ザ・ギバー 記憶を伝える者 ロイス・ローリー
さてさて、ここ最近この思い出の本の方はゆるゆるなものが続いていたので、この辺でまた名作系に戻ってみたいと思います。
ちなみに今回ご紹介するのは私が高校生の時に読んだ本なので、今までに登場した本に比べるとだいぶ遅い出会いです。出版されたのが1995年ですから、出版されてすぐ読んだ感じですね。
児童書は大人になってからはよく読み返しましたが、高校生の頃はやっぱり背伸びしたい年頃ですので児童書からは遠ざかっていたんですが、高校の図書館に課題図書枠で入荷した時に、先生からあらすじを聞いて面白そうだと思って読みました。
ちなみに私が読んだ講談社の掛川恭子訳版は絶版になっていまして、現在は新評論から島津やよい訳で復刊しています。
後々どちらも読んだ結果、掛川恭子訳の方が私の好みでした。
復刊版の方はタイトルが違っていて、『ギヴァー 記憶を注ぐ者』になっています。私は見ていないのですが、映画化されたそうで、その邦題にあわせているようですね。
内容としてはディストピアものになります。
社会にうずまく悪や欲望、苦痛や悩みなどがすべてとりはらわれた理想社会―喜怒哀楽の感情が抑制され、職業が与えられ、長老会で管理されている規律正しい社会―「記憶を受けつぐ者」に選ばれた少年ジョーナスが暮らすコミュニティーは、ユートピアのはずだった。けれども、理想の裏に隠された無味乾燥な社会の落とし穴に「記憶を伝える者」とジョーナスが気づいたとき、そこに暮らす人々が失っている人間の尊厳にまつわる記憶の再生を計ろうとする。二度のニューベリー賞受賞に輝くロイス・ローリーが贈る、衝撃的近未来ファンタジー。1993年度ニューベリー賞受賞。
Amazon商品ページより
格差も争いもなく穏やかに暮らす人達ばかりのコミュニティ。一見して理想の社会のように思えるのですが、このコミュニティのシステムがわかっていくにつれ、またジョーナスが記憶を受け継ぐにつれ、薄寒くなるようなこのコミュニティの真実の姿が見えてくるのです。
このコミュニティーでは、子供達は“十二歳の儀式”で個性を認められ、長老会が適正を判断してそれぞれに職業を任命します。
この徹底した管理が行われているコミュニティにおいては、結婚や出産や子を持つことも全てが管理下に置かれていて、出産は決められた“出産母”のみが行い、新生児はまた別の管理下に置かれ、適正な家庭に子供として渡されるのです。
自身での出産、子育てという概念がないので、養子というのとも少し違います。また、新生児の方も養育するのに適正な状態かどうかもまた判断されることとなります。適正でないと判断された赤ん坊は然るべき処遇がとられると決まっているのですが……勘のいい方ならお分かりになりますよね。
ジョーナスが記憶を受けつぐ者に任命されるのと同じ頃、ジョーナスの家でその判断を保留にされている赤ん坊がやってきます。ジョーナスの両親が養い親に任命されたわけではなく、父親が新生児係であったため、一時預かりと言う形で家にやってくるのです。コミュニティのシステムに何の疑問も感じていないジョーナスは、その赤ん坊の運命について、なんの疑問も持っていなかったのですが、記憶を伝える者の所に通ううちに、赤ん坊を待ち受けている運命に気づいていくことになります。
記憶を受けつぐ者とは、コミュニティにたった1人の、最も名誉な仕事ですが、実はこのコミュニティから消し去られている“人間性”を知るというある種苦痛と孤独を引き受けなければならない過酷なものなのです。
記憶を受けつぐ者は全世界の記憶をただ1人で受け継ぎ、その知識で長老会に助言する役割を負っていますが、彼の持つ記憶の内容は彼以外には伝えることは許されていません。新たな記憶を受け継ぐものが任命された時に、伝える者(ザ・ギバー)として次の受けつぐ者に記憶を渡す時しか、その記憶を語ることはできないのです。
そしてジョーナスはザ・ギバーからはるか昔の記憶を一つずつ受け取っていくのです。それは言葉を介してではなく、ジョーナスとギバーが共鳴するようにして受け渡されていくのです。人間の五感に基づく感覚、そして喜怒哀楽といった感情。
コミュニティが全てを管理する以前の記憶を得ることで、ジョーナスは人が失ったものをを知るのです。自由と個性は混乱を産むものとして消し去られ、かつて自由と個性を認めたがための混乱が産んだ苦痛の記憶を、〈記憶を受けつぐ者〉だけが引き受けることで現在のコミュニティーの平和が保たれていること知るのです。
ザ・ギバーは最初はジョーナスの負担にならないように、良い記憶から渡し始めるのですが、そのことによって読み手はこのコミュニティの住人達が、陽射しの暖かさや色とりどりの花の美しさ、鳥の囀りや川のせせらぎさえも知らないと言うことを知ることになるのです。色彩も音楽も失われた灰色の世界。見せかけの平穏に彩られたコミュニティの真の姿を知って悩み始めるジョーナス。
人の善も悪も、苦しみも喜びも、全てをたった一人で引き受ける、“記憶をつぐ者”。任命されても記憶を引き継ぐ過程で“脱落”する者もいるほど過酷な役割なのです。ジョーナスはコミュニティのあり方を変えるべきだと考え、記憶をすべての人に与えようとザ・ギバーと共に計画し始めるのです。
コミュニティの人々は、苦痛や悲しみ、恐れや怒り、憎しみを知らずにすむ代わりに、“幸せ”もまた知らない。
全ての人が画一化され管理された社会。それは生も死も実感を伴わず、ただ与えられた通りに生きるだけの社会なのです。
読み手はジョーナスと共に、人間本来の幸せとは、あるべき姿とは、と言うことを考えることになります。憎しみあい、争うこともない代わりに、誰かを心の底から愛することも、美しいものを美しいと思う事も知らないことは果たして幸せと言えるか?
何もかも知らないままなら、きっと幸せなのでしょう。けれど知ってしまったジョーナスはもう知らなかった頃には戻れません。
そしてジョーナスの元にやってきた赤ん坊の運命が決まる時、ジョーナスは一つの決断をするのです。それが困難なものであると知りながら。
ジョーナスの決断が正しいかどうかは簡単に言えるものではありません。けれどそれは確かにジョーナスが“人間性”を獲得した末のことなのです。美しくも切なくもある最後のページを読んだ時、この本もまた私の大切な一冊になりました。。
ディストピア物ではありますが、児童書として書かれているので、SF的な読みづらさは全くありません。商品紹介ページでも近未来ファンタジーと書かれている通り、SF的ではありますがガッツリSFではないので、SFが苦手な方にもぜひ手に取っていただきたいなと思う一冊です。
もうこれはほんとに好みの問題だと思うのですが、掛川恭子訳の方がストーリーに重みと厚みがあるように私は感じているので、絶版にはなっていますが講談社版がオススメです💦
子供の頃から本の虫ー思い出読書ノート 本の虫読書録 @aki-nori
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