第41話 止まらぬ凶行

「クソッタレ……が!」


 レッド・アシアンによる魔力強化。

 ギルドマスターとして『剣聖』としての豊富な熟練の経験。


 彼女の歪んだ思想は度し難いものだが冒険者としての実力は確かなものであった。

 不味いな……魔力の有利を均衡にされた以上、彼女よりも抜き出ているものがない。


 互角の戦いには出来ているものの、このまま持久戦になれば確実に敗れる。

 

「君達がどれだけ冒険者を殺そうとこの国に人間がいる限り私は再建できる。ここは無垢な兵士達の巣窟だよ」


「一般の奴らも……レッド・アシアンで支配するつもりか?」


「事が大きくなったからね、やらざるを得ないだろう。まぁいいじゃないか、新聞一枚で考えを変えてしまう馬鹿な子達に自主性を持たせる必要はないだろう?」


「フザけんなよ……確かにむかっ腹は立った。だがお前の理不尽に巻き込まれる必要性は微塵もない」


 別に民衆に思い入れがある訳じゃない。

 ステラの言う通り馬鹿だとも思う、だからと言って見捨てるのも後味が悪い。

 

「それにな、少しだけでも俺を信頼してくれていた人がいたんだ。そんな人達を巻き込むことは……絶対に許さねぇよッ!」


 やはりこいつを生かしてはおけない。

 口から溢れる血を拭き取ると闇の魔法陣を出現させ臨戦態勢を取り始める。


「ふむ、大切な人か、あぁもしかして君と仲良しなハロ君かな?」


「ッ……だから何だ?」


「レトニック・ハロ、ギルドの一員であり受付のポジションを担っている。真面目で勤勉な性格だが少しお人好しが過ぎるかな」


 顎に手を起きながらステラは思い出すように言葉を発していく。

 確かにハロさんとは交流も深い。俺が転生する前からも関わりがあったらしい。


「正義感が強いというか。君がリビル君などの『アルコバレーノ』に虐められていた時、君を助けたのは彼女ただ一人だからね」


「何だと……?」


「まさか忘れたのかい? 薄情だな〜誰もが見て見ぬふりをする中、彼女だけは真っ向から苦言を呈していたんだよ。君を良心から庇おうとしてね」


 これまで不明瞭だった過去が明かされ、俺は驚き、そして納得する。

 確かにハロさんは優しく、リビルに殴られた時も真っ先に助けに来ようとしてくれた。


 だがまさか俺が憑依する前からマックスをリビルから助けてくれていたとは……。

 何度か食事を共にしたが気を遣ってか彼女は俺の過去を話すことはなかった。


 やっぱりあの人は……最高のお好よしだ。

 彼女の優しさに少しだけ心が安らぐ。


 だが何故、そんな話を俺にしたんだ?


「本当に優しい人なんだなハロさんは……しかし何故彼女と俺の話を始めたんだ?」


「感動的な話をした方がからかな」  


「はっ?」


 意味不明な言葉を発しながらステラは高らかに指を鳴らす。

 刹那、背後からは足音が聞こえ、振り返るとそこには見覚えのある人物が立っていた。


「ハロ……さん?」


 無表情のまま彼女は立ち尽くす。

 その瞳は虚ろで、何かに取り憑かれたような印象を受ける。

 常に真面目に着こなしていたスーツは乱れ頬には赤い花の紋様が浮き出ていた。

  

 その特徴を視認した瞬間、全神経に強烈な悪寒が走り、脳内が絶句していく。


「ッ!? そんな……まさかッ!」


「余興としてはいいサプライズだろう?」


「……お前、ハロさんにレッド・アシアンを服用させたのか?」


「とても簡単な作業だ。彼女は人がいいから薬を飲ませることは実に容易だった」


「貴様ァァァァァァァァァ!!!」


 目の前で見せられる鬼畜の所業。

 怒りが込み上げ、激情が理性を潰す。


 レイに地図を見せられた時、聖堂には二つの生体反応があった。

 ステラに気を取られもう一つの反応を忘れていたが、その正体はどうしようもないほどに最悪なモノだった。


「ふざけるなよ……ハロさんまでもレッド・アシアンで犯しやがったのかッ!!」


「使える駒を使っただけだ。あぁ最初に言っておくがハロ君への解毒薬はないよ」


「このクソ女が……!」


「何とでも? しかしいいのかい? 私と呑気に話していて」


 彼女が手を上げた瞬間、背後から切り裂くような奇声が響き渡る。

 再び振り返ると本能に満たされた顔つきでハロさんが眼前へと襲いかかっていた。


「ッ!」


「ア"ァァァァァァァァァ!!!」


 勢いよく俺を押し倒しながら飛び乗り、焦点の合わない目で唾液を垂らしている。

 目の前にいる存在が俺と認知せず、彼女は壊れたように俺を


「ぐっ!? 待てハロさんッ!」


「ウ"ァァァァァァァァァァァァ!!!」


 手の甲が顔面を抉り、次々と迷いのない殴打が繰り出されていく。

 まるで獣のように荒々しい動き。


 鼻血が吹き出し痛みに耐えながらも俺は必死に声をかけるが聞く耳を持たない。

 何とか拳を受け止めるも常人とは思えない凄まじいパワーに押されていく。


「友人同士の愛憎劇、傍観するにはとても面白い光景だ」


「ステラ貴様……!」


「そんな殺意の目を向けるな。これは私からの慈悲だよ。君だって殺されるなら親しい者の手がいいだろう?」


 頬杖をついて見物するステラ。

 今にもぶっ飛ばしたくて仕方ないがそれどころじゃない。

 

「フゥァ……フゥァァ……!」


 完全に正気を失っている。

 ハロさんが魔法が使えないからか攻撃は我武者羅に放たれる殴打。


 攻撃魔法を使えばどうにかなるが……それでは誤って殺してしまうかもしれない。

 止まらぬ猛攻に耐えながらも思案を続けていると彼女は突然、俺の首へ掴みかかった。


「ぐっ……!?」


 彼女の細長い手によってギリギリと雑巾のように絞められていく。

 意識が薄れ始め、口内からは唾液が溢れ始める。

 

 息ができない。苦しい。痛い。

 徐々に視界が狭まり、思考が鈍っていく。

 不味い、頭が回らなければこのまま絞殺されてあの世行き。


「クソッ……!」


 残された力でハロさんの手を徐々に離していき、彼女の身体へと体当たりをすることで距離を取る。


 バランスを崩したハロさんは地面へと崩れ落ちた。


「闇……よ、無垢なる者に加護を与えよ……ダークネス・プリズン!」


 即座に厨二病による上級魔法の詠唱を終えると黒い檻が獰猛と化したハロさんを囲い閉じ込める。

 

「ア"ァァァァァァ!!」


 闇で作られた鉄格子をガシャガシャと激しく揺らしハロさんは奇声を発する。

 長くは持たないが……とりあえずはこれで彼女の動きを傷つけずに封じられるか。


 殴打され続け吹き出た血液を拭い、深呼吸で息を整える。


「あ〜あ、もう終わりか。このまま親しき人に殺されれば君も幸せだったのに」


 つまらなそうな顔を浮かべ、ステラは首を鳴らしながら不満げな声を出した。

 

「ステラ……何処まで外道に突き進めば気が済むんだッ!」


「その外道と称する行動も全ては自分自身が原因さ。君が大人しく冒険者をして私の目障りにさえならなければ良かったんだよ」


「次の世代が生まれれば、一線を退いて導くことが大人のすべきことじゃないのか?」


「儚いねそれは。どれだけ栄華を極めようと数年もすれば新世代が生まれる。私の人生はそんな刹那的に終わらせはしない。出る杭は打たれてしまえばいい」


「クソみたいなエゴが……自分の為に若い芽を全て潰すなんて」


「それは君もだろう? 君だって復讐というエゴでこれまでに大勢の敵を殺した。私は私だ。エゴに生きて何の問題が存在する?」   


「……そうだ、俺だってエゴだよ。なら俺のエゴでお前を殺すッ!」


 もはやこれ以上はどれだけ会話しても交わることはなく平行線のまま。

 心の底から分かり合えることはない。


 大勢の無害な人間を手に掛け、ハロさんにまでも魔の手を伸ばした。

 こいつだけは……絶対に許さないッ!!


「させてたまるかよ、お前を王様には」


 闇の魔法陣を両手に出現させ、厨二病を発動していく。

 

「いいや、私が王様を勝ち取る未来はもう決まっている。そして君は……大罪人としてここで正義の鉄槌を下されることもね」


 剣を握り直すとレッド・アシアン特有の頬に出来た紋様を優しく擦る。

 一呼吸を終えると彼女は冷徹と蔑みが混ざった笑顔を振る舞った。


「終わりにしよう、ここが千秋楽だ」


「頂点に魅入られし混沌なる者よ、汝に仇なす邪悪を断つ力を我に与えたまえ……シャドウ・ブレード、アビス・エッジ!」


 再び漆黒の剣と新たに闇魔法の槍を同時に顕現させる。

 対するステラも剣に氷を纏わし始め『剣聖』としての構えを見せる。


 双方が睨み合い、全てがスローモーションに感じるような感覚が思考を襲う。

 ほぼ同時に俺達は動き出し、殺意が混じり合う剣同士の金属音が高らかに鳴り響いた。

 

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