第40話 零度の魔物

「まぁ待て、お互いにガードを下げて少し話をしようじゃないか。このまま戦うのはつまらないだろう?」


 激昂した俺をあやすようにステラは享楽的な口調で窘めていく。

 彼女が何を仕掛けてくるか分からない、魔法陣を両手に発生させいつでも厨二病が発動出来る体勢を取る。


 警戒しながらも彼女の真意を聞くべく俺は口を開いた。


「お前の目的は何なんだ。色んな奴らの人生を滅茶苦茶にして何がしたいッ!」


「あ〜やっぱそこが気になるよね? うんうん凄く解るよその気持ち」


「惚けんじゃねぇッ! フザけた態度で舐めながって」


「ちょっと〜そんなにカッカしないで静かにしてよ、私はもっと優雅にお話を」


「うるせぇ! さっさと理由を話せと」


「だからさ……


 突如、悍ましさが空間を埋め尽くす。

 先程までの和やかな空気感は一変し、肌を刺すように鋭い緊張感が張り詰めていく。


「っ……!?」


「クソガキじゃないんだからさ、一回で分かってくれよ」


 彼女の目付きは一瞬にして変わり、鋭く俺を睨み付けてきた。

 思わず激情的な怒りが沈下されていき、言葉を詰まらせてしまう。


「うんうんそう最初から静かにしてくれると助かるよ」


 再び笑顔へと戻るとステラは女神の石像を見上げながらハスキーな美声を発していく。


「相手よりも自分が優位に立ちたいという欲は人間にとって当然の心情と思うんだ」


「何……?」


「例えば冒険者のランク、あれなんて自己顕示欲の産物じゃないか。他にも年収、地位、容姿、経歴、この世界には比較するものがたくさんあり、人間は皆、高みを目指したがり、同時に今の立場を落としたくないと考えている」


「一体何の話だ? 壮大な哲学でも解いているのか?」


「まぁつまり、私がこれまで行ったことは人間として当たり前だということだ」


「はっ……?」


 さっきから何を言っているんだこいつは。


 それっぽいをことを解いているつもりなのか知らないが安いポエムにしか聞こえない。

 彼女のふざけた態度に萎縮していた怒りが再び段々と湧き出していく。

 

 だが次の瞬間、この事件を引き起こした真意が前触れもなく明かされる。


「私は王様になりたいんだ」


「王様だと……?」


「ギルドの中だけじゃない。このリエレル全ての王様に。いい理念だろう?」


 まるで子供が考えるような夢物語の内容をステラは真面目な顔で話していく。

 その瞳は社会の汚れをまだ知らないような純粋なものだった。


「五年前にギルドマスターへとなった時、有象無象の冒険者を操るのはとても楽しくてね。全員が私にひれ伏している。最高の光景なことは君も想像できるはずだ」


 彼女は剣を抜き取り、空に掲げると刃先に手を置き陶酔するように語り続ける。


「だが栄枯盛衰という言葉があるように誰にも限界は訪れる。私の地位もいつまで保てるか分からない。そんな時だよ、三年前に霊峰へと向かったのは」


「まさか……それでレッド・アシアンを?」


「最初は本当に調査のつもりだったさ。だが偶然バビロンの葉を見つけてね。面白半分で弄ってみたらどうだ? 人間を可笑しくするオクスリが完成した。魔力の代わりに思考を停止させ中毒に陥らせる代物がね」


 その言葉を聞いた途端、今までに感じたことのない程の寒気が背筋を走る。

 天使のような容姿とは裏腹に聖堂にはまるで相応しくないほどの禍々しさが漂う。


「最高だよ。裏組織達はレッド・アシアン欲しさに私に縋り、治安維持部隊は大金を使って支配下に置いた。もはやギルドマスターの枠を超えた地位を私は手に入れた。だからこそ目障りだったんだよ、急速に影響力を高めていく君と『アバランチ』はさ」


「……自らの地位を守るためだけに俺を嵌めてこんな大掛かりなことをしたのか?」


「何処に問題があるかな? 自分を守るというのは当然の行動理念だろう? そもそも君達が私を追い詰めなければこんなことをする予定はなかった。つまり君と『アバランチ』が原因だと言うことだ」


 悪びれる様子なく、ステラは自らの心中を自慢するように明かしていった。

 

 同時に俺の質問に心底不思議そうな表情でステラは首を傾げていく。

 何が間違っているのか本気で理解していないような顔をして。


「わざわざ聖堂で待ち構えていたのは……そんなことを俺に言いたかったからか?」


「功績は誰かに明かすことでより価値を高めていく。君は傍聴人になったというわけだ。ありがとう、お陰で実に気分がいい」


「……ざけんな」


「ん? なにか言ったかい?」


「ふざけんなよ、このクズ野郎がッ!!」


 心の何処かではまだ彼女に同情できるかもしれないという気持ちがあった。

 悲しい過去があったのか、復讐をするためにこんなことをしたのか。


 だが実際に明かされた内容は自己顕示欲を拗らせた狂った実態。


「そんなフザけた私情のために……いや止めよう、何を言おうとアンタを改心させることが出来るとは思えない」


 やるせない怒りが沸き立つが彼女の純粋な瞳に俺はハッとする。

 例えどれだけ正論を言おうと目の前の悪魔には何も響かない。


 言ったところで彼女なりの持論に嬲り殺されるというのがオチ。

 というのはこういう奴のことを表しているのだろう。

 

「そうしてくれると助かるよ。私も正義マンとかに説教されるの大嫌いだからね」


「……あぁそうかよ」


「さて、大変申し訳ないがそろそろ君のような人間にはご退場を願おう」


 先程までの幼稚な子供のように思えた態度とは一変し、冷徹な視線が向けられる。

 まるで薄汚いゴミを見るかのような冷たい眼差し。


 同時に彼女は懐から一本の注射器のような代物を取り出す。

 中には赤黒い禍々しい液体が蠢いていた。


「それは……?」


「君の強さはこの半年で熟知している。誰よりも高い魔力と魔法の技術。悔しいが素の私だけでは君を殺せる見込みは高くない」


「負け戦でもするつもりか?」


「素の私だったら……の話だよ。逆を言えば魔力が高まれば君との差は埋まってしまうということだ」


「魔力の差? ッ! まさかそれは!?」


 脳裏に閃光が走る。  

 俺が考えていることが正しければ最悪の事態だ。

 

「ご明察。レッド・アシアンだ……よッ!」


 呆気にとられる中、ステラは注射器を自分の首筋へと勢いよく射し込む。

 液体は徐々に体内へと挿入されていき彼女の頬には花のような赤い紋様が浮き出る。


「嘘だろッ!?」


 暴走したかと思ったが……彼女はレッド・アシアンを服用しても理性を保っていた。

 目の焦点は合っており、中毒と思われる症状は何も起きていない。


「不思議に思うかい? 何故理性を保てるのか、私はこのクスリの開発者だ。手を加えることも、解毒薬を作るのとも造作もない」


 ステラは腰から抜剣した剣を演舞のように振り回すと俺へと刃先を向け構える。

 剣には魔法陣が生成され、太陽よりも白く発光していく。


 その姿はまさに『剣聖』と呼ばれるに相応しいほどの神々しさがあった。


「君の異常な魔力の原動力は分からない。だがそれを究明する必要性はない」


「ここが俺の死地になるからか?」


「こんな美しい場所で逝けるんだ。最期の場所としては素晴らしい所だろう?」


「確かに素晴らしいな、だが……死ぬつもりは微塵もないッ!!」


 慈悲はいらない。

 殺さなければこの国は狂気に支配される。

 両手に魔法陣を生成し、俺は呼吸を整え厨二病を発動していく。


「漆黒の闇よ、我の為に力を捧げよ、ダーク・ドライヴ!」


 先手必勝。

 初級魔法ではあるがバフが大幅に掛かった闇の光線は空間を歪ませ、ステラへと迫る。


 だが彼女は冷静に剣を振り上げダーク・ドライヴを一刀両断した。

 二つに斬られた光線はステラを横切り背後のステンドグラスを盛大に破壊する。

 

「ダメだな。先手必勝であるならば小手先の技ではなく最初から必殺技を使わないと」


「フンッ、貴様のような三流の愚者に我の崇高なる必殺技を使うまでもない」


「へぇ? ずいぶんと偉そうに。毎回君は魔法を使うと人が変わるね。カッコいいと思ってるのソレ?」


 厨二病状態から放たれた自信に溢れるセリフもステラは動じない。

 逆に小馬鹿にしたような声色で俺の言動を嘲笑していく。


 確かに傍から見れば厨二病になってる俺の言動は馬鹿にされても仕方ない。

 だが……目の前にいる王様気取りの奴に比べればよっぽどイケてる……!


「己の念望のために数多の運命デスティニーを歪ませ、業を重ねた貴様がこの我を愚弄する資格など微塵もないッ!」


 厨二に支配されてる俺は勢いよくビシッと彼女に指を差し罵倒していく。

 最初は恥ずかしくて仕方なかった厨二病も今では一番頼もしいモノとなっていた。

 

「断言しよう、汝がこの国の王様になることは絶対にない! この世界に生きる全ての生物よりも下等な貴様がなッ!!」


 全てを言い終えるも、ステラは相手を見下すような顔を崩さない。

 だが少しばかり不満げに眉を顰めたのを見逃さなかった。


「はぁ……全く君は人を苛つかせる天才なんだね」


「貴様に天使が微笑むことはない。我が昏き闇に抱かれ懺悔をしろ! シャドウ・ハイ・ブレード」


 対抗するように漆黒の魔法陣に手を突っ込むと歪な闇の長剣を引き出す。 

 構えながら地を蹴り、ステラへと強襲を仕掛ける……!


「まるで悪魔みたいだ」


 嘲笑うような言葉と共に洗練された動きの剣技で俺の一撃を受け止める。

 剣と剣がぶつかり合う度に聖堂中に甲高い金属音が響き渡る。


 一進一退の戦い。

 互いに力が強化された中、刹那の油断も許されないほどの緊迫した死闘が繰り広げられる。


 だが無限にも思えた剣の攻防にも段々と終わりが見え始める。

 その要因は経験の差であった。


「闇よ、我に栄光を齎す道筋を作れ、ダーク・ドライヴ・ログロレスッ!」


 奇襲を行うように左手から魔法陣を生み出し不規則な軌道を描く闇の光線を放つ。

 空間を反射していき、彼女の後頭部に目掛けて亜音速の勢いで接近する。


 ステラは身体を捻ると、空中で水平回転しながら光線を回避。

 着地と同時に剣を逆手に持ち、体勢を整え俺へとカウンターを仕掛けた。


「アルバロス・スラッシュ」


 詠唱と共に剣には氷が纏われ始め、凍りついた斬撃を上から斬り込んでいく。


「ッ! シャドウ・フィールドッ!」


 咄嗟にバリアを生成し、直撃は回避する。

 だがあまりの威力に体勢が崩れバリアも一撃で木っ端微塵に破壊されてしまう。


「アルバロス・スラッシュ・アサルト」


 生まれてしまった隙を『剣聖』が逃がすはずなく、詠唱と共に地面へと剣を突き刺す。

 次の瞬間、辺りからは巨大な氷の柱が飛び出し俺へと襲いかかった。


「ッ!」


 僅かな隙間もない連撃に対応がおいつかず……彼女の攻撃を食らってしまう。

 数メートルほど吹き飛ばされ、純白の壁へと激しく叩きつけられた。


「ぐぶっ……!」


 血反吐が飛び出し、俺は思わず厨二病を解除してしまう。

 全身に走った痛みを感じながら俺はゆっくりと立ち上がる。


「経験というのは実に重要な要素だね。君の攻撃パターンが手に取るように分かる」


 唇から血を垂れ流す自分の姿を見てステラは不敵な笑みを浮かべていた。

 

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