第39話 抗う決意

 そう意気込んだのは良かったのだが……。


「クソ、あの野郎どこに行きやがったッ!」


 先程の冒険者達との戦闘で時間を食い、いつの間にか、ステラは姿を消していた。

 建物の屋上へと飛び乗り、辺りを見回すが彼女と思わしき人物はいない。


 まさか……逃げたのか?


「ア"ァァァァァァァァァ!!」


「ッ!」


 そう最悪のシナリオを考えていた時、背後から響く鼓膜を抉る金切り声。

 見返るとレッド・アシアンに犯された女冒険者の一人が短剣を振りかざしていた。


 不味い、間に合わない……!


「あ〜あ〜、うるさいねぇ」


 刹那、女の頬に強烈な拳が入り込み、勢いよく叩き落される。

 間髪入れずに顔面を掴むと白い魔法陣が生成されていく。


「武具生成、薬中女人骨槍」


 詠唱を終えると身体が瞬く間に歪に変形していき、骨が飛び出ていく。

 メキメキという音を奏でながらやがては骨で作られた巨大な槍が生まれた。


「アババババババババババババババババババババババババァァァァァァ!!!」


 骨を失った女冒険者は断末魔と共に肉の塊となりその場で盛大に絶命する。


「よっと、大丈夫かなマックス君?」


「ッ! レイ……!」


 獣耳を動かし、和服を身に纏った美少女。

 俺を堕落の道へと引き込んだ『アバランチ』の一人。


 肩に自ら生成した人骨槍を担ぎながらレイさ妖艶な笑みで俺を見下ろした。


「悪いね、直ぐに君達の元へ向かうつもりだったが少し手間がかかった」


「……お前もレッド・アシアンの冒険者と交戦していたのか?」


「そうよ、全く予想していたとはいえ、恐ろしいことするわねこの国のギルドマスターは。どっちがテロ組織なんだか」


 レイは俺の隣に並び立つと混乱に満たされているリエレル王国を一望する。  

 民衆は阿鼻叫喚に逃げ惑い、至る所から火元が上がっていた。


 よく彼女を観察すると和服には返り血が付着しており、殺戮を繰り返していた事を物語っている。


「この国は一人の人間に支配されてる。司法も犯罪も全て。いくら冒険者を倒してもステラを止めなければこの悪夢は終わらないわ」


「分かってるさ……だが奴が何処にいるのかが分からない。もしかしたら既に国外へと逃げている可能性だって」


「それはないわよ」


「えっ?」


 不安を遮るようにレイは細長い色白の人差し指を俺の唇へと当てた。

 まるで赤ん坊をあやすような視線を俺に向けると指を離し、口を開く。


「彼女はこの国を支配しようとする目立ちたがり屋の人間よ。そんな性格の奴がコソコソ逃げて事が終わったらヒッソリ戻ってくるなんて姑息なことをするかしら?」


「それは……だが憶測でしかない」


「確かに憶測よ。でも憶測から生まれる可能性だってあるわ」


 そう言ってレイは着物の懐から一枚の巨大な厚紙を取り出す。

 白い魔法陣を作り出し指で一回転させると地図のような国の全体図が描かれていく。


 至る所に赤いポイントのような物が打たれており、何を意味しているのか理解出来た。


「これは……人の位置?」


「フェイスの無属性探知魔法でね。この国にいる人間全員をポイントとして表示させた。あの娘有能でしょ?」


「何でもありかよ……!?」


「無属性魔法ってそんなもんよ」


 赤いポイント達は城門付近に異常なほど密集している。

 ステラが引き起こしたパニックが広がり、全員が国外へ出ようとしているのだろう。


「ここを見て」


 レイは城門ではなく、大通り付近のある場所を指差す。

 そこには赤く光る二つのポイントが位置していた。


「聖堂?」


「そう大通り近くにあるリエレルの聖堂。全員が逃げてるというのにこの二つだけは全く動こうとしない。不信に思うのが自然の摂理だと思うのだけど?」


「まさか……ここに奴が? 何でそんな罠みたいに分かりやすいことを」


「さぁ?  私にも真意は分からない。ただ言えることは待ち構えている可能性が高いってことよ。彼女がね」


 髪を靡かせながらレイはニヤリと笑い、人骨槍の先端を大聖堂へと向ける。


「私とフェイスは冒険者達の討伐に向かう。ここからは君が行きなさい。自分自身で決着をつけてくるの、この聖戦の終わりをね」

 

「俺が……?」


「この事件において一番運命を狂わされ因縁を持つのは君よ。それを差し置いて、私が終止符を打つのは君も味気ないでしょう?」


 笑顔でありながら、何処か強く、鼓舞するような瞳を俺に向ける。

 獣耳を揺らし朝日が昇り始める中、レイは言葉を紡いでいく。


「抗え、この国の王様に。そして掴み取れ、自分の明日を自分自身で」


 彼女は俺の胸を美麗な拳で軽く殴り、激励の言葉を口にした。

 その言葉に心に蠢いていた何かが晴れていき決意が漲っていく。


「あぁ、絶対に殺してくる」


「いい顔つきだ。さぁ行け。君の栄光を祈っているよ」


 レイは俺に地図を渡すと華麗なウインクを最後に建物から垂直に落下していく。

 地面へと豪快に着地すると未だに残っている冒険者の残党へと駆けていった。


「……行くか」


 俺は地図を畳むと再び走り出す。

 目指す場所は決まっている。

 あの女のいる所へ。


 闇魔法を利用し跳躍していき、一切の迷いを殴り捨て聖堂へと迫っていく。  

 辺りには崩落した蘭塔の残骸に、遺体となった冒険者達の哀れな姿。


「見えた……!」

 

 その光景を尻目に進んでいくと眼前に聳え始めたのは巨大な建造物。

 荘厳な門には天使の彫刻が施され、神聖な雰囲気が漂っている。


 神などを崇拝しない自分にとっては一生無縁だと思っていた場所。


「ハッ!!」


 辿り着いたと同時に俺は聖堂の厳かな扉を勢いよく蹴破る。

 豪快な音が轟き即座に俺は魔法陣を出現させ、いつでも挑める体勢を取った。


 中には鮮やかなステンドグラスの数々、祭壇の奥には聖書を持ったような姿勢を取る女神の石像。


 そして……女神を背景に祭壇の前で優雅に足を組んで坐している一人の女。

 水色のポニーテールを靡かせ、カジュアルな甲冑を纏い、剣を腰に掛けている。


 俺を視認した途端、薄情な笑顔と共に立ち上がりゆっくりと拍手を捧げた。


「おめでとう、まさかここまで早いとはね、蘭塔を破壊する発想は私もなかった。実にユニークで見事な所業」


 まるで予期していたかのように俺の登場にも一切動じず、饒舌ぶりを披露する。


「これもお前の予想通りだったわけか? 俺がこの聖堂に来るということも」


「えぇ、だからここにいる。多少の予想外があるとはいえ、君がここに一人で来るシナリオも私の想定の一つだ」


「そうかよ……ステラァ!!」


 ステラ・アノニマスは幼児を見ているような笑みを浮かべ俺を出迎えた。

 神を崇拝する場所で穏やかな静寂の中、俺達は殺意の目線を交わし合っていく。

 




 


 


 

 





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