第43話 決着

 互いの信念が混じり、雌雄を決しようとぶつかり合う。

 ステラの剣技は衰えておらず、相変わらずの洗練された剣術で攻めてくる。


「アルバロス・スラッシュ・ダブルエッジラインッ!!」


 剣身に纏った氷が二つの刃へ分割し、それぞれ上下左右からの連撃を繰り出してくる。

 だが精度は非常に荒く無造作に放たれた攻撃など直ぐに見切ることは容易だった。


 身体を横に反らし、紙一重で避けるとそのまま回転しながら拳を放つ。


「シャドウ・フィスト」


 闇魔法で作り出した漆黒の魔力を宿した一撃は『剣聖』を狙い定め、殴り飛ばす。

  

「ぐっ!?」


 脇腹へと命中し、ステラは苦悶の表情を浮かべながら後退する。

 しかしそれでもすぐに体勢を立て直すと今度は剣を地面に突き刺し、その反動を利用して勢いよくこちらへと接近してきた。


「貴様など……もはや敵ですらない」


 バックステップで軽く距離を取りながら、身体を回転させ魔法陣を出現させる。

 彼女の剣撃をしゃがみ込みながら避けゼロ距離から詠唱を唱えていく。


「ダーク・ドライヴ・リトル・コンボ」


 威力を犠牲にする代わりに連撃に特化した闇の光線が彼女に奇襲を仕掛ける。


「がふっ!?」


 ラッシュのように小型化したダーク・ドライヴはステラに次々と命中していき、女神の石像へまで押し飛ばした。


 派手に粉埃が上がり、優雅に佇んでいた石像は木っ端微塵に崩壊していく。

 瓦礫の中からは息を切らし理性が蝕まれていくステラがこちらに殺意を向けた。


「何故だ……私はこの国の王になる存在だぞ……君のような背伸びした幼稚なガキに敗れる未来などあってはならないんだッ!!」


「幼稚? 無害なる者達を巻き込み各々の尊厳を踏みにじる貴様のような愚者に王になる資格などない。他の想いを理解出来ない貴様の方が幼稚極まりない子供だッ!」


「黙れ……私は……ステラは……より高みを目指せる人間なんだァァァ!!」


 激情的なセリフを放ち、ステラはこれまでとは違う青白い魔法陣を剣に出現させる。

 剣には氷が纏われ、やがては巨大な龍の頭部を模した形状へと変化した。


 身の毛がよだつ程のプレッシャー。 


 全身のあらゆる細胞が武者震いをし「乗り越えてみせろ」と鼓舞している。

 冒険者というぬるま湯に浸かっていた時の自分ならあっさりと屈服していただろう。


「アルバロス・スラッシュ……ラグナレク」


 本能的に理解できる、ステラは自身が持つ最大級の技で俺を殺そうとしている。

 終末の意味が込められた「ラグナレク」という言葉を添えた詠唱と共にステラの剣は神々しく光り輝く。

 

「私だけで地獄には落ちない、君もここで終わりだァァァ!!!」


 咆哮を木霊させ剣を振り下げると氷龍の頭部が俺を食らおうと接近を始めた。

 世界を終わらせるかの如く絶対零度の冷気を発しながら迫りくる最大の脅威。


「貴様に相応しい終焉を与えてやろう」


 彼女を迎え撃つべく俺は左手を前に突き出し、右手を引いた。

 腰を深く落とし、厨二病ポーズを取る。


「我がソウルの力を解き放ち、確実なる終末を創造しろ」


 刹那、黒炎が手中から噴き出し黒龍のようなモノが俺の辺りを浮遊し始める。

 

 数多くある闇魔法の中でもこの超級クラスの魔法だけは使用を避けていた。

 反動が大きく、失敗すればもはや戦える余力すら残らない。


 一撃に賭ける一か八かの大技。

 今こそ使うべきだ、この場面で使わずして……何処で使うッ!


「ダークネス・オーバーロード・デストラクション!!」


 手を勢いよく広げ叫ぶと、黒龍は俺の手を離れ巨大に肥大化した。

 漆黒の巨躯を纏い、全てを焼き尽くすような熱を秘めた黒龍は猛進する氷龍へと喰らいついた。


「私が……王になるんだァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」


「我の全身全霊の名にかけて……歪なる大義を打ち破れッ!!」


 激情の言葉が混じり合う。

 互いに死んでも譲れない信念がぶつかり合い、やがて決着がつく。


「なっ……!」


 ステラが生み出した氷龍には徐々に亀裂が入り始め綻びが生じていく。

 黒き焔に包まれた黒龍は、彼女が生み出した氷龍を飲み込み跡形もなく消し去る。


「終わりだステラァァァ!!!」


 勢いは止まることなく、ステラを目掛けて黒龍は食らいつく……!

 瞬間、聖堂を破壊するほどの凄まじい衝撃波が場を包み、粉塵が盛大に舞い上がった。

 

「ッ! 不味いッ!」


 予想外の衝撃に俺は咄嗟に厨二病を解除しその場で眠るハロさんを身を挺して守る。

 台風のように風が吹き荒れたが数秒もすると徐々に落ち着いていく。


「いっつ……!」


 彼女を守れたことに安堵するのも束の間、反動からなる激痛が襲う。

 筋肉痛の十倍はある辛さに耐えながら俺はゆっくりと身体を持ち上げた。

 

 辺りは粉塵によって視界は遮られ、状況を確認することもままならない。

 だがやがては消え去り、目の前に広がる状況が明らかとなっていく。


「ッ!」


 半壊した聖堂には……胸元を貫かれ鮮血を流しているステラが倒れていた。

 

「がふッ……かはッ……!」


 口元からは赤黒い血を吹き出し、虫のような息となっている。

 素人目でも分かるほどの出血多量、このまま放置しても勝手に死んでくれるだろう。


 俺はキツい身体を動かしステラを見下ろす形で目の前へと立った。


「凶行もここまでだ……ステラ」


 彼女は俺を見上げるように見つめる。

 その瞳にはまだ生気が宿っており、何故だが不敵に笑っていた。


「ハッ……ハハッ……君は何処まで……何処まで愚かなのか」


 掠れながらも邪気を感じさせる声。

 死にかけだというのに垣間見える禍々しさに俺は眉を顰める。

 

「いつの時代も……国にはカリスマが必要なんだ……私を失えば……いずれこの……国は……失墜する」


「余計なカリスマだ。お前みたいな奴が王にならなくても人間は上手くやっていける。自惚れんじゃねぇよカスが」


「ハッ……私の方が正しいことは……遠くない未来で証明されるさ……ハハハッ……!」


「地獄で勝手にやってろ」


 彼女の発言を軽く一蹴する。


 改心する余地を微塵も感じさせないステラは最後まで自らの非を認めない。

 ここまで外道を極めていると寧ろ清々しさを感じてしまう。


「なぁ……最後に教えてくれ……君は何なんだ……? レッド・アシアンにも勝る恐ろしい魔力……君は何者だ?」


「俺はお前に人生を滅茶苦茶にされた、ただの厨二病の冒険者だ。よく覚えとけ」


「厨二病……か」


 その言葉を最後にステラから生気が消えていき、二度と口を開くことはなかった。

 最期に浮かべた笑みは悪魔の形相にも似たような悍ましい。


「はぁ……ダリィ」


 終わった。

 初めてこの世界に来た時、まさかこうなるなんて思いもしなかった。


 だってそうだろ、こんな陰謀に巻き込まれて最悪な目に合うと予想できるか?

 当初は闇の魔法使って呑気な異世界ライフを送るつもりだったんだぞ?


 まぁでも……女神のスキリアも幸せになれるとは限らないと言っていたし、別に予想できなかった未来でもないか。


 丁度、朝日が昇り始め退廃的な雰囲気漂う聖堂に幻想的な光が射し込む。

 傷ついた身体を動かし白く光る太陽を見つめていたその時だった。


「全く、派手にやるね君も」


「ッ!」


 聞き覚えのある妖艶で美麗な声が耳朶に触れる。

 振り返ると壁に寄りかかりながら獣耳を揺らし和服を着こなすレイの姿があった。


「レイ! あっ……」


 咄嗟に駆け寄ろうとするが身体が脱力していき膝から崩れ落ち始める。

 地面に突っ伏そうかと思った寸前、レイが優しく俺の身体を抱き止めた。


「あ〜あ、こんな身体を痛めつけて。君も結構無謀なことするわね。でもよくやったわ」


「そいつは……どうも」


 付近で遺体となって眠るステラを視認するとレイは察したように笑顔を振る舞った。

 これまでの流れやステラの目的を告げるとレイは呆れた表情を見せる。


「自己顕示欲の為にここまでするとはね……なんともしょうもない壮大な話ね。こんな奴を私達は相手していたの」


「そっちはどうなんだ? 冒険者達は?」


「ついさっき、全員討伐を終えたわ。一般市民にも大きな被害は出ていない」


「なら……良かった」


 命の殺り取りをしていた緊迫感から開放され安心感が一気に吹き荒れる。

 流石に休みたい……心身共に疲れた。

 

「お疲れ様」


 テロリストとは思えない笑顔でレイは俺の肩に手を掛け立ち上がらせる。

 

「さて、それじゃ私達も戻って」


「ッ! いやちょっと待ってくれ!」


「ん? どうかしたの?」


「少しだけ……時間をくれ。ハロさんに伝えておかなきゃならないことがある」


 その場で気絶したように静かに眠るハロさんを見つめる。

 多分、俺はもうこの国にも、そして彼女の前にも現れることはない。


 だからこそ……最後に彼女自身に伝えるべきことがあるんだ。


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