第777話 おじさんは王城で一騒ぎ起こすかのかい?


 明けて翌日のことである。

 

 昨日、ダンジョン講習の終わりは荒れた。

 男性講師の放った言葉が波乱を呼んだのである。


 それを鎮めたのはおじさんだ。

 隠していたカードを切ったのである。

 最後に魔法でちゃちゃっと作った金柑飴をだしたのだ。

 

 と言っても、のど飴のようなものではない。

 形としてはリンゴ飴である。

 きれいに洗った金柑の実に飴をまとわせたのだ。

 

 それで静かになった。

 話はうやむやのままである。

 

 だが、おじさんは男性講師の言葉ももっともだと思うのだ。

 自分たちでもできるようになった方がいいのは確かだから。

 

 今日も学園にでも行きますかと考えていたおじさんだ。

 そこへ父親から待ったがかかった。

 

 朝食後のサロンである。

 弟妹やケルシーたちは既にいない。

 いるのは両親とおじさんだけだ。


「リー、午前中は王城にきてくれるかな?」


「かまいませんが……なにか御用がありますの?」


 父親の問いに首を傾げるおじさんだ。

 鉱人族ドワーフの古代都市の件だろうか、と思う。

 

 だが、おじさんの予測は外れていた。

 

「いや実はね、リーに官職が与えられることになっていてね」


「わたくしに? 官職ですか……」


 ふむ、と考えるおじさんだ。

 一般的に王国では官職と言えば爵位をさす。

 ただし、これは領地持ちの貴族の場合だったりするのだ。

 

 王城で働くような法衣貴族の場合は爵位とはべつに官職を持っている。

 その官職を与えようというわけだ。

 

 父親たちとしては、熟考を重ねた末のことである。

 おじさんに爵位を渡すのは、やぶさかではないのだ。

 だが、見合う爵位がない。

 

 だから官職でお茶を濁そうというわけである。

 そこまでしないと、おじさんの功績に報いることができないから。

 

「リーからしたら要らないかもしれないけどね。もう功績をいくつもあげているんだから、素直に受け取ってほしい。官職を授かったからといって、なにかが変わるわけでもないから」


「確かにそうですわね……承知しました。では、王城へ赴けばいいのですね」


 おじさんの問いに頷く父親であった。

 母親もニコニコとしているから、事前に話をとおしていたのだろう。

 

「私も行きたかったのだけど、ちょっと今日は調子が悪いのよ」


 少しお腹が目立つようになってきた母親である。

 

「そうなのですか! 治癒魔法ならいつでもおかけしますわよ!」


 おじさん、その辺りは気を使ってしまう。

 母親も未来の弟か妹も大事に思っているのだから。

 

「大丈夫よ。リーちゃんのくれた栄養剤を飲んで、少し寝ていれば問題ないから」


 母親の言葉を聞いて、おじさんは控えている侍女長を見る。

 侍女長もおじさんの意を汲んだのだろう。

 深々と頭を下げた。

 

「うー。侍女長、もしものときはシンシャを使って連絡をしてくださいな」


「畏まりました」


 それでも心配そうな表情のおじさんである。

 ふふっと笑って、母親が口を開く。

 

「リーちゃん、せっかくなんだから見せつけてきなさいな!」


「承知しました。カラセベド公爵家が長女、ここにありと見せつけてきますわね!」

 

 ふんす、と鼻息を荒くするおじさんであった。

 

「では、お父様。わたくし、お着替えをしてきますわね。少々お待ちくださいませ」


 侍女を伴って私室に戻るおじさんだ。

 私室の前には侍女たちが徒党を組んで待っていた。

 

 おじさんのために結成された部隊である。

 

「お嬢様、本日は私たちの腕によりをかけて準備をさせていただきます」


 ことここに至っては、おじさんだって乗り気だ。

 

「よろしくお願いしますわね」


 きゃあああ! と黄色い声があがった。

 侍女たちも興奮しているのだ。

 

 素材としてのおじさんは隔絶している。

 なんだったら手を加えないでも、超絶美少女なのだ。

 

 そんなおじさんをより美しくする。

 実は一週間ほど前から、だいたいの予定は決まっていたのだ。

 

 たった一週間、されど一週間である。

 この限られた時間内で、目一杯の準備をした侍女たちだ。

 

 とは言え、正式な式典において着用する服は決まっている。

 女性の場合は、ウプランドと呼ばれるドレスだ。

 これは伝統的な衣装になる。

 

 いわゆる貫頭衣のようなデザインだ。

 特徴的なのは袖口がものすごく広くて、床までとどくくらいある。

 ここに装飾を施すのだ。

 

 首元は立て襟でしっかり首元を隠す。

 胸の下あたりでベルトをしめて、上下でメリハリをつける。


 このベルトも装飾品として使われるのが特徴だろう。

 長めのものを後ろで留めて、たらすのが作法だ。

 

 ちなみに、おじさんは公爵家なので布地はロイヤルブルーと決まっている。

 袖は金色で公爵家の紋章を入れるのが決まりだ。

 

 髪は三つ編みにして片側に流す。

 ただ、アクセントにロイヤルブルーのレースリボンを一緒に編みこむ。

 

 超絶スタイルのいいおじさん。

 ウプランドを着ると、体型は隠れてしまうのに超絶美しい。


 さらに髪型もばっちりだ。

 おじさんのうっすらと青みがかった銀髪にロイヤルブルーが映える。

 アクアブルーの瞳もあいまって神々しさがあった。

 

 瞳の色に合わせた宝石がついたネックレスをかける。

 うっすらとお化粧をして、おじさん式典バージョンが完成だ。

 

 もう死んでもいい。

 侍女たちにそう思わせるくらい、おじさんは完璧だった。

 最後に香水をふわり、と使う。

 

 もはや美を司る女神と言っても過言ではない。

 そう思わせるくらい、おじさんは極まっていた。

 

 姿見で確認するおじさんだ。

 いつもとは雰囲気のちがう自分の姿にびっくりする。

 

「皆、とてもよいですわ。ありがとう」


 いや、それはこっちの台詞だからと侍女たちは思う。

 何人かは感動で涙ぐんでいるほどだ。

 

「さて、では出陣ですわ! 王城の者に見せつけてきます! あなたたちの腕の良さを!」


 颯爽と歩いていくおじさんだ。

 いつものように侍女がついていく。

 その表情はどこか誇らしげであった。

 

「ふわぁ……ねーさま、きれー」


 妹だ。

 おじさんが王城に行くと聞いて、見送りにきたのだ。

 その小さな頭をなでてやるおじさんだ。

 

「ソニアも大きくなったらきれいになりますわ。わたくしの妹なんですもの」


 ぎゅうと妹を抱きしめるおじさんであった。


 弟はもう声もでないようである。

 完全に姉の姿に見惚れていた。

 

「いいわね! リーちゃん!」


 母親がグッと親指を立てる。

 おじさんも負けじと指を立て返した。

 

「ちょ、ちょっとこれはスゴいね……」


 父親も絶句である。

 娘が美しいことは理解していた。

 が――雰囲気に飲まれるほどとは思っていなかったのだ。

 

「いってきますわ! お母様。メルテジオ、ソニアも」


 手を振って馬車にのりこむおじさんであった。

 

 その日、王城の時間が止まってしまう。

 誰も彼もが、おじさんを見て息をのむのだ。

 

 可憐で、優雅で、神聖で、美しい。

 尋常ではない美というものに心が囚われたのだ。

 

「お父様、式典はいつからですの?」


「そうだね。もうそろそろだと思うよ」


 父親の執務室である。

 おじさんと父親の二人は待機中だ。

 

 お茶を飲みながら、おじさんが聞く。

 

「そう言えば、わたくしがいただく官職はなんなのでしょう?」


「監国という官職だね。いわゆる則闕そっけつの官だね」


 聞いたことがないおじさんである。

 そのことを察して、父親が説明をした。

 

「かんたんに言えば、適任者がいなければ空席となる官位のことだよ」


令外りょうげの官とはちがいますの?」


 こっちは知っているおじさんだ。

 前世でもあったから。


令外りょうげの官は法に記載されていない官職のことだね」

 

 確か征夷大将軍や関白、摂政なんかも令外の官だ。

 古い法だと時代に合わなくなり、必要に迫られて作られた官職である。


「職掌はどうなりますの?」


「王の後見人だったり、教育係。あるいは王が不在のときには、代わって執務をとることもあるかな」


 おじさんが嫌がるかな、と思いつつ正直に言う父親であった。

 だが父親の心配は杞憂だったようである。

 

「……なるほど。では王妃陛下のお腹の中にいるお子と関係するのですか……わたくしの弟か妹が生まれますので、二人の教師役ですわね」


 ニコリと微笑むおじさんだ。

 娘の笑顔を見て、ホッと胸をなで下ろす父親であった。

 

「今のところは兄上もお元気だし、有名無実の官職だね」


 なにもすることがないとほのめかす父親だ。

 

「スラン、ちょっといいかな?」


 ノックの後で顔を見せたのは宰相である。

 

「……おお! リー! いつにも増してきれいだねぇ」


 宰相も一瞬だが、おじさんに飲まれてしまった。

 そのくらい美しいのだ。

 おじさんは。

 

「お上手ですわね、宰相閣下は」


 おほほ、と上機嫌に笑うおじさんだ。

 そんなおじさんを見て、宰相は言う。

 

「スラン……これはリーに婚約の申し込みが殺到するんじゃないか?」


「ほほう……うちにケンカを売るということですかな」


 ぎらり、と据わった目を見せる父親だ。

 表情が抜け落ちている。

 

 それを見た宰相は思うのだ。

 

 うん……これは面倒なことになるかも、と。

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強制的に転生させられたおじさんは公爵令嬢(極)として生きていく 鳶丸 @humansystem

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