第2話 本文

『東銀河の冒険手引き《ルールブック》~黄昏の星の歌~』

   

●火星の冒険者の酒場。主人公の元に仲間が集まる場面。


『星屑亭』

 火星。クリュセ宇宙港に併設されたその酒場は、依頼クエストを携えてくる人々と、それを受ける宇宙冒険者たちで今夜も賑わっている。

 カーキ色のスペースジャケットに身を包み、腰にブラスター銃を提げた男がひとり、仕切り机カウンターの前の脚長椅子スツールに座っていた。

 男の名はカールス・ルーエ。

 今は立ち入り禁止惑星となっている地球を出身とするヒト族テラリアンの宇宙冒険者。

銃砲士ガンナー》だ。

 ちびちびとグラスの中の液体をすすっていた。

 カールスの左隣の脚長椅子に、小さな男の子が寄ってきて、ひょいと座った。

「まーた、ミルクなんて頼んでんのかよ、カールス」

「悪いか?」

「いーや。そうは言ってないさ。けど、僕たちのキャプテンとしては相応しいとは言えないな。もっと堂々としてくれないと依頼もこないぜ」

 そう言った男の子は、目の前にことりと置かれたグラスを呷った。グラスの中の淡い金色の液体が見る間に喉の奥へと消えていく。

 いや──「男の子」ではない。「男」だ。

 男の耳は端が尖っており、地球人ではないことが明らかだ。彼はフラットランナー族と呼ばれる平原惑星出身の異星人だった。フラットランナー族はどんなに齢を重ねても外見は十五、六の頃で固定されてしまう。そういう種族なのだ。

 カールスの友人にして、冒険仲間で、名は──。

「ホップテップ、おまえのほうこそ、そんな強い酒呑んでばっかりで、倒れても知らねえぞ」

「うっせ。僕にはこれが水なんだよ」

「はっ、火星ウォッカをザルのように呑んでるヤツはぁ言うことがちがうな……」

「おまえが、おこちゃまなだけさ、カールス」

 にやりと笑みを浮かべるホップテップにカールスは苦虫を噛んだような顔になる。

 口では敵わないことはわかっていた。フラットランナー族というのはだれもが口達者で、要するに全員が詐欺師見習いみたいな奴らなのだ。銀河に名を知られた四種族の中では宇宙商人になるのは圧倒的にフラットランナー族が多いという。むべなるかな。高い山も切り立つ崖も存在しない草原惑星では、身を隠すこと相手を欺くことが生存には不可欠だった。機敏さと狡猾さに関しては彼らに敵うものはいない。抜け目のないやつらしか生き残れなかった種族なのだ。

 騙し合いにやわ・・地球出身者テラリアンでは勝ち目はない。

 カールスは反論するのをやめ、脚長椅子の上で体を捻り店内へと振り返る。

 さして広くもない店の中には丸机テーブルが五つ。

 どの丸机にも宇宙冒険者たちが座っていて、酒に顔を赤らめながら怒鳴り合うようにして話している。

 次はどの星に行くか。どんな宝を見つけてこようか。

 あるいは移民惑星につきものの数々の騒動トラブルについて。

 滅びた文明の幽霊たちが出る、だの。

 身の丈が三メートルにも及ぶ海月くらげが空を飛んでいた、だの。

 巨大な宇宙鯨の追跡を科学者から依頼された、なんて話をしているやつらもいた。

 独自の文明を築いているという噂の宇宙鯨との交信に成功した者は未だかつて誰もいないのだが。

 そんな多種多様の怪しいものまで含めて、雑多な話題が飛び交っている。

 冒険者にとっては情報は命綱であり生活の種である。だからこそ冒険者たちは酒場に集い、そして依頼もそんな冒険者たちに集まってくる。

 失せ物捜しから、先史文明の残した遺跡の探索まで。

 そう、依頼の中でもとびきりで、どの冒険者たちも憧れるのが、かつてこの宇宙に存在したという先史文明の遺産の探索だった。

 ささいなアイテムひとつでも、一生暮らせるほどの価値がある。

「あー、宝の話でも降ってこねえかなぁ」

「まーた夢みてんのかよ。そんな美味い話が僕たちみたいな駆け出しのトコにくるわけないだろ」

「うっせえ。駆け出しでも俺たちの腕は確かなんだよ!」

「腕だけ確かでも駄目さ。いまの僕たちにはまだ信用ってもんがないんだ。いいかげんに現実を見ろって」

 ぐ、とカールスは言葉に詰まる。

「そういうけどな、ホップテップ。そろそろ儲けねえと、《アルゴー号おふね》の修繕メンテの金も無くなるんだぞ」

「そいつは困……っと、おい、ラ=サのやつ、ようやっと来たみたいだぜ」

 言われて視線のほうに目を向けた。

 硬い木製の扉を開け、扉鈴ドアベルをからんと鳴らしながら長身痩躯の女性が入ってくる。銀色の長い髪を垂らし、夜を映したような黒い長衣を羽織った女だ。

 ラ=サ。カールスたちの冒険仲間にして、森林惑星出身の《魔法使い》。あんな柔らかそうな服で過酷な宇宙を旅することができるのは、彼女がエルフェン族だからだった。

 エルフェン族は、己の精神を高次元に接続することで、ディラックの海から《魔素マナ》と呼ばれる精神反応物質を取り出すことができる。その力で物理法則の理を書き換える者たちを《魔法使い》と呼ぶ。要するに超能力者ESPだ。

 ラ=サの銀の瞳が店内をさ迷う。

 カールスと目が合った。

 にこりともせずに彼女はカールスとホップテップのほうへと足を踏み出した。

 小声でホップテップが囁いてくる。

「おい、ラ=サのやつ、なんか見慣れねえやつを連れてるぜ」

 彼女の後ろには、身の丈が彼女よりも頭ふたつ低いくせに、胴回りは彼女の倍はありそうな厳つい男が付いてくる。

「ドゥエルン族か」

 男は地球出身テラリアンでも、フラットランナー族でも、エルフェン族でもない。銀河の四種族の最後のひとつ、ドゥエルン族だった。

 ドゥエルン族は地球の三倍に達するという母星の強い重力に抗するために頑健な身体を発達させた。その筋力は銀河の四種族の中でも突出しており、力仕事といえばドゥエルン族に依頼するのが常だった。

 だが──ラ=サの後ろにいるのは──。

「あいつ、僧侶だ」

 ドゥエルン族は重力に抗する自らの種族の強靭な肉体を愛することで知られている。反面、目に見えないもの、実体のないものを頼ることを良しとしない。ドゥエルン族には僧職に就く者は稀である。

 だが、厳つい男はどう見ても僧服らしき白い衣を身に纏っている。袖には赤い線が複雑な紋様を描いており、服の合わせには銀糸が織り込まれていた。

「《胚種広布パンスペルミア教》か」

「しかも、《司祭》だぜ」

「どうしてわかる?」

「ほら、あの星飾り」

 男の服の胸元には銀の星が徽章として飾られていた。

「星に三本の線が添えてあるだろ。あの線を入れられるのは《司祭》以上だったはずだ」

「ドゥエルン族の《司祭》なんて初めて見たぞ」

 いったい何者なんだ、とカールスとホップテップは友人の後ろにいる男を凝視していた。

 ラ=サが近づいてきて頭を下げた。

「待ち合わせに遅れてごめんなさい、カールス」

「いや俺たちも、いま来たところさ。おかえり、ラ=サ。で、そちらの方は?」

 ちらりと背後に視線を送る。

「その話はあとで。私はお腹ぺこぺこです。何か食べたい」

「わかった」

 答えてからカールスは仕切り机カウンターの向こうにいる店主へと声をかける。

「親父。食事を四人前。それと、奥の部屋を」

 酒場の髭の親父は無言のまま机の上に板状鍵カードキーを滑らせた。

 ラ=サの目を見てわかった。

 これは表で話をすることのできない依頼をもってきたな、と。


●依頼を受ける場面


 甘ったるい声が響く。

「食後の珈琲でっす! じゃ、ごゆっくりー」

『星屑亭』の給仕娘が、にこにこと笑顔のまま皿を抱えて出て行った。

 縁飾りフリルをあしらった可愛らしい前掛け姿の給仕娘は、深夜の酒場で働ける年齢にはとても見えなかったけれど、彼女もまたフラットランナー族だ。

 本当の歳はわかったもんじゃない。

(笑顔は可愛かったけどな)

(っと、それはどうでもよくて)

 カールスは給仕娘の出て行った扉を見つめる。

 扉が閉まると同時に、自動的に魔法錠の落ちる音が響く。

 ラ=サが立ち上がって鍵がしっかりかかったかを確かめた。カールスに向かって頷きを投げてくる。

 魔法錠は《魔素》が込められた特別な錠前だ。鍵開けの魔法では開けられない。

 高価な魔道具だから、金持ちの家の門や宝物庫などに使われることが多く、酒場の部屋などに使用されることは滅多になかった。

 けれど、冒険者の集まる酒場の奥には秘密会議のできる部屋はどうしても必要なのだ。

 銀河にはけっして表には出てはならない依頼クエストが溢れている。

 無関係な人物が入り込む可能性は排除せねばならない。

 そして依頼内容を聞かれることもご法度だった。

 ラ=サが手のひらをひらりと振った。

 銀の髪が風もないのに浮き上がり、同時に銀の瞳が輝く。瞳の色が赤に変わった。その目で部屋の中を見渡す。

「問題ありません」

 そう宣言してから椅子に戻った。

 問題はない、というのは、監視や盗聴をされている恐れはないという意味だ。電子的にももちろんだが魔法的にもだ。《看破》の魔法を使って確かめた。万が一にも魔法使いの密偵スパイが居た場合は、単なる防音壁では役に立たない。彼らは電子網ネットを通して傍受の呪文を流し込んでくる。それを防ぐためには電子的な防壁だけでなく魔法的にも防壁を張っておく必要があるのだ。

「攻性電魔防壁2.0。かなり頑丈な抗魔防壁アンチマジックシェルを買いましたね。店長さん、よほど儲かっているのでしょうか」

「ま、給仕娘を雇えるほどには儲かってるんだろうな」

 カールスが前に店を訪れた二年前には見なかった顔だった。新しく雇ったのだ。

 給仕バーテンダー兼経営者である『星屑亭』の店長は冒険者相手の商売を続けて長い。儲かっているかどうかはわからないが、宇宙冒険者にとって秘密厳守が如何に大切かはわかっているだろう。

 さて、とカールスは目の前の男に向き直る。

 ドゥエルン族の《司祭》らしき男。

 聞いたばかりの名前は──。

 ホップテップがミルクを掻きまわした銀の匙で男の胸元あたりを指しながら言う。

「えっと、グムンドさん、だっけ?」

 お行儀が悪いことこの上ないが、男に対する「嘘はつくなよ」という威圧も込めているから単純に叱るわけにもいかなかった。冒険者は依頼人に舐められたら後々厄介なことになる。具体的に言うと、足下を見られて報酬を減らされる、とか。

 男はホップテップの威嚇交じりの無礼にも動じずに微笑む。

「はい。我が名を、グムンド・イル・ドゥエランバと申します。よろしくお見知りおきください」

 そう言って胸元の星飾りに手を当て、わずかに頭を下げた。

 そうそう、名前はグムンドだ。カールスは覚え直した。

 グ・ムン・ド。

 濁音と詰まる音で構成されたような名前は如何にもドゥエルンという名だ。

 ドゥエルン族の名は他の種族に比べて濁音が多くなりがちだった。一説によれば、高重力下では口を開くことさえ億劫になるので籠った音が多くなるからだとか。ドゥエルン族の名を口にするたびに、カールスたちには、彼らの頑健さや頑固さがより強調されて聞こえるのだった。

 ホップテップが匙を口の中に入れて噛みながら喋った。

「いる……ふぇことふぁ……」

「なに言ってるのかわかんねえぞ」

 ここは突っ込むところだ。

 ホップテップは、匙を口から出してから言い直した。

「あのさ。『イル』ってことは、やっぱ《司祭》さん?」

「僭越ながら、銀河大教皇様よりその職を賜っております」

 銀河大教皇──東銀河の四つの種族が奉じる宗教勢力の中で最大規模のものが《胚種広布教》であり、大教皇はそのトップに当たる役職だ。四種族の人口の一〇%──二〇〇億人を超える信徒たちを束ねているのが大教皇である。たしか、いまの大教皇はエルフェン族だという話で……。

 ホップテップとグムンドのやりとりを聞いていたカールスはそこで口を挟む。

「名前で官位がわかるのか?」

「《胚種広布教》の僧侶のミドルネームは役職によって変わるんだよ。だよね?」

「その通りでございます。ホップテップ様は物知りでございますね」

 褒められてホップテップは、てひひと笑った。

 ホップテップに対抗するかのように、いつもは無表情なラ=サがほんのりドヤ顔で言う。

「だから、この方の生来のお名前は、ぐむんど・どえらいさんになるんですよ」

「ドゥエランバでございます」

「そうそう。それです。どえらいわさん」

「ドゥエランバ、でございます」

「グムンド、でいいかな?」

「もちろんでございます、カールスさま」

「様はいらないかな。俺のこともカールスでお願いします。それよりも……」

 カールスは逆に考え込んでしまう。

《胚種広布教》の《司祭》が貧乏冒険者相手に依頼だと? 

 カールスはグムンドから視線を外し、仲間である魔法使いに目を向けた。

「ラ=サ」

「はい。何でしょう」

「どこから受けた依頼なんだ? おまえ、《胚種広布教》のお偉いさんに知り合いなんていたっけ?」

 カールスの問いにラ=サは銀の瞳をぱちくりとしばたたかせた。意外な言葉を聞いたと言わんばかりだった。

「えっ……? もしかして言ってなかったでしたか」

「なにを?」

「今の大教皇は、私の部族出身だと」

 ラ=サがさらっと言い放った言葉にカールスは目を瞠り、ホップテップは珈琲を吹き出した。

「げほげほげほ! っ、なんだってぇ?」

 ホップテップは口許の珈琲を拭いながら信じられないとばかりに言った。

「だから、現在の銀河大教皇──ア・アルグ・シャルラ=サノは私の従妹の祖母に当たるのです。私から見れば伯母の母親となります。言って、ませんでしたか?」

「聞いてねえ!」

 カールスとホップテップの声が重なった。

「あら、まあ」

 わずかに目を見開くと、ラ=サはぽんと両手を打ち鳴らした。

「まあでも、いま言いました。それで、叔母から尋ねられたのです。深宇宙探査船を所有している宇宙冒険者に知り合いは居ないかと。アルゴー号って、あれも一応は深宇宙探査船だと以前に伺った記憶があります」

 どの程度の距離から先を深宇宙と呼ぶかは時代によるのだが、現在では文明圏から一〇〇〇光年以上だ。そして、航続距離が片道一〇〇〇光年を越える宇宙船は少なかった。たいていの船は二〇〇光年前後だ。

「いちおうゆーな。深宇宙探査船だよ。まあ、一〇〇〇光年より先に行ったことはねえけど……。スペック的にはもっと行けるはずなんだ。二〇〇〇、いや三〇〇〇光年は往復できるはずだ」

 三〇〇〇なんて行ったことはないけどな、とカールスは口の中だけでつぶやいた。

 それでも、銀河系の差し渡しが一〇万光年であることを考えると、33分の1の距離までしか到達できないわけで、宇宙の大きさを感じてしまう。

「じゃあ、二五〇〇光年くらいは行けますね?」

「まあ、な」

 アルゴー号は、本来ならば貧乏暮らしのカールスたちが持てるような船ではない。

 スペックだけならばかなりのものだと自負できる。

 自慢の船だった。

 あの船を手に入れたときから、カールスの冒険は始まったのだ。

「よかった。私、嘘をついてしまうところでした。グムンドさん。私たちの船ならば辿りつけます」

「そのようですね」

「ちょっと待ってくれ。話を聞いてるかぎりじゃ相当遠くまで行きたいように聞こえるんだが……」

 カールスの問いにグムンドは頷いた。

「おっしゃる通りです。私たち・・が探索してほしいのはとある惑星でして」

 グムンドの言った、私『たち』という言葉に引っかかった。だが、それよりもまず確かめたいことがあった。

「惑星だと?」

「E22と呼ばれております」

「22……ナンバリングスターか! ……居住可能惑星だっていうのか」

 居住可能惑星というのは、文字通りに辿りついて着陸すれば、すぐそのまま生活できるような惑星のことを言う。

 重力が地球からドゥエルン程度まで、酸素は必須。水が液体として存在しうる、などなど。つまり恒星の生存可能領域ハビタルゾーン内に惑星が存在する必要があった。無論そんな惑星は極めて珍しい。文明圏から近ければすぐさま移住が始まる。しかし大抵の居住可能とされている惑星は、電波や重力波、あるいは深宇宙探査を専門に行うロボット宇宙船によって見つけられているだけだ。

 E22。

 東銀河で二十二番目に見つかった惑星という意味なのだが、問題は距離だ。

「ここからだと、二五〇〇光年先になります」

「ラ=サが二五〇〇光年くらい行けるか? と訊いたのはそういうことか」

 眩暈がするほど遠い。

 しかし……。こうなると、先ほど棚上げしておいた疑問が重要になってくる。

「なあ、グムンドさん。私『たち』が探索してほしいっていうのは、どういう意味かな?」

「なにか、疑問でも?」

「銀河の四種族はだいたい一〇〇光年内の球状の宙域に広がっているよな?」

「はい。我が母星は太陽系からですと、二八光年先、東銀河文明圏の最北にあります」

 半径わずか五〇光年が東銀河文明圏なのだ。

「だから、二五〇〇光年先となれば、文明圏から見ればド田舎だ。そんな不便きわまりない宙域にある居住可能惑星の調査なんて、単なる《司祭》様おひとりの関心事だとは思えない。ってことは仲間がいるってことだと思うんだが。そのお仲間さんって誰だい?」

「私が代表では何か問題が?」

 厳つい髭に覆われた口許が弓の形をつくる。心の底を見せない笑みだった。

 人によっては安心感を得る笑みだ。

 だがカールスは背筋にひんやりとした冷たさを感じた。グムンドは暗に、自分の背後にいる人物の素性は明かせない、と言ったことになる。

 依頼人の秘密を守ることは冒険者には当然のことだったが、それでも信用してくれる者ばかりではない。依頼の内容が大げさであればあるほど、依頼主も慎重になる。

 ラ=サは叔母から打診された。つまり現銀河大教皇の娘から内々にということだ。

 そして見込みがありそうだと見て依頼を決めて《司祭》を派遣してきた。ということは、その依頼主は《司祭》職以上のはずだ。それこそもしかしたら銀河大教皇自身……。

「そこに何があるんだ?」

「E22は観測によって重力が変動する惑星であることがわかりました」

「なに!?」

「およそ、0・8Gから1・3Gの間を不規則に・・・・変動しているのです」

「んな、ばかな。そんなことがあったら惑星の軌道がぐちゃぐちゃにならねえか?」

「軌道は極めて安定しているようです」

「なぜわかる」

「それは、カールス様ならば簡単にご推察できることと思いますが……。一〇〇光年ごとの観測データがありますから」

 言われて気づく。距離が二五〇〇光年ということは惑星から出た光は二五〇〇年かかって文明圏に辿りつくわけだ。逆に言えば、例えば一〇〇光年ごとにロボット探査機を送り込んで観測データを拾えば一〇〇年ごとの軌道データを採取できるわけで……。

「つまり、その惑星は二五〇〇年間は少なくとも安定して存在している?」

「と、思われます。ゆえに、その重力変動は管理されている・・・・・・・と言えるかと」

「重力制御……」

「はい」

 グムンドの笑みを絶やさぬ顔から笑顔が消えた。にこりともせずに頷き、そしてゆっくりと言い聞かせるように語る。

「重力制御は東銀河の四種族の誰もが喉から手が出るほど欲しがっている技術です。それがあればより早くより遠くまで宇宙船を送り出せる。我が東銀河の状況が一変するといっても過言ではない。《胚種広布教》にとっても福音を広めるためにはぜひとも手にしたいものなのです」

 話を聞かされているカールスたち三人ともがごくりと唾を呑んだ。

 間違いない。本当にそのE22という惑星に重力制御の技術があるならば銀河史に残る大発見だった。

「その惑星の探索をお願いしたい。政府は動けないのです。あるかないかわからない技術が世間に確たる証拠もなしにあるものとして広まってしまうと、期待も大きくなりますが、なかったときの失望も大きくなります」

 ホップテップが頷いた。

「政府が調査に乗り出したってなったら、期待感も信憑性も上がっちゃうしなー」

「それで、俺たちみたいな英雄には程遠い宇宙冒険者に依頼したいってわけか」

「カールス様は『凄腕』とお聞きしたのです」

 お世辞だとは思ったが、いったい誰に吹き込まれたのかは気になった。

 ラ=サをじろりと睨む。顔色ひとつ変えずに「はい。そう言いました」と応えた。

「でも、カールスはいつも言っていたはずです」

「言ってた? なにをだよ」

「『あー、宝の話でも降ってこねえかなぁ』って」

 平坦な声で口真似されてもちっとも似てなかった。

「あ、それ、さっきも言ってたよ」

「で、ホップテップさんが、そんな美味い話が僕たちみたいな駆け出しの冒険者にやってくるはずないだろって言い返すんです。そうすると、カールスが言い返しますよね。駆け出しでも、俺たちは腕は確かだぜって」

「う、ぐ」

「ちがうんですか?」

「ち、ちがわねえよ! こいつの腕なら誰にも負けない自信がある」

 腰帯ホルスターからブラスター銃を抜き取って手の中に持った。カールスの相棒の銃だ。親父の形見だった。

 グムンドの顔にふたたび笑みが浮かぶ。

「では私は、とびきり凄腕の冒険者に依頼をさせていただけるわけだ。頼みましたよ。もちろん──調査報酬ははずみます。一万銀河クリプトでどうでしょう」

 示した報酬額は相場の軽く一桁上だった。船を改修どころか新調してもお釣りがくる。

 全員が金額に黙り込む。

「該当惑星に何もなく無駄足だったとしても報酬は払います。なにしろ片道二五〇〇光年の旅ですから。ただ、条件として私も乗員として乗せていただきます」

「お目付け役ってことか」

「みなさんを信頼していないわけではないですが」

「わかった」

「では、受けていただけるのですね」 

 カールスは仲間たちの目を確認してから言う。

「ああ。その依頼、受けるよ。なにより──俺もその重力変動惑星に興味がある」

 カールスは言った。

 五つの歳、カールスはたったひとりで育ててくれた親父を亡くした。完全環境都市であるはずの《オクシア・クレイドル》の天井が崩落し、生き埋めになったのだ。形見といえば父親が宇宙冒険者だった時代に手に入れたというブラスター銃のみ。それだけを抱えてクリュセの孤児院に引き取られた。

 それからの日々。夜になるたびに交互に星の空に昇るふたつの月──フォボスとダイモスを眺めながら夢想していた。

 親父のように冒険者になるのを夢見てきたのだ。

 白い銃身に青い流星が輝くブラスター銃を握りしめる。

「こんな依頼を逃すようじゃ、なんのために冒険者になったんだって。星界の果てのお宝だぞ。行かねえでどうする」

「《魔法使い》としても、とても興味のある星です」

「報酬も魅力的だしね!」

 カールスは仲間たちを見回してからブラスター銃を掲げる。

「行こう!」

 全員がいっせいに頷いた。

 E22──東銀河の果ての星。

 二五〇〇光年先の冒険の始まりだった。 


●主人公が冒険の動機を回想する場面。旅立つ前に、育った孤児院を訪問する。


 風に舞う砂は赤い鉄錆の色。

 見上げるのはピンク色の空。

《クリュセ平原》。

 火星の赤道からやや北側に広がる平原は、黄金を意味する名前とは似ても似つかない赤い砂漠だった。

 進まない居住可能土地化テラフォーミングのしわ寄せで、火星全土が緑に覆われるまでには、あと五〇〇年はかかると言われている。完全環境都市の外の荒地は、薄い酸素の中を息を切らしながら歩く必要があった。

 それでも、都市の居住権を買えないような貧困にあえぐ者たちは、そんな荒地に住むしかない。

 都市のドームに寄生するかのように、聳え立つ壁にへばりつくようにして、その小さな家は存在していた。

 カールスの歩く道の先に、壊れかけの看板が見える。

銀鈴ぎんれいの里》。

 鈴を鳴らすのは神を呼ぶためだというが、その家が造られてから今に至るまで神様が立ち寄ってくれたとは思えない。神々の祝福があれば住む人間たちはとっくにもっと幸せになっていただろう。

 ボロを絵に描いたような二階建ての家だ。

 カールスの育った家。

 いわゆる孤児院だった。

 二年ぶりの再訪に、カールスは建物を見つめる。

 三角形の切妻の屋根は、雨の降らない、ましてや雪など降らないクリュセ平原では必要のない形のはずだったが、自動機械が作る廉価なお仕着せの住宅だからしかたない。火星のどこに行っても同じ形の建物が山ほど存在している。

 ただ、ここまで壊れそうな家はそう多くはないだろう。

「そろそろ直さねえとつぶれるんじゃねえかな、これ」

 金がまた必要になりそうだなと思いながら、キィ、と軋む音を響かせて錆の浮いた門を開く。錆は錆を呼ぶ。火星の赤い大気の中では鉄はあっという間に朽ちて果てるのだ。

「これも……、そろそろ付け替えないと駄目か」

 カールスは眉根を寄せつつそろりと門を閉じようとした。

 さして力を入れたつもりはなかったのに、閉じようとして手を動かした途端に、右側の門が斜めに傾いで取れてしまった。

「あー! こーわした!」

 ぎくり、とカールスは身を竦すくませつつ振り返る。

 火星の砂のような赤毛の、八つほどに見える女の子がカールスを指さして言い立てる。

「カールス兄ちゃんが、門をこーわした!」

「ち、ちがう。これはちがうんだ。って、おい待て!」

「こーわした! マムー! にいちゃんが門をこわしたー!」

 女の子は楽しそうに囃し立てながら庭を駆けもどり、建物の中へと入っていった。

 残されたカールスは眉を垂れさせ頭を掻く。

「ま……しゃあねえか」

 金色の髪の下に覗く琥珀色の瞳が赤い空の下でややくすんで見えた。

 踏み石を踏んでカールスは扉に辿りつくと、ノックもせずに引き開けた。小さく声を発する。

「帰ったよ」

 奥から七十に手が届きそうな女性が姿を現した。

 若かった頃は艶やかに輝いていたという褐色の髪を白くして、顔にも歳月を感じさせる皺が彫り込まれている。腰こそ曲がってはいないものの、カールスが覚えている二年前の姿よりも背がまた少し小さくなった気がした。

「おかえり」

 そう返す老女の背後には、初等教育に通うほどの年頃の子どもたちが、腰にしがみつくようにしておそるおそるカールスのことを窺っている。

「ふたり……増えたか」

「数だけならば、そうなるね」

「そう、か」

 訊ねてこれなかった間に、孤児院を卒業できる歳の子はいなかったはずだ。ということはどういうことか。

 言われなくともカールスには判っている。都市の外に造られた孤児院というものは、親を失った子どもを育てるには充分な環境とは言い難かった。

「ほら。みんな挨拶をし。あんたたちの兄貴分だよ」

 背中に隠れる子どもたちを老女は前に押し出そうとするのだが、どの子もおそるおそるといった感じで出てこない。

 カールスがこの家を訪れるのは二年ぶりになる。だが、年端もいかない子どもでは、二年も前に束の間だけ立ち寄った男の事など覚えていないだろう。

「ほら。マーサ。あんたはこの悪ガキを覚えてるんだろ」

 マーサと呼ばれた少女が首だけ出してカールスに対して舌を突き出した。

 その顔にカールスはかすかに覚えがあると思った。

 二年前には男の子と見まちがうほどだったが、背も伸びて、髪も長いからすっかり女の子だった。

「おまえ、ほんとうにマーサか。こんなにちっこかったのに」

 カールスは「こんなに」と言いながら自分の腰のあたりの空間を撫でた。子どもの成長は早い。マーサの背はもうカールスの胸のあたりまであった。

「いっつの話なのよ!」

「……二年前だけど」

「ふん! 兄ちゃんなんかキライ! すぐまた来るって言ってたくせに!」

 そう言い捨てると、くるりと背を翻して家の奥へと駆けていってしまった。背中を見送りながら老女が深く溜息をつく。

「あんたが行ってから半年くらいは毎日聞いてきたもんだよ。『明日はカールス兄ちゃんくる?』ってね」

「それは……」

 確かにあのときはそう言った記憶がある。またすぐに遊びに来るよ、と。けれど、カールスがその後に受けた依頼は行って帰ってくるだけで二年が過ぎた。

「そんな顔をするんじゃない。あの子だってわかっちゃいるんだから。まあ、あがっておいき。夕飯を食べていく時間くらいはあるんだろう?」

「それくらい、なら」

「ほら、みんな部屋に行くんだよ。勉強が終わってないだろ」

 はーい、とすこしばかり不満の滲む声で子どもたちが返事をした。蜘蛛の子を散らすように奥へと走っていく。

 背中を向けて歩きながら老女がカールスへと問う。

「で、次はいつまで行ってるんだい?」

「六……いや、七年かな。二五〇〇光年だから。片道だけで三年かかる」

 老女はふたたび溜息をついた。

「まったく宇宙船乗りってのは、どうしてこうも親不孝ものばかりなんだろうね。この老いぼれにさらに七年も長生きしろってのかい?」

「余裕だろ」

 軽口を叩いて返したものの、カールスにも確信をもてているわけではなかった。

 光の速度で飛べる宇宙船であっても、二五〇〇光年先の惑星には、辿りつくだけで二五〇〇年かかるのだ。

 それを二年半で踏破できるだけでも画期的だった。

 一六世紀の地球にまで歴史を遡ってみれば。世界一周を成し遂げたマゼラン艦隊は一五一九年九月二〇日にスペインを旅立ち、一五二二年の九月六日に帰還した。

 つまり世界一周におよそ三年かかった

 そこから八十日間ほどで、つまり、およそ三か月ほどで世界一周をできるようになったのが一八八九年である。三〇〇年も掛かっている。

 では、今から三〇〇年もあれば同じように三年の歳月を三か月に縮めることができるようになるだろうか? 

 カールスは「それは難しいだろう」と思っている。

 現在よりも宇宙を移動する時間をさらに縮めるためには、宇宙船を一瞬で光速度まで加速する技術が必要だとされていた。いや、加速するだけならば可能だ。エネルギーさえあれば。問題は人体がそれだけの加速に耐えられないことだった。加速度は人を殺すのである。

 重力制御の技術──それなしに宇宙の旅にかかる時間はこれより短く縮められない。

「できるだけ早く戻るよ」

「気にしちゃいないよ。のんびりおやり」

 それは暗に危険なことをするなと告げているのだった。カールスには伝わっている。

 だからこそ、願う。

 いつかではなく、今すぐにも星の果てまで一瞬で到達できる技術が欲しいと。

「俺の夢はお宝を見つけて、この家をでかくすることなんだよ」

 カールスがそう言うと、老女がふんと鼻を鳴らした。

「知ってるよ」

「そりゃどうも」

「だからって危ないことはしないでおくれ。マーサだって哀しむんだからね」

おっかさんマムもかい?」

「はん! ナメんじゃないよ。そんな感傷なんてこの歳になるとね。とうに干からびちまうもんなんだから」

 威勢の良い育ての親の言葉にカールスは肩を竦め、そのまま背中を追いかけた。それでも、と思う。できるだけ早くお宝を見つけてやりたいと。

 おっかさんが生きてるうちにさ。

 ささやくようなつぶやきは──。

 火星の風が揺らす窓の音に遮られ、背中を向けていた老女には届かなかった。

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③東銀河の冒険手引き《ルールブック》~黄昏の星の歌~ はせがわみやび @miyabi_hasegawa

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