Ep.4 眩しい世界

 高校一年生の初夏。椎名を好きでいることを、やめたいと思った。


 椎名はとても優しい。いつもニコニコしていて、華やかで、みんなに愛される。引っ込み思案で卑屈な私とは大違い。未だに友達が上手く作れていない私とは違って、彼の周りにはいつも誰かがいる。生きる世界が違う。なのに、椎名は家が近くて、幼稚園からずっと一緒っていうだけで、私と今でも仲良くしてくれている。


 学校の自転車置き場。私のスカイブルーの自転車に勝手に跨っている椎名は、可愛い女の子と指を絡めて握り込むようにハイタッチしてから、バイバイと手を振って別れた。


「あ、優木」


椎名が屈託のない笑顔で私に気付く。「同じクラスの子?」と聞けば、「そう。同じクラスの穂高さん」と頷いた。


「勝手に私の自転車乗らないでよ」

「一緒に帰ろうって思って待ってた」

「穂高さんと帰りなよ」

「穂高さん、バスだから」


あ、そう。と返す。機嫌悪い? と椎名が私の顔を覗き込む。認めたくなくて、唇を嚙み込んだ。怒らないで、と言いながら、椎名が私の自転車から降りる。それから優しく、指を絡めるように私の手を握り締めた。私のささくれた心を撫でるように、その手は顔色をうかがっている。


 心が振り回される。無性に腹が立って仕方がない。私の恋心が勝手に胸の中で暴れまわる。椎名の周りにはいつも人がいて、私なんていなくても楽しい生活が送れるに決まっている。椎名に触れられるのは私だけじゃない。それを目の当たりにしまったら、もうダメだった。出会って数ヶ月の誰かは、椎名とあっという間に距離を縮めていく。


 椎名の気持ちが私と同じかどうかわからない。同じかどうかは分からないが、間違いなく椎名が私に向けているのは恋心ではないと分かる。私の手を握る理由は、きっと幼稚園の頃から変わっていなくて、幼いままだ。


 「椎名のこと、嫌いになりそう」

「そんなこと言わないでよ。なんでそんなこと言うの?」


椎名が眉を下げる。本当に傷ついたような顔をする。


「俺は、優木のこと好きだよ」

「その好きはさぁ……」


言いかけて一度口を噤む。


「やっぱり、なんでもない」

「本当? もう嫌いって言わない?」

「言わないよ。ごめん、ひどいこと言って」

「うん。帰ろ。どこか楽しいところにも寄ってさ」


そうだね、と返す。当たり前のようにサドルに座った椎名は私に後ろに乗るように促した。


 椎名のその好きはさ、私の好きとは違うと思うよ。


 言えなかった言葉を頭の中で繰り返す。


 言ってしまったらきっと、放課後に椎名が私を待っていることも、この背中を見つめることもできなくなってしまうと思う。好きでいるのをやめられたら、こんな風にもやもやすることもないのに。


 揺れる自転車。ペダルを漕ぐ椎名の背中に頬をくっつけて、流れる景色を見た。苦しいくらい世界が輝いてみえて、苦しいくらい心が弾むのは、全部全部、椎名のせいだ。

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I'm fallin' you 月野志麻 @koyoi1230

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