存在価値編(四十)

「僕の存在価値って、容姿がいい以外になにかあるんだろうか?」

 いきなりクリスが言い出した。

 また、小難しい事、考えてやがるな。

 しかも、なんだ?

 俺がべっぴんだって散々言っても、気付いてねえみてえだったのに、どうしたんだ?

 実は気付いててとぼけてやがったのか?

 だが、そんな事にいちいち突っ込んでいちゃ話が進まねえ。

 俺はえず、話をそらさず聞いてみる事にした。

「なに言ってんだ? 頭もいいだろ」

 こいつの知能指数ちのうしすうはどえらく高い。

 前に、俺の部屋で知能テストを受けたのを見てた事があるが、すげえ結果が返って来ていやがった。

 おまけに、そのあと受け直したテストの成績もやばかったらしい。

「ああ、そうかも」

 忘れてたみてえに言ってんじゃねえよ!

「だけど、歳はとるじゃない? それで容姿が悪くなくなったら、僕の存在価値ってなくなるのかな?」

「聞いてるか? 頭がいいって言ってんだろ?」

 これだけ頭がよけりゃ、なんの問題もねえだろ。

「他に、僕の価値ってなんだろう?」

 また難しい事、考え始めやがったな。

「そんなもんいくらでもあるだろ……」

「例えば?」

「体も最高だな」

 俺が言ったら、足をって来やがった。

「そんな存在価値はいらない」

 いらねえと言いながら、こいつはよく男を引っ掛けて寝ている。

 それが、存在価値に入らねえとか意味が分からねえ。

「じゃあ、何ならいいんだよ」

「だから、それを聞いてるんじゃない!」

 そんな文句を言われたって、俺が言ってるのをことごとく否定してるのはクリスの方じゃねえか。

「だから、さっきから答えてるだろうが」

 それに、クリスが不満そうに顔をしかめる。

「答えになってない」

「じゃあ、何を言ったら答えになるんだよ!」

 俺にはクリスの求めている答えが全く分からねえ。

「じゃあ、やっぱり僕に存在価値はないんだ」

 随分ずいぶんと極端な方に飛んじまったな、おい。

「だから、さっきからあるって言ってんだろ!」

「例えば?」

「例えばだなあ……。性格が悪いところか?」

「それ存在価値じゃないし、先生以外に需要じゅようがあるの?」

「そう言う層も、一定数いるだろ」

「その一定数がどういう層か知らないけど、少なくともまともじゃないのはよく分かる」

「まあ、変態だろうな」

「変態は先生だけで十分だ」

 お。

 俺は許されてる訳だな。

 だが、こいつの良いところなんざ、自分で隠してるんだから、他のやつに通じる訳がねえじゃねえか。

 だが、まあ問題はねえ。

「頭が良けりゃ会社に需要があんだろ」

「うーん……」

「なんだ、まだ考えてんのか?」

「ボケたらどうしよう?」

「そんな先の事、ガキが考えてんじゃねえよ」

「だって、僕の見た目も頭も良くなかったら、生きている価値なんてないよね?」

「お前、今、世界の大半の人間を敵にまわしたな」

 今、この瞬間、俺も敵にまわしたしな。

 そう思っていたら、クリスが俺の心を読んだみてえに言いやがった。

「先生は頭いいじゃない」

 まあ、この前受けた俺のテスト結果は悪くなかったらしい。

 だが、クリスに比べたら天と地よりも差があるだろ。

「じゃあ、お前の存在価値も見た目と頭の良さでいいんじゃねえか」

「だから、それがなくなった時の存在価値だって!」

 面倒になって来たから「存在価値なんてねえ」って言いてえが、そんな事を言ったら落ち込むのは分かりきってる。

 だが、クリスがどんな答えを求めてるか全く分からねえ。

 性格がいいって褒めたところで信じねえだろうしな。


詐欺師さぎしになる才能はあるから、それで食ってけよ」

「食べていくとかそういう問題じゃないよ。それに、僕は先生みたいに犯罪者にはなりたくないんだ」

 俺は人を殺して捕まったことはあるが、こいつだって人を殺してる。

「自分の事を棚上げしてんじゃねえよ」

 クリスは、小さい時に性的虐待せいてきぎゃくたいをしていた父親を殺してる。

 そりゃあ、まあ理由もあるし分かりはする。

 だが、この前、拷問ごうもんしたあと殺す予定だった相手を俺の代わりに殺したのは、どう考えたって違うだろ。

「あ。忘れてた。ほら、ボケてる!」

「お前が忘れるわけねえだろ。ふざけんな!」

 クリスは、なんか「超記憶症候群ちょうきおくしょうこうぐん」てやつで、経験した事は絶対忘れねえらしい。

 政治家の「記憶にありません」以上に信用がおけねえ。


 だが、こうやってやり取りしているうちにも、クリスがどんどん塞ぎ込んできやがる。

 クリスをなだめてみるんだが、落ち込んだままだ。

 俺には、どうやったらクリスが元気になるのか、さっぱり分からねえ。

「ああ。もう面倒くせえな。とりあえず俺に需要があるからそれでいいだろ!」

 何回これ言わせるんだよ。

 俺はクリスに告白して、もう振られてるんだぞ。

 こんな訳の分からねえ質問に、根気よく付き合ってやってるんだから、存在価値があるって気付けよ。

 こっちが考え込んじまうじゃねえか。


 俺が、こんなに親身しんみになって考えてるってえのに、クリスがこんな事を言ってきやがった。


「先生に需要があるのは知ってる! 僕は他に何かないかって聞いてるんだよ!」


「なら、俺以外のやつに聞けよ!」


 クリスが元気なら、それでいいっちゃあいい。

 だが、俺にだって言いてえ事はある。


「今は『拷問』の授業で、クリスのお悩み相談室じゃねえんだよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

頑張れレイ先生(閉じられた自由の中で番外編) 汐なぎ(うしおなぎ) @ushionagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ