自然体編(三十九)

 クリスの周りは大人ばかりだ。

 まあ、ここが会社っていうのもあるが、子供なんてクリスしかいねえ。

 だからなんだろうな。

 大人っぽいっつうか、無理してるっつうか……。

 今日、クリスが他の奴と話してるのをたまたま見かけたんだが、俺の知ってるクリスとの違いにカルチャーショックみたいなのを感じちまった。

 まず、表情がねえ。

 声も平坦で抑揚もねえ。

 相手が嫌いな奴だったのかもしれねえが、あれじゃロボットだ。

 それだけ、俺には心を許してるって言う事か?

 そうだったら嬉しい限りだし、独り占め感はたまらねえ。

 だが、あいつの事を考えると、このままじゃいけねえと思うんだよな。

 それで、授業の後、クリスに聞いてみる事にした。


「おい、クリス」

「なに?」

 クリスはいつものように、服も着ないでウロチョロしてやがる。

 いっぺん、裸で歩き回るんじゃねえって注意したんだが聞きゃあしねえ。

「やっぱり露出狂だな」

「違う!」

 クリスがスリッパを投げて来たがったから、はたき落としといた。

 しかし、文句を言いながらも、大人しく服は着始めた。

「お前、本当に襲われるぞ?」

 クリスはまだガキだが、どえらいべっぴんだからな。

 欲情する奴もいっぱいいるだろ。

 まあ、かく言う俺もその一人だしな。

 それに、なんだ?

 こいつの言うところの「ぺド」って奴にはたまらねえご馳走だろう。


 いや、クリスの裸の話は今はどうでもいい。

 どうでもよくはねえが、俺が言いたいのはそれじゃねえ。

「お前が他の奴と話してるのを見かけたんだけどな」

 俺が言うと、クリスがしれっと言いやがった。

「なに? 先生、嫉妬しっと? ダメだよ先生。嫉妬は人を醜くするよ」

「ちげえよ!」

「じゃあなに?」

「いや、お前、無理してんじゃねえかと思ってな」

 俺は真剣に心配してる訳だが、こいつは聞いちゃあいねえ。

「先生の授業の時は、いつも無理してるよ?」

 なにを今更って感じで返しやがった!

 しかも、あきれたようにため息までついてやがる!

 そりゃ、俺の授業は拷問ごうもんの授業なんだから無理はするだろ。

 だが、俺が言いたいのはそれじゃねえ!

「授業の事を言ってるんじゃねえよ。お前がここで生活している上でって話だ」

「だから言ってるじゃない。先生の授業以上に無理する事なんてあるはずがないよ」

 こいつ知ってて言ってやがるな。

「じゃあ、お前がロボットだったって事でいいんだな?」

 俺が聞くと、クリスが眉をひそめる。

「なにを言ってるのか意味が分からないよ」

 こいつと話してると、全く話が進まねえ!


「いつもあんな無表情で相手してるのか?」

「先生、立ち聞きはよくないよ」

「してねえよ!」

「じゃあ、あれだ。ストーカー」

「違うっつってんだろ!」

「じゃあ、なに?」

 俺がせっかく本題に入ったのに、茶化ちゃかしてんのは自分じゃねえか。

 相変わらず、こいつ相手はやりにくいな。

「もっと生活する上でだな。子供らしくというか、もっと自然にだな……」

「先生。前、僕に隙を見せるなって言わなかったっけ?」

「隙を作るのと自然体は違えよ」

 クリスは思いっきり面倒くさそうにため息をつきやがった。

「先生。子供らしくって言うけど、ここは会社だよ? それなら、社会人として適した振る舞いというものがあると思うんだ」

 こいつ、どの口が言ってんだ?

 クリスが敬語で話してるとこなんざ、俺は一回も見た事ねえぞ?

「適した振る舞いが出来てねえ奴が言ってんじゃねえよ!」

 ダメだ。

 本気で話が進まねえ……。


「先生。僕にとって自然体は隙を作ると同義だよ」

 やっと、まともに話し始めたな。

「なんでそうなるんだ?」

「裸で歩き回るのは危険でしょ? と言う意味」

 確かに、気を抜いて裸で歩き回られちゃ困る。

 教室だけじゃなくて、自室でも裸でいたりするって言うから注意はしたぞ?

 だが、それとこれは違うだろ。

「無防備と自然体は違うだろ!」

「同じだって」

 クリスがため息混じりに言ってくる。

 確かに、敵か味方かも分からねえ奴らのいるところで、自然体でいろってのも無理な話だよな。

 クリスは頭がいいって理由で、軟禁状態になっている。

 それも含めて、ここはクリスとって生きにくい環境なんだろうな。

「大変だな」

 だが、俺のところでは子供っぽいところも見せるから、少しは息抜きになってるといいんだが。

 俺がしんみりとしていたら、着替えを終えたクリスがニヤリと笑った。

「同情するなら、授業内容を改善してよ」

「それとこれとは話が別だ!」

「先生、横暴!」

「前より改善してるだろうが!」

「してない!」


 その後も、なんかごねてやがったが、ここだけでも息抜きが出来てるなら良しとするか。

 まあ、俺も悪い気はしねえしな。

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