第42話 青白い希望

 火花を散らしながら何度も衝突を繰り返し、激しい攻防が繰り広げられていく。

 俺は刃を滑らせ、彼女の剣を弾き飛ばしながら間髪入れずに懐へ潜り込み袈裟斬りを放つ。


 だがステラは瞬時に反応し、身を翻すと横薙ぎで反撃してきた。


 チッ……やはり隙がないな。

 互いに一度距離を取り仕切り直しとなる。


 ステラの剣術はやはり凄まじい。

 身体能力の高さも然る事ながら剣技の一つ一つに洗練されたものを感じる。

 彼女に剣の技術で勝負するのは無謀か、ならば……違うやり方で奴を倒す。


「我が深淵なる闇の力に抱かれ眠るがいい、ダーク・ドライヴ・メゾルディッダ」


 厨二病混じりの詠唱で魔法陣を生成すると闇の光線が一気に発射される。

 ドリルのように尖った無数の光線は彼女を射抜こうと全方位から猛撃を繰り出す。


「アルバロス・スラッシュ・エッジライン」


 少しでも触れれば傷ついてしまいそうなほどの鋭利な氷が剣に付与していく。

 延伸した両刃の剣身を操りステラは光線を次々と撃ち落とす。


 相殺する度に爆発のような黒い煙広がり、辺りの視界が不明瞭になり始めた。

 その隙を逃さない、煙幕の中を駆けていき目視で彼女の背後へと回り込む。


「ハァッ!」


 体を拗らせ標的に目掛けて槍を投擲すると、黒い閃光は一直線に進んでいく。  

 視界が悪くどうなったかは分からないがザシュという何かを切り裂く音が響いた。


 俺はその場を即座に離れ、視界が良好な部分へと移動する。

 やがては煙が晴れていくと、左肩から鮮血を流したステラが立っていた。


「……煙幕による奇襲、か」


 冷静に呟き負傷した肩を抑えている。

 即座にステラは赤黒い血液が吹き出る肩を氷で囲いアイシングのように治療していく。

 

 頬についた紅血を舐めると少々不機嫌な顔でこちらへと瞳を向けた。


「やはり君は脅威だ。一体何が原動力だと言うんだ? 何故レッド・アシアンに食らいつくことが出来る」


「貴様のような愚者に答える時間を割く必要性は……ない」


 ステラの疑問を厨二病で軽く一蹴する。

 繰り出された質問は至極当然に抱くべき問いかけなんだろう。


 まさか相手が女神によってソウルという根源の力を所持しているとは誰も思うまい。

 彼女からすればバフを掛けても尚、魔力で食らいついてくる生意気なクソガキと見ているはずだ。


「怖気でもしたか? 相手を知りたがるのは自らの強さが揺れ動いている理由。我の力に貴様は心中から屈服しているという訳だ」


「君に? まさか」


 こちらの煽りを真に受けず、ステラは肩をすくめる。

 同時に剣を向け再び俺へと迅速なる動きで攻撃を切り込み始めた。

 

 剣技で彼女に勝てないからこそ、多彩な闇魔法を駆使して挑んでいく。

 変わらない攻防戦、ソウルの力を持ってしてもステラは一切引けを取らない。


 双方共に致命打となる攻撃を与えることが出来ず長期的な争いと化していく。

 地獄の体力勝負になるかと思われたが……少しだけある状況が変化した。


「アルバロス・スラッシュ!」


 変わらず繰り出される氷魔法によるステラの斬撃技。

 だが何処か……が徐々に浮かび上がり始めていた。


 一切無駄のなかった攻撃パターンも少しばかり大雑把になり見切るのが容易くなっていく。


 まるで何か焦っているような、早期に決着をつけようとしている素振りを見せていた。

 彼女の詠唱の声も不思議と荒々しくなっている気がする。


 体力の問題か? いや持久戦なら経験の多い彼女の方が圧倒的に有利だ。

 寧ろ短期接戦ではなく、長期の戦いで俺の体力を奪うのは得策になるだろう。 


 ならば……何故なんだ? ステラの異変に疑問を懐きながらも俺は攻防を続ける。

 膠着状態が続く中、事が動いたのはステラにゼロ距離へと迫った時だった。


「ミョルニル・シャドウッ!」


 剣による猛攻を行う最中、漆黒の波動を奇襲するように放つ。

 波動は無数のハンマーへと姿を変え彼女を撲殺しようと襲いかかる。


 だが案の定とてつもない彼女の身体能力で奇襲も虚しく回避されてしまう。

 しかし、その時に一瞬だけ彼女の懐が視界に入った。


 そこにはが漂っている注射器のようなものがあった。


「あれは……?」


「アルバロス・スラッシュ・ライジング!」


「ッ! チッ!」


 気を取られていた隙にステラの剣から放たれた氷の斬撃をモロに食らってしまう。

 何とか身体を回転させ、距離を取りつつ体勢を立て直す。


「君はしぶといな……いい加減、不愉快になってきたよ。ガキがさ」


 目の焦点が若干ズレており、穏やかだった口調も荒くなっている。

 明らかに様子がおかしい、冷静さを失い始めているような……。


「ッ!」


 まさかレッド・アシアンの中毒症状が出始めている? 

 理性を保てる時間に限界が来ているのか?  

 しかしそう考えるなら合点がいく。


 ということは……一瞬だけ見えたあの青白い液体の注射器というのは……!


「流石に限界か……やはりまだ理性の継続時間はあまり長くないか」

   

 大きくため息を吐きながらステラは懐から例の注射器を取り出す。

 肩を露出させ、鋭利な針を突き刺そうと構え始めた。


「ダークネス・バインド!」


 頭よりも身体が先に動く。 


 針が彼女の肌を突き刺す直前、闇魔法で縄を生み出すと注射器へと絡める。

 勢いよく縄を引き、強引に彼女の手から引き剥がし奪い取った。


「何ッ!?」


 その瞬間、ステラは初めてを見せた。

 やはり……薄々感じてはいたがそういうことか。


 心の底から笑みを浮かべ彼女が所持していた注射器を片手に俺は目線を向けながら厨二病を解除していく。


「その表情、随分と焦燥に満たされた顔をしているな。これは解毒薬だな? レッド・アシアンの効果を解除する為の」


「ッ……!」


「何処か荒々しくなっていると思ったらそういう事か。お前はレッド・アシアンで俺を殺そうとしたが次第に自我が保てなくなり咄嗟に解毒薬の注射器を打とうとした」


 ステラは答えないがそれが肯定を意味するのは明らかだった。

 どうりで戦いの最中、焦っていた訳だ。


「まだ調整が完成した訳じゃなかったみたいだな。こんな保険を作っている時点で」


「返したまえ……それは私のッ!!」


 冷静ながらも激情的な声を震えさせるステラは注射器に目掛けて襲いかかる。

 この反応、やはり解毒薬に間違いない。


 ならコレを使わせず彼女の理性を破壊して暴走させるのが一番有効な手段。

 と、するなら……ステラが迫りくる中、脳裏に一つの閃きを思い浮かべる。


 俺は注射器を握りしめ、ステラの斬撃を避けつつ横方へと飛び退いた。

 同時にハロさんを閉じ込めていたダークネス・プリズンを解除する。


「ア"ァァァァァァァァァ!!」


 枷が外れたことで再び俺へと襲いかかるハロさんの背後へと迅速に移動。

 首に手を回し拘束すると勢いよく解毒薬の注射器を左腕へと突き刺す……!

 

「ッ! 止めろマックスッ!!」


 刹那、ステラの怒号が響き渡る。 

 だが既に腕には注射針が打ち込まれ青白い液体が体内へと挿入されている。 


 するとハロさんの頬に浮かんでいた赤い花の紋様が消えていき、やがて意識を失ったのか脱力したように項垂れた。


「ハロさん……」


 穏やかに眠る顔を見て安堵感が心を絡め取っていく。

 ゆっくり彼女を地面へ下ろすと使い切った解毒薬の注射器を投げ捨てた。

 

「マックス……君は……!」


 保険を勝手に使われたことにステラは憤怒に満ち溢れた表情を見せる。

 これで奴がレッド・アシアンから逃れる術を失わせた。


「解毒薬は使った。新しい物でも作りにいくか? もうそんな猶予も残されているようには見えないが」


 ステラの目は焦点が狂い始め、息も荒くなり始めている。

 もはや呑気に解毒薬を作るような時間も残されてないように見えた。


「何処まで君は……私の目障りになるんだ……!」

 

「滑稽だな、支配しようとした代物で自らが壊れてしまうなんて。開発レシピを独占していたツケが回ってきたな。お前を元に戻せる人間はここには誰もいない」


 皮肉を込めた言葉をぶつけるとステラの顔がみるみると紅潮していく。

 怒りに満ちた眼差しを向けると彼女は剣を構え直し、俺に向かって走り出した。


「マックスッ!!!」


 その表情にかつての冷徹かつ威厳のあった姿は何処にもない。

 もはやこんな奴は敵でもない。そろそろ彼女の聖戦を終わらせよう。


 深呼吸を行い、トドメを刺すべく俺は魔法陣を出現させ厨二病を発動する。


「自らが生み出した禁忌に呑み込まれ自我を破壊した哀れなる人間。貴様には慈悲を与えることはない」


 今では爽快さも感じる厨二病セリフを吐きながら俺はステラへと構えを取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る