第7話 ダブルバインドには要注意

 僕たちは無事にゲームをクリア出来た。

 先に出ていた子たちはすごく驚いていた。


 さて、肝心の景品なんだけど、もらったのは大手サイトのギフトカードだった。……確かにほしいものを何でも買えるけど。


 それよりも気になったことがある。

 皆が口々に感想を言いながら帰る中、僕は秀一にちょっと待ってもらって、元々持っていた方の携帯電話を取り出した。

(ゲームで使用したスマホはもちろん回収された。)


 そして登録していた番号に電話をする。

 数回のコールですぐに相手は出てくれた。

「お、友也。どうしたんだ。お前からかけてくるって珍しいな」


「父さん、ゲーム楽しかったよ。これ作ったの、父さんでしょ?」


「よくわかったな」

 秀一は驚いた顔をする。

「今友達と一緒なんだ。スピーカーモードにするね」

 そう言って、秀一にも父さんの声が聞こえるようにした。


「初めまして、友也くんと同じクラスの高峰秀一です」

「秀一くんか。初めまして。友也の父親です。今回は俺たち研究チームが考えた『バイアス×脱出ゲーム』に、参加してくれてありがとう。率直にいってどうだった?」

「楽しかったです。とても」

「父さん、バイアスって?」

 初めて聞く単語に、僕は訊ねた。


「バイアスっていうのは、思考の偏りや先入観などを表す言葉だ。今回心理学の研究だったから、それに沿った内容になったんだ」

「あー! だからちょっと変な問題だったんだ。最初の二人組作れ、とか」


「奇数になった時どうするのか、問題な。別にあれは必ず二人組にする必要はないんだ。現実世界では二人でしないといけない作業の時、余ること普通にあるだろ? 音声ちょっと解析したけど、誰かさんは誘ってあげたんだってなあ。えらかったなあ」


「ちょ、やめてよ、父さん!」

 僕は慌てて止めた。

 友達の前で褒められるのは、ちょっと恥ずかしい。

 秀一は少し笑うと、話を変えるように言ってくれた。


「選択的認知テストも面白かったです」

「よく知ってたなあ。秀一くん、学力テストも良かっただろ」

「秀一、満点だったよ」

「理科室のは、頭が良くなる=勉強というバイアスを取っ払えるかによって、選ぶ問題が変わってくるんだ。自分の好きな分野を選べたら強い」


 なるほど。そういう意図だったのか。

 それから他の課題のQRコード交換は、実は同じペアの子と交換してもクリア出来てしまうことや、一緒に協力して写真を撮る課題はサービス問題だったことなど、ゲームの裏設定を教えてくれた。


「最後のどちらかを選びましょう、は入れるかどうしようか悩んだ。実はこの問題は二択じゃないっていうことが、ヒントボタン押したら、表示される仕様になってるんだけど、思考がストップするとなかなかヒント押せなかっただろう」

 僕らは頷いた。あの問題に対して、ヒントボタンを押すなんて考えもしなかった。


「現実は、本当は二択じゃないこともあるし、逆に本当にどちらかしか選べない時もある、そんな時にどうやって決めるのか。正しい答えなんかないし、それぞれのペアの分だけ答えがある。それでも、皆自分のことだけじゃなくて、相手のことも含めて考えられたらいいなって思ったんだ」


「ヒントがまさかのパンフレットだったからね。でもだからこそ、僕は、これ作ったの父さんだなーって思えたよ」

「なるほど、AEDでバレたのか」

 僕は秀一の方を見た。


「僕の父さんも医者なんだよね」

「え!」

 秀一は驚いて目を見張る。

「ゲーム関連の心理学や脳科学を研究している人なのかなって思ってたけど……」

「何で医者がゲーム作りしてるかって? 繋がってないようで、意外と繋がっているんだなー、これが」

 父さんは楽しげに話した。


「俺は子供たちを元気にさせたい、という夢があって医者になったんだけども、元気にさせるのって難しいんだよ。だって治療ってしんどいし。

 でも遊んでいる間って、どれだけしんどい子も皆すごく良い笑顔になるんだ。元気になって笑顔を見せてくれたら、それはやっぱり嬉しい。医者やってて良かったーってなる。

 でもそうじゃない子もたくさんいた。病院とか、それ以外の職場も色々経験したよ。悲しい経験もあった。だからこそ俺は、世界で一番子供を笑顔にさせる医者になるんだ」


 僕は夢を語る父さんの話が好きだ。僕も医者になるかはともかくとして、誰かを笑顔にする仕事がしたいなって思う。

「今回のゲームも、そういう研究の一環でね。ゲームを通して、普段勉強をしている子たちに、遊ぶ楽しみを知ってほしかったんだ」


 塾の経営をしている人たちに許可をとって、塾の周辺でチラシを配布していたらしい。だから、秀一と同じ塾の人が多かったというわけだ。

「すごい……医者でこんな人いるんだ」

 秀一は呟く。その目はいつもより輝いている気がした。

いつも秀一は勉強ばっかりだから父さんと合うかなあと思ったけど、良かったみたいだ。


 そして僕は、じゃあまた帰ったらね、と電話を切った。

 気が付いたら辺りは夕焼け色に染まっている。

 僕たちは駐輪場に戻り、自転車にまたがった。


「今日は誘ってくれてありがとう。君のお父さんと話せて良かったよ。僕の決まっていた将来がすごく広がった」

 秀一は、振り返ってそう言った。

「そうかな? 楽しかったなら良かったよ。これからもよろしくな」

 僕はにこーっと笑う。

 秀一とまた学校でも遊べたらいいなあと思った。

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