第9話 天体観測 【2】


「着いたぞ!さあ、あがってくれ」


佐々木先輩は鍵を使ってドアを開ける。

今日家には両親はいないと言っていたが、どうやら本当だったようで安心する。


「「「おじゃまします」」」


佐々木先輩が置いてくれたスリッパに履き替えて、俺はリビングへと行く。

てっきり天体観測は屋上とかベランダでやるものだと思っていたが、掃き出し窓の近くに望遠鏡が置いてあるので予想は外れたみたいだ。


どんな感じで見えるのか気になって、俺は掃き出し窓に近づいてそこから外の景色を見てみる。庭が広い設計だからなのか意外と夜空の星は綺麗に見えそうだった。


「今日の天体観測はここでやるんですか?」


俺と同じ目的で掃き出し窓の近くに来た佐々木先輩に聞く。


「ここが一番星空がきれいに見えるからな」


そう言って佐々木先輩はキッチンのほうへと行ってしまった。

夜になるまでやることがないので、ジッとだんだん暗くなっていく空を窓越しに眺めていると、隣に一ノ瀬さんがやってきた。


「なにしてるんですか?」


「暇だから空見てただけだよ」


「そうなんですね、私もご一緒していいですか?」


断るつもりなんて最初からないけど、上目遣いでのお願いに俺は少しドキドキしてしまう。


「もちろん、いいよ」


「ありがとうございます」


そこからは他愛もない世間話をした。

どんな講義を取っているとか、一人暮らしの話とかそんな話を。

まだ、少しだけ……いやだいぶ葉月と一ノ瀬さんを重ねてみてしまうけれど、それでも少しずつ葉月のことを考えなくなり、その分もっと一ノ瀬さんのことを知りたいと最近思うようになった。

これが恋なのかと聞かれるとそれはまだ分からないけど……

でも、きっと一ノ瀬さんに惹かれている自分がいるのは確かだった。


***


先輩たちと話したり、途中ゲームをしたりしているとあっという間に時間は過ぎていたようで、もう23時を過ぎていた。本当はもっと遅い時間が天体観測には適しているらしいが泊りではないので今から始めることになった。

一ノ瀬さん、美島先輩、俺の順番でウッドデッキに座る。


「おお~、これは綺麗だ!」


庭に設置した望遠鏡を使って星を見ている佐々木先輩は、興奮気味になっていた。

そのテンションにはついていけないが、たしかに星空は綺麗だった。


「すごいきれい~」


「こんなに綺麗なんだ~」


美島先輩と一ノ瀬さんは双眼鏡を手には持っているが、肉眼で星を見ていた。

俺も星空全体を見たい気分なので、双眼鏡を横に置く。

すると、佐々木先輩が望遠鏡から目を離して俺たちのほうを見てきた。


「見る位置を変えるだけでも見える星は変わってくるんだぞ?」


「たしかに、そうしようかな~?」


そう言われて、美島先輩は立ち上がり少し庭を歩く。

俺もそうしようと思い立ち上がろうとしたとき、不意に一ノ瀬さんが俺の隣に移動してきた。


訳も分からず「えっ?」と声に出すと一ノ瀬さんは少し恥ずかしがりながらも、いたずら顔になった。


「ふふっ、見る位置を変えただけですよ?」


たぶん俺は今とてつもなく顔が赤いと思う。

本当に恥ずかしい。

まさか、一ノ瀬さんにこんな一面があったなんて……

からかっているのが分かっていても、顔が赤くなってしまいそれに気付いた一ノ瀬さんが少し笑う。その笑った時の顔が葉月に似ていて戸惑ってしまった。


「い、いや、そんな少し移動したくらいじゃ何も変わらないだろ?」


今更だけど、平静を装って言う。


「そんなこともないですよ?」


「絶対そんなことあるよ」


早くこの状況から逃げたくなったので俺はそう言った後、立ち上がって違う角度から星を見る。


葉月と一ノ瀬さんは似ている箇所が多いなとは前々から感じていた。

でも、それ以上に笑顔がそっくりだった。


やっぱり、まだ俺は一ノ瀬さんに恋をしてはいないのだなと分かった。

葉月を俺は、忘れられるのかな……


でも、葉月は俺を、忘れてるんだろうなぁ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

元カノにそっくりなお隣さんは、どうやら俺のことが好きらしい。 シノー @steal1flo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ