第776話 おじさんのキャンプ飯とシュプレヒコール


「では、お料理をしましょうか!」


 おじさんの号令に薔薇乙女十字団ローゼンクロイツが返事をする。

 皆、元気がいい。

 張り切っているのだろう。

 

 ただ、元気のない者たちもいた。

 脳筋三騎士である。

 実は先ほど角ウサギの解体を見て、気分が悪くなってしまったのだ。

 

 基本的にはご令嬢たちである。

 魔物を倒すまではしても、解体を目にすることはない。

 つまり、内臓やらなんやらを見て、きゅうとなってしまったのだ。

 

 おじさんの錬成魔法ならば、その辺を抜きに一気に解体できる。

 が、いつもおじさんがいるとは限らないのだ。

 だから、チャレンジしてもらったのだが刺激が強すぎたようである。

 

 ちなみにウサギのお肉は今、聖女とケルシーが手伝っていた。

 この二人は村育ちだ。

 お肉の解体にも慣れているのだろう。

 

「今からお魚をさばきますが……大丈夫ですか? 無理にとは言いませんが、興味のある方は見ていてくださいな」


 脳筋三騎士がグロッキーになっているのを見て確認するおじさんだ。

 お魚はだいたい二十センチくらいの大きさがある。

 見た目はイワナみたいだ。

 

 以前はおじさんが一人でさばいてしまったが。

 興味があるのなら、やってみてもいいだろうと思うのだ。

 

「やってみたいです!」


 ジャニーヌ嬢である。

 さすがに料理番だけあって、魚をさばくのにも興味があるのだろう。


「承知しました。では、こちらに。もし気分が優れないようならいつでも言ってくださいな」


 と、おじさんがレクチャーする。

 鱗をとって、糞をだし、内臓を取り除く。

 そしてえらをとっておしまいだ。

 

 おじさんにとっては流れるように作業ができるものだ。

 ただ、気になるのは寄生虫の存在である。

 

 前世では淡水魚に寄生虫が多くいた。

 ポイントは絞めてから、すぐに内臓やえらを取ることである。

 そうすれば身に寄生虫が移るリスクを減らせるのだ。

 

「……なるほど。では、手際よくする必要があるのですね」


 ジャニーヌ嬢は内臓やえらを取るところを見ても物怖じしていない。

 なかなか肝が据わっている。


「念のために浄化魔法を使ってしまいますので、まずは意識しなくていいので確実に手順を覚えるといいですわよ」


 おじさんが言うと、ジャニーヌ嬢はニッコリと微笑む。

 ちなみに他のご令嬢たちは、若干だが引いている。

 

 狂信者の会の面々もだ。

 魔物を殺すことと、解体することでは意味合いがちがうのだろう。

 

「はい! まずは鱗をとって……」


 と、口にだして確認しながら作業を進めるジャニーヌ嬢であった。

 

「では、皆さんにはお芋の皮をむいてもらいますわね。皮をむくとヌルヌルするので、指を切らないように気をつけるのですよ」


 おじさんの指示に従って、各自が自然薯の皮をむいていく。

 

「その間にわたくしたちはお魚の処理をいたしましょう」


 おじさんも参戦して、手早く魚をさばいていく。

 今回はつみれ汁にする予定なのだ。

 

 イワナに似た川魚を身だけにして包丁で叩く。

 骨については、おじさんが引き寄せの魔法ですべて抜いてしまった。

 

 お味噌はおじさんが錬成魔法で作ったものである。 

 ショウガは在庫にあった。

 大葉はケルシーが採取していたものだ。

 

 ちょろっと小麦粉を入れてつなぎにする。

 ジャニーヌ嬢も張り切っていた。

 

「いいですわね。あとはこれを出汁の中に入れていきましょうか。小さな球状にするのですが、こちらのスプーンを使うといいですわ」


「リー様、山芋の皮もむき終わりました」


 アルベルタ嬢が報告してくる。

 いちおう確認してみると、かなり歪な形になっていた。

 ただきちんと皮はむけている。

 

「いいでしょう。では、こちらを使ってすりおろしてくださいな」


 おじさんが手持ちのおろし金をだす。

 色々と作っているのだ、おじさんは。

 

「はい!」


 つみれはジャニーヌ嬢に、山芋は他のご令嬢に任せてしまう。

 おじさんは大鍋を三つ錬成して、出汁作りだ。

 

 竈も三つ作ってあったので、一班につき一つの鍋になる。

 

 今回は聖女がとった紅天狗茸に似たキノコを使う。

 風と水の魔法を使って、汚れをしっかりと落とす。

 石突きをとって、小鍋で試してみる。

 

 お湯の中にキノコをつけると、あっという間にお湯が色づく。

 同時に、松茸のような香気が漂う。

 

 少し煮込んでから味見をしてみると、芳醇な出汁がとれていた。

 これは美味しい。

 聖女の言うように、毒性もないようだ。

 

 魔法を併用しながら大鍋にお湯を用意する。

 キノコを入れて湯がく、とドンドン出汁がでてくるのだ。

 辺りにいい匂いが漂う。

 

 そこへきれいに水洗いしたムカゴを入れるおじさんだ。

 ムカゴは茹でるとホクホクとした味わいになる。

 

「味付けは……お味噌でいきましょうか」


 今回は味噌汁にするおじさんだ。

 ついでに、鍋の中には開発中のインスタントうどんも入れてしまう。

 

「リー様、これでいいのですか?」


 ジャニーヌ嬢だ。

 つみれを巧くお団子にしている。

 

「ええ、上手ですわね。さすがジャニーヌですわ」


 ショウガと大葉、お味噌で味付けをした魚のつみれだ。

 それを鍋の中に落としていく。

 

 すり下ろされた自然薯も同様にスプーンを使って鍋に落とす。

 これでふわふわのお団子ができるのだ。

 

 あとは葉物野菜でもあればいいが……今回はやめておこう。

 あくまでも現地調達なのだ。

 まぁ調味料くらいは大目に見てほしい。

 

 お味噌で味付けされた大鍋がクツクツと煮込まれる。

 実にいい香りだ。

 

「リー! お肉!」


 聖女とケルシーが走ってくる。

 そして、おじさんに勝ち誇ったようにウサギのお肉を見せるのだ。

 

 きれいなお肉だ。

 脂肪分が少なくヘルシーなのが特徴だろう。

 

 味は鶏肉に似ているが、若干の野性味というかクセがある。

 おじさんちでも偶にでるのだ。

 ウサギのお肉は。

 

「けっこうな大きさがありますわね」


 聖女とケルシーの手にあるお肉を見るおじさんだ。

 角ウサギは魔物である。

 体長は一メートルに満たないくらい。

 

「丸焼きにするのですか?」


 この大きさだと火がとおるまで時間がかかるかな、と思ったのだ。


「うん! これを串にさして火の上に置いておくの! あとは焼けたところから、適当に切って食べていく感じ!」


 聖女が説明する。

 なるほど。

 中まで火をとおすのではなく、焼けたところから食べていくのか。

 

「味付けはどうするのです?」


「塩と香草をまぜたやつを、適当にちょんちょんって」


「肉に味をつけるのではなく、食べる前につける焼き肉方式ですのね」


 頷く聖女だ。

 

「ケルシーもそれでいいですか?」


「うん! うちの村も似たようなものだもん!」


 二人にとっては懐かしの味といったところなのだろう。

 なにせ郷里で日常的に食べていた形式なのだから。

 

「では、お肉は二人に任せていいですか?」


 もちのろんよ! と聖女とケルシーが答えた。

 

「お願いしますわね。先にお鍋をいただきましょう」


「めっちゃ美味しそうなんだけど!」


「なんだけどー!」


 ということで、木の器とフォークをだすおじさんだ。

 それにパスタレードルのような器具を使って、うどんを盛り付ける。

 

「う・ど・ん!」


 聖女とケルシーがハイタッチしている。

 

「バーマン先生、メーガン先生。このくらいは見逃してくださいな」


 と、先に講師二人にうどん入りの味噌汁を渡すおじさんだ。

 講師たちも、これは仕方ないと苦笑いである。

 

 あとは各自でとってもらう。

 各班ごとにお鍋はあるのだから。

 

 おじさんは最後の仕上げに入る。

 ちゃちゃっと魔法を使って料理をしあげてしまう。

 

 そして、自分もお鍋をいただくのだった。

 

 思わず、ほっこりとしてしまう味である。

 冷たく澄んだ空気と相まって、とても美味しい。

 

 適度な弾力がある魚のつみれ。

 噛めば魚の旨みが口の中にあふれてくる。

 

 対して自然薯のふわふわお団子は優しい味わいだ。

 むかごのホクホクとした食感も楽しい。

 

 うどんはしっかりと出汁を吸って、いい味になっている。

 

「はふぅ」


 思わず、息を漏らしてしまうおじさんだった。

 ちょっと色っぽい仕草にどきりとする狂信者の会だ。

 

「むはー! 美味しいじゃないの!」


「ないのー!」


 聖女とケルシーがズビズバとうどんを食べている。

 テンションが振り切れている聖女たちだ。

 お肉は見なくてもいいのだろうか、心配になるおじさんだ。

 

「ちょっと、エーリカ、ケルシー」


 声をあげたのはイザベラ嬢である。

 礼儀作法には厳格な家の娘だ。

 さすがに音を立てまくる聖女たちに難色を示したのである。

 

「いいのよ! これはこうやって食べるのが作法なの!」


「作法なの!」


 だが蛮族一号と二号に返されてしまう。

 そうなのだ。

 

 うどんという汁物に麺が浸かっている料理ははじめてなのである。

 そこでおじさんを見て、確認をとるイザベラ嬢だ。

 

「そうですわね。確かにエーリカの言うことは間違っていません。すすることで、このスープも一緒に口の中に入ってきて美味しいのです」


 おじさんもうどんを啜ってみせる。

 だが不思議と聖女やケルシーのような音がしない。

 

「ほら、皆さんもどうぞ。やってみてくださいな」


 おじさんが勧める。

 脳筋三騎士あたりは、ズビズバいわせている。

 あと冒険者だった講師二人もだ。

 

 焚き火を囲む長椅子に皆で座る。

 そして談笑しながらの食事。

 こういう風景が大好きなおじさんであった。

 

「ふぅ……お肉もそろそろいい加減ね」


 ぽっこり膨らんだお腹をさすりながら、聖女がウサギ肉の焼けたところをナイフでむしりとる。

 そのまま口に入れて、ニッコリだ。

 

「くーださいな!」


 ケルシーが聖女にむかって両手をだす。

 その手の平に同じように肉をむしって渡す聖女だ。

 口に運んで、ケルシーも微笑む。

 

 美味しいようだ。

 

「おー。懐かしいなー。オレたちにもくれよー」


 男性講師とメーガンが皿をだしている。

 そこにむしった肉をのせてやる聖女だ。

 

 後ろには脳筋三騎士も並んでいる。

 男子生徒もだ。

 

「……野営料理ってこんな感じなのです?」


 パトリーシア嬢はとまどっているようだ。

 その声を聞いて、男性講師とメーガンが声をあげて笑う。

 

「そうだなー。次回のダンジョン講習からは、お前たちに料理を作ってもらおうか。講師は助言のみ、手はださない」


 えーと抗議の声が生徒たちからあがった。

 おじさんも同様だ。

 

 だって、講師は手を出さないということは、おじさんも料理できない。

 それはちょっと、と思うのである。

 

「リー様にも手伝っていただけないのですか?」


 アルベルタ嬢が声をあげた。

 

「講師だからなー。つか、貴族の上品な料理や食べ方なんか野営料理じゃ通用しないぞー」


 男性講師の声を受けて、メーガンも口を開く。


「そうね。あなたたちの中にも冒険者や騎士を目指す人もいるでしょう? こういう料理や食べ方になれておかないと大変よ? さすがに従者がついてきて、あれもこれもしてくれるなんてことはないもの」


「わたくしは料理がしたいのですが」


 おじさんの声を聞いて、男性講師がニヤリと笑った。

 

「いいぞー。講師が食べる料理は任せるからー。好きに作ってくれー」


 ならいいか、と納得するおじさんだ。

 だが、聞き捨てならない者たちがいた。

 

 なぬ! と目を大きくさせるクラスメイトたち。

 

 ずーるーい! ずーるーい!

 

 聖女が声をあげた。

 ケルシーも続く。

 

 いつもは続かない薔薇乙女十字団ローゼンクロイツたち。

 しかし、このときばかりは蛮族たちと思いをひとつにした。

 

「ずーるーい! ずーるーい!」


 おじさんのクラスメイト全員が、男性講師にむかってシュプレヒコールをあげるのであった。

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