彼女は寂しそうに言う。

「とりあえず、朝ごはんを食べに行こう。すっごく美味しいやつ。」

「いいね。」

おそらく最後の食事。僕たちはこの街で有名な喫茶店のモーニングを食べに行った。


「ねえ、神様っていると思う?」

僕がずっと食べてみたかったトーストセットが届いてウキウキしていると、真剣な顔で晴音が聞いてきた。

「うーん、まあいるんじゃない?」

トーストについてきたゆで卵に塩を振って食べる。人生で一度やってみたかったことだ。

「じゃあ来世で私たちはもう一度会えるかな。」

「それは神様の気まぐれじゃない?」

「じゃあ可能性はある?」

「少しは。」

適当に答えすぎただろうか。彼女は悲しそうにトーストに齧りつく。

「じゃあなんで世界は終わらないといけないの?」

彼女は泣き叫ぶような声で聞いてくる。

「…分かんない。」

ぶっきらぼうに答える。考えたくもなかった。僕はこの世界がわりと好きだった。もちろん全部を愛せるかと言われたら無理だけど、好きな所のほうが多かった。だから世界が終わって、全部を手放さないといけないなんて悲しすぎる。

「ねえ、私は水樹に出会えて幸せだよ。」

僕だけに届くような声で、まっすぐ瞳を見て、彼女は言った。

「うん。ありがとう。」

二人はちょうどモーニングを食べ終えた。


…あと10分。

「ねえ、あと10分だね。」

「うん。」

「さっき行った観覧車、楽しかったね。」

「意外と揺れるから怖かったけど。」 

僕は高いだけなら平気だが、揺れるのが怖い。

「そっか。」

昨日と同じように学校の屋上で二人で寝転ぶ。

「後悔はない?」

僕は彼女に聞く。

「0と言えば嘘だけど、ほとんどない。結局魔法は使えなかったし、水樹の前で泣いてばっかりいた。でも、楽しいこともたくさんあったから…この24時間。」

涙をぐっとこらえているような表情で淡々と話す。

「水樹は?」

「僕も後悔はないよ。すべてを失わないといけないのは悲しくて仕方がないけど、」

あと5分。

「神様がいたとして、来世も幸せにしてくれるくらいには良い子でいたつもりだから大丈夫。」

少し涙ぐみそうになるのをこらえて、起き上がる。

「ここからの景色、すごくいいよね。」

僕は彼女の手を取って、立ち上がり遠くを見る。

「うん。」

彼女の寂しそうな横顔を見る。長い髪、青い瞳。全部きれいだ。

「晴音。」

「水樹が私の名前を呼ぶのは初めてじゃない?」

彼女は、晴音は少しいたずらっぽく笑いながら言う。

あと20秒。

「晴音、好きだよ。」

晴音の大きく見開く目に涙が浮かんだ。

「ありがとう。」



スパン



「あの2人、来世でも合わせてあげたいですね。」

真っ白な世界で、めぐり逢いの神様は魔女に話しかける。

「実はね、あの女の子、私の妹なの。名前は酒井晴音。すごく弱くて、泣き虫で、恋もしていた。」

魔女は話続ける。

「魔女としては失格よ。でも、羨ましかった。恋をしているあの子は本当に可愛かった。弱いから傷つくと分かっていたのに、なんで私はあの子にだけ、この事実を伝えてしまったのでしょう。」

魔女は唇をぐっと噛む。

「それは、貴方が優しいからですよ。大切な人との時間を少しでも大切にさせてあげたいと思う気持ちが、貴方をそうさせたのです。」

めぐり逢いの神様は優しく魔女の肩を抱く。

「貴方のしたことは間違ってない。残りは僕たちでなんとかしますから。」

「ええ、ありがとう。」

魔女の目に涙が光った。その瞬間、魔女の姿が消えた。

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