第8話 ギフトカードの使用期限は十年だけど、友情に期限はない

「おやすみなさい、お母さん」


 夜十時。自分の部屋に戻った秀一は、明かりを豆電球だけにした。

 鞄から今日もらったギフトカードを取り出し、ベッドに座って眺める。


 このギフトカードは使用期間として十年は保証されているらしい。

 だから今は親の許しがなくて使えなくとも、将来自分の必要な時に使えるのだそうだ。

 ほの暗い豆電球に浮かんだカードを眺めながら、秀一は初めて友也と言葉を交わした日のことを思い出した。


 小学校一年生の冬の終わりだ。

 とても中途半端な時期に親の仕事の都合で転校した友也は、あの日びくびくしながら教室に足を踏み入れた。

 現実は、物語の始まりみたいに先生と教室に入り、紹介されるわけではない。

 知らない空間に自分で足を踏み入れ、あらかじめ指定されていた席につく。

 周囲が転校生の存在にざわめくのを感じる。居心地の悪い思いをしながら、秀一は周りの視線を避けるため、うつむいて座っていた。


「なあなあ、どっから来たの? 今日遊べる?」


 その一言に弾けるように顔を上げる。

 友也は今と変わらない笑顔で、秀一の前の席に腰掛けた。そして、まるで昨日も自分が教室にいたかのように尋ねて来た。

「今日は……無理だよ。まだ引っ越してきたばかりだし……」

 そう言う秀一に友也は、ふうん、じゃあまた今度なーと返した。

 秀一はそんな友也にとても驚いた。


 それからすぐに友也とは新学期のクラス替えで分かれてしまったし、秀一が誰かと遊ぶことはなかったけれど、数年が経ち再び同じクラスになった友也は、またもやあっさりと秀一を誘った。昼休みのドッジボールに、休日の脱出ゲーム。


 本当はとても嬉しかった。友達を分け隔てずに遊べる彼が、羨ましかった。

 あの数年前の「遊べる?」という一言。

 断ってしまったが、やっぱりその答えをどうしても返したくて、秀一は初めて行動した。


 友也が一人になるまで待って、追いかけた。

 自分は行かなくとも友也にはたくさんの友達がいる。自分は友也にとってその他大勢の一人。そんな気持ちがずっと根底にあった。

 でも、勇気を出して良かった。


 一緒に行った脱出ゲームはとても楽しかった。

 校外学習とかでグループ行動はしたことはあったけれど、こんなふうに友達と遊ぶのは初めての出来事だった。

 そして友也のお父さんの話を聞いて、自分の将来や価値観バイアスが根底から覆された気分だった。


 ギフトカードはずっととっておこう、と秀一は思った。

 友也はまた明日も学校に行けば皆と遊ぶだろう。

 そこに自分は入れるかどうかまだわからないけれど。


 秀一はギフトカードを自分のお気に入りの文庫本に挟み、引き出しの奥にしまった。

 そして豆電球を消して、ベッドに入る。


 おやすみなさい。そしてまた、一緒に遊べる日が何度でもありますように。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バイアス×脱出ゲーム @murasaki-yoka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ