第44話 さらなる明日へ

「ん……」


 視界に飛び込む朝日の光。

 ぼやけている神経を目覚めさせるべく太陽がハロの身体を浴びさせていく。


「あれ……私なにを……」


 ゆっくりと立ち上がり、そして目の前に広がる状況に彼女は驚愕する。


「えっ? えっ!?」


 無惨に半壊している集会所付近の聖堂。

 強い太陽光が空気中に漂う埃に当たり幻想的で退廃的な光景を作り出している。

 

 自分自身の姿を見るといつもの律儀さとは程遠くスーツが着崩れている。


「ど、どうなってるの……」


 ハロは自身の記憶を遡っていく。


(確か数時間前にマックスさんと話して……その後ステラさんに呼び出されて……あれ、思い出せない)


 ステラに陥れられレッド・アシアンに犯された後の彼女は記憶が曖昧だった。

 精神的に不安定だった為、思考がはっきりしておらず詳細が分からなかった。


(何かは起きていたはず……でも一体何が起きていたの)

 

 靄がかかっている記憶に苦悩する中、ハロは視線を下に向ける。

 するとそこには古びた巾着袋と手紙のような綺麗に折りたたまれた紙が一枚あった。


「これは……?」


 中をおもむろに広げ、彼女は腰を抜かしてまいそうなほどに驚く。

 ズッシリとした重さの大きな巾着袋には目も眩むほどの金貨が収納されていた。


「なっ!? き、金貨!?」


 ざっと数えても千枚はこえている。

 そこらの一般貴族の資産を超えるほどの金額だ。


 何故、このような大金が自分の元にあるのか? その答えは手紙の中に書かれていた。


「マックスさん……?」


 見覚えのある筆跡で書かれた文面。

 手紙の主がマックスだと瞬間的に見抜きハロは綴られたメッセージを読んでいく。


『ハロさんへ。俺は気の利いた文を書けません。だから直接的な言葉でこれまでの真実を紡がせてもらいます』


「真実?」


 文章から伝わる不穏な雰囲気。

 嫌な予感を感じながらも読み進めていく。


『この国は根っから腐り切っていました』


 刺々しく始まった内容は純粋なハロを啞然とさせるには充分な程であった。


 治安維持部隊の壊滅とリビル達『アルコバレーノ』の悪行のこと。

 レッド・アシアンの開発者がステラであり彼女が裏組織などと手を組み、国を一人で支配しようと目論んでいたこと。


 そして彼女が死亡し、レッド・アシアンに犯された冒険者達はしたこと。

 

 マックスと『アバランチ』が辿ってきた破滅的な道筋が赤裸々に記されている。


「そんな……まさか……」 


 信じられない内容に言葉を失うハロ。

 だが手紙の内容に偽りではなく、彼女の脳内に残酷な現実を突きつける。


 それを裏付けるかのように聖堂の外からは慌ただしい声達が彼女の耳に入った。


「おい急いで瓦礫を退けろまだ人がいるかもしれない! 例のテロリスト共の仕業だ!」


「どうなってるの……何で冒険者がいきなり襲いかかったりなんかして」


「『アバランチ』の仕業に間違いねぇだろ! それ以外考えられないッ!」


「治安維持部隊はどうしたんだ!? ギルドマスターは何をしている!?」


「『アバランチ』の襲撃に合い壊滅的状況だとか……ステラさんは消息不明だと」


 パニックを体現したような人々の言葉が飛び交っている。


「本当……なの?」


 冗談だと心から思いたい。

 だが外の喧騒と半壊した聖堂を見てハロは真実だと言うことを直感的に察してしまう。


 これまで真面目に冒険者の為を思って、国の為を思って働いて来た。  

 特に高望みもせず真っ当に生きて少しの幸せがあれば良かった。


 だが幸せに浸ってられる程、能天気にいられない状況だった現状にハロは絶望的な表情に染まっていく。


 高鳴っていく心臓、全身から立つ鳥肌。

 込み上げてくる恐怖と不安に苛まれながらもハロは手紙の続きを読んでいく。


『この国は一度、全てが壊れました。いや……俺達が壊したと言ってもいいです。腐っていても作られていた仮初めの平穏を私怨の為に全て俺は壊した。そんな自分がこの国にいる資格も顔を見せる資格もありません』


 紡がれていく絶望的な旨趣。

 ハロは手紙を握る拳に力が入る。

 だが次の言葉で重苦しい空気は一変した。


『だから……これは身勝手な願いですがハロさんがこの国を再生して欲しいのです。貴方のような純粋な人が』


「私が……?」


『このリエレルを根底から。その金貨は俺がこれまでに稼いだ物です。どうぞ好きに使ってください』


 ハロは改めて直視するのも恐ろしくなる巾着袋の金貨達を見つめる。

 マックスの働きぶりを一番知っていた彼女は自らの財産を全て差し出した彼が本気なのだという事を察した。


 だが同時に「ただの平民である自分には荷が重い」そんな心情が蠢いていく。


 弱気になるハロ。

 しかし手紙はまだ終わっていなかった。

 

『もし不安ならミネルバ家のロレンスさんを訪ねてください。俺の名前を出せばきっと協力してくれます。人手ならスキルス村に向かってください。きっと……いや絶対に俺からの依頼といえば力になってくれます』


 綴られているのはこれまでにマックスが築いてきた関係の頼れる者達。

 四面楚歌になろうとも味方をしてくれるであろう数少ない人達でもあった。


『どうかリエレルという国を再生してください。もうこんな過ちがないような国へ、俺みたいな犠牲者が生まれない国へ』


 その言葉を最後に熱の籠もった手紙は締め括られていた。

 全てを読み終え、ハロはゆっくりと静かに畳み昇りゆく朝日を見つめる。


「身勝手な人……」


 ポツリと呟かれた言葉はどこか寂しげであった。



* * *


「あれで良かったの? 最後が手紙で」


「あぁ、彼女と話していたらきっと覚悟が揺らぐと思うからな」


 リエレルの城門を抜け、人気のない平穏な野原で俺の決断にレイは疑問を問いかける。

 先程まで目も当てられない死闘を繰り広げていたとは思えない穏やかな空気が場を包んでいた。


 俺はあの後……ハロさんが目覚める前に手紙を書き俺が持つ全てを授け、託した。


「ハロさんとかロレンスさんならきっとやってくれる。この国の再生を」


「感動的に言ってるとこ悪いけどつまりは再建という重作業を押し付けたってことね?」


「嫌な言い方するなよ……」 

 

 まぁ悪く言えば別に間違いじゃねぇんだけどもさ……。

 しかしこれ以上俺がいても犯罪者とかで反感を買うだけだろうしな。


 それなら無害で周りからも邪に見られてない人達に任せる方がいいだろう。


「というかお前ら『アバランチ』はこれからどうするんだ?」


「ステラが死亡したことでレッド・アシアンの量産は完全に消滅した。私達の使命は完了ってこと。もうこの国に用はない」


「再建とかに協力はしないのか?」


「私達は慈善団体じゃない。レッド・アシアンが根絶に向かった今、この国が再生するも破滅に向かうも知ったことではない」


 その発言は彼女が正義の味方ではないことを改めて認識させられる。

 笑顔ながらもレイの瞳は人の心がないと思うほどに冷たく感じた。

 

「さてマックス君、私達の敵は消滅した。ここで私達の協力は契約満了よ」


「えっ?」


「いや「えっ?」じゃなくて。君とは利害が要因で協力を始めたの。それが失くなった現状、関係を続ける必要性はある?」


「えぇっ!?」


 冷徹な表情のレイから突然の関係終了発言に俺は驚くしかなかった。

 いや、まぁ彼女が言っていることは正しいんだけども……。

    

 そんなに未練ないような顔でスッパリ関係を断ち切れるもんなの!?

 少し前までかなりいい感じにやってたのに多少の感傷もなく!?


 フレンドリーながらも薄情さを感じさせるレイに俺は唖然とした。

 

「あ〜ごめんね、君はいい顔してるけど別に恋したとかそういうんじゃないからさ、断ち切ることに別に心は傷まないの。そもそも利害の一致っていう薄い関係だし」


 俺の心情を悟ったのかレイは肩をすくめながら嘲笑に似た笑顔を向ける。

 うん別に間違いじゃないよ? でもそんな簡単に切り捨てられると流石に悲しい気持ちになるわ。


「まぁいいじゃない。君はこれから自由になれるのだから」


「自由?」


「私達との関係が終わるのよ? つまり君はこれから自由の身ってこと。これからの未来をどう進むかはどうぞお好きに」


 彼女の言葉に俺はハッとする。

 確かに……『アバランチ』という枷が消えた以上、俺を拘束している物はない。 

 リエレルにはもう居場所はないし良くも悪くも今の俺は完全に自由だ。


「君を縛る物は何もない。まっまた違う国で冒険者やったらいいんじゃない? それじゃグッバ〜イ」


 軽く別れを告げる言葉を発するとレイはその場から立ち去ろうとする。

 そうだ、このまま去ろうとするレイを引き留めなければ俺はまた冒険者になれる。


 遠くの国なら俺を冒険者として受け入れてくれるだろう。

 このまま彼女が消えるのを待っていれば俺はまた理想の異世界ライフを……!


 ……だがそれでいいのか?

 俺はまた、冒険者になっていいのか?

 それが許されるべきか?


「待ってくれ!」


 気付いた時には俺は無意識で引き留めるように彼女の手を掴んだ。

 自分の手は震えており理性は「間違った判断だ」と訴えている。


 だがそれ以上に俺に宿った思いが競り勝ち行動へと即座に移った。


「えっ?」


 俺の奇行を見て、レイは振り向くと少しばかり困惑した顔を浮かべていた。

 

「どうしたの? 何か忘れ物でも?」


「……俺は冒険者にはならない。いやもうなる資格がない」


「そう、なら勝手にすればいいんじゃない?」


 淡々とした口調と共に俺の手を軽く振り解き、再び踵を返そうとした。

 その態度に動じず、俺は彼女に思いをぶち撒ける。


「だから! 俺をお前ら『アバランチ』に入れてくれッ!」

 

「……はっ?」


 レイは呆気に取られた声を上げる。

 それも当然の反応だろう。


「自分が何を言ってるか分かっているの? もしかして血迷った冗談とか?」


「冗談じゃない、本気だ」


「理由は?」


「……ここまで俺は色んな奴を殺した。また冒険者になって英雄気取りする資格は何処にもない。それなら……堕ちた奴らしく生きたいんだ」


 今の俺がかつての異世界ライフを辿ってもきっと心の何処かでモヤモヤすると思う。

 それにまたステラのような奴に運命を振り回されるかもしれない。


 まぁつまり……自由になってもやりたいことがないって訳だ。

 路頭に迷って意味もなく死ぬくらいなら何か大義の為に死んでみたい。


 闇のソウルの件もある。

 仮に自分の真の正体がバレた際、『アバランチ』なら理解を示してくれそうだしな。


「本当に本気なの?」


「当たり前だ、そっちだって俺がいた方が多少の戦力にはなるだろ? 俺を飼い慣らすのは悪い話ではないはずだ」


「ワンコにでもなるつもり?」


「お前らに従うという意味では似たようなもんだ」


 顎に手を当てて思案するような表情をレイは浮かべる。

 すると瞳孔を開きながら俺へとゼロ距離まで詰め寄り高圧的な声で俺を問いただした。


「『アバランチ』は裏切りを最大の禁忌としている。君がしようとしてる事に撤回は許されない。覚悟はある?」


「覚悟の上だ」


「それは本心からの言葉?」


「本心からだ」


「栄光を捨てる強き意志は?」


「栄光なんてとっくに壊れてる」


「普通の道に未練はある?」


「未練なんてない」


「力を捧げる勇気はある?」


「ある」


「君は『アバランチ』に……忠誠を誓う?」


「……誓うさ」


 次々と投げかけられる質問に俺は躊躇うことなく答えていく。

 レイの眼光に押し殺されそうになるも必死に食らいつくと彼女はゆっくり顔を離した。


「君の意志は固いみたいだね。そんなにも『アバランチ』にラブコールする人は久々に見たわ」


「それじゃ……つまり」


「マックス君の加入に異論とかはあるかしら? 君達は?」


「えっ君達?」


 レイの発言に疑問を懐き、俺の後ろを見る彼女の視線へ振り向いた瞬間。


「異論ナァァァァァシィィィィ!!!」


 ドグォァ!


「ぐぶぇ!?」


 いきなり背後から衝撃が走り、俺は勢いよく何かに飛び付かれた。

 背中に絡めるように抱きつかれ、首筋には荒々しい息遣いが伝わっていく。


「誰でしょうかァ!」


 鼓膜を突き破るような聞き慣れた爆音ボイスが耳元に響き渡り、咄嗟に背後を見る。

 このイカれたテンション……尻目から見える奇抜なファッション……まさか!


「おまっトラウマか!?」


「ピンポーン! いいねぇマックちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」


 グギギギギ……。

 小柄で華奢な女体からは想像出来ないパワーで首が絞められていく。

 

「アッハハハッ! レイ、ボクは大賛成だよ。マックちゃん面白いし、同世代だしィィィィィィィィィィ!!」


「ちょ絞めるな首が折れる折れる!?」


 やっとのことで俺はトラウマから開放され咳き込みながら息を整える。

 こいつやっぱイかれてる……顔は可愛いのに内面が最悪だァ!


「コラコラあまり手荒にしては駄目よ? それで貴方達は? ゴッドハンド、フェイス」


 喉を抑えながら背後を振り向くとトラウマの後ろにはゴッドハンドとフェイスがいた。

 トラウマの暴走に呆れた目を向けながらレイの質問に淡々と答えていく。


「別に異論はない。筋は悪くないし『アバランチ』にいるとするなら強い味方になってくれるだろう」


「私も同感です。彼の機転や魔力の強さは注目するに値する物。M少年の『アバランチ』への加入は効率的に考え最適解かと」

 

 トラウマ、ゴッドハンド、フェイス、全員からの賛同意見を聞くとレイは納得したような表情を浮かべた。


「賛成多数……か」


 レイは俺の目の前に立つと右手を差し出す。握手を求める行動だとすぐに分かった。


「ようこそ『アバランチ』へ。私達は君を歓迎するよ、厨二病の冒険者?」


 俺は彼女に向かって微笑みかけると力強く握り返した。


「あぁ、よろしく頼む」 

 

 まさか厨二病から始まった異世界ライフがこうなるなんて思わなかった。

 これから俺が歩む道は決して平坦な道ではないだろう。だが後悔はない。

 

「それじゃおいで? 君の居場所は今日から私達となる」


 レイの手招きに俺は迷わずについていく。

 きっと、こんな道だが案外悪くない人生を歩めるだろう。


 これは、厨二病を患ってしまったどうしようもない俺の異世界冒険譚。

 陰謀に巻き込まれながらも前を向くイカれた物語である。

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厨二転生 スカイ @SUKAI1234

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