パチンカス外伝

スロ男(SSSS.SLOTMAN)

ジローちゃんの日常あるいは次章プロローグはたまた単なる作者のリハビリ

 ジローちゃんの朝は特に早くもない。仕事がある日も七時に起きて、のんびりと朝食を食べたり近日のイベント日をチェックりしたりして八時頃に出社する。

 そのかわり休日だからといって昼過ぎまで寝ていたりはしない。K県のパチンコ屋は九時には開店するので遅くとも八時には起きる。このときには朝食は食べたり食べなかったりだし、ごはんに納豆のときもあればトーストを焼くこともあるし、牛丼屋の朝メニューを食べるときもある。うっかり九時近くに起きたり寝過ごしたりしたときは朝ご飯は食べない。缶コーヒーを飲んで一服して店へ向かう。

 あわてる乞食はもらいが少ない。

 これはジローちゃんのいくつかある座右の銘のうちのひとつである。


 パチンコ屋。

 それは数多くある娯楽のひとつである。ただ、世間に多くある娯楽施設と違うのは、暗黙の了解として遊技の結果得た景品を換金できることにある。

 意外と世に金を得ることのできる遊技は少なくない。例えば麻雀荘などは金のやりとりをするのが普通だし、それが普通だからこそお金の絡まないゲームをやる店ですよ、ということで健康麻雀などと銘打ってたりする。

 例えばビリヤード。大会では参加費を募り、優勝者が集まった金銭を得る、などというのもよく知られた話である。

 が、そういうのは秘密裏に行われているものであり、国家警察も密告られたら動かざるを得ない。内心は(面倒くせーなー、好きモノ同士で好き勝手やってるんだからほっとけよ)と思ってたとしても、摘発だなんだしないわけにはいかない。

 そういう裏でお金が動く遊技と違って、パチンコ、パチスロというのは警察も把握しながら見ぬふりをするだけのグレーな根拠のある換金できる遊技≒ギャンブルなのである。

 なぜパチンコ・パチスロは「遊技」であってギャンブルではないのか。——についても多くの理由があるのだが、ジローちゃんには関係ない話なのでこのへんで切り上げることにする。


 さて、本日はジローちゃんの休日である。イベント日が平日だったりすると有給を取ることもあるが、世間一般の人も多くは休む日曜日、そして7の付く日である。

 普段は行かない全国大手チェーン店までいそいそと出向き、普段はしない行列に並んで抽選を受け、珍しく早い入場順を得てホクホク顔だった。

(やっぱいまならスマスロかなあ。ヴヴヴかなあ、バキは漫画は好きだけどオリ平のスロ苦手なんだよなあ)

 悩んでるようでいて楽しんでいるのである。イケメンふたりから誘われて「こまっちゃうなあ」と言いながらニマニマしてる婚活女子の心境なのだ。山本リンダなら、ただデートに誘われただけで困るというのに。世の「女子」というものは誠に業の深い、いきものがかりなのだった。


 一桁台という近頃稀にみる良番号で店内に入ったジローちゃんは、入ってすぐに自らの失敗を悟った。

 先頭が小走り気味に向かったので思わずついていってしまったが、向かった先はパチ島だった。いまならスマスロ目当てでスロ島に向かうと思い込んでいた。

 滅多に来ない大手チェーンに来たのも仇となった。まさかリニューアルで大幅配置変えがあったなんて!

 というわけで楽しみにしていたスマスロに座ることあたわず、近頃ハマっているサラリーマン金太郎(略称サラ金)に坐したのだった。

 サラリーマン金太郎。

 おそらく多くの人は高橋克典の演じたドラマを思い出すに違いない。……と思ったがいま調べたら軽く20年近く前の話なので、もしかすると永井大のほうがまだ思い返せるのかもしれない。

『サラリーマンを舐めんじゃねえ!』がおそらく最も有名なセリフの、元暴走族頭の矢島金太郎がサラリーマンとなり破天荒な言動でのしあがっていくというストーリー。

 サラ金といえばパチスロ、の印象が強い人も多いと思うが(思うが、と書くことの大体が20年位前の話なので、この書き方はいかんのではないかとそろそろ作者は思い始めている)、最近パチンコでスペックもなかなか良好な台が出て、<脳汁派>を喜ばせているのである。

 ところで最前出た<脳汁派>とは何か、についても一言添えておこう。ギャンブル性の高い台の、ごくシンプルに当たりか外れかを示す台ほど脳汁=ドーパミンを感じて気持ちいいという派閥を指す。

<脳汁派>に対抗するのは、そういう言い方はあまり聞かないが<遊戯派>だろうか。

 当たる/当たらないによらずゲームとして楽しいかどうかを打つ理由にする派閥。負けて良し、勝てばなお良しの精神で台と向き合う者達である。

 ジローちゃんは典型的な脳汁派だし、勝てばよかろうなのだを地で行く男だ。今日もカスタムマシマシセッティングにすると、一礼してから台間サンドに諭吉を投入した。


「あー、最初2本でかかったときは今日はもらったと思ったんだがなあ」

 疎になった駐車場の、愛車ジムニーに乗り込みながらジローちゃんは独りごちた。

「早当たり、単発の時点でヤな予感はしたけどさあ、まさかあのあと千ハマリってなあ……」

 くしゃくしゃになったハイライトのパッケージから一本振り出し、咥えると胸ポケットの使い捨てライター(海物語のロゴとクジラッキーが印刷されてる)で火を点け、同時にエンジンの火も灯す。俺はここだぜひと足お先、である。

「まあ、でもまたパチ打てるとも煙草吸えるとも思わなかったしな」

 くつくつと笑いながらアクセルペダルを踏み込み、ゆっくりと駐車場を縦断していく。


 本日の負け額、7万8千円。


 はっきりいって負けすぎだし、今後の生活にも響く額だったが、まんざらでもなさそうな顔が街灯に照らされ一瞬浮かび上がった。


 明日から、また仕事だ。


 そのときはそう思っていた。まさか、またあの世界に呼び出されるとは、このときはまだジローちゃんは想像だにしていなかったのである。

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