第48話 エピローグ『これからも、二人で』

「二人ともおめでとう!」

「あ、ありがとうございます」

『ありがとうございます』



 父の一件から二週間ほどたったとある日のこと。

 文乃さんと成瀬さんが通話しており、そこに私も混ざっている状態だった。

 本題は、コラボ企画に関する打ち合わせなのだが、そこでついでとばかり文乃さんと私の進展を報告することになった。

 まあ、報告できる相手が彼女一人しかいないというのもあるが。

 ちなみに報告が伸びた経緯としては、あまり報告することがなかったから。



「しっかし、先輩の父親がそんな感じだったとはね、なんというかある程度予想は出来てましたけど」

『ああ、そうなんですかね』



 成瀬さんとは、あまり深い話をすることがなかった。

 ただ、成瀬さんは私の背景について思うところがあったのかもしれない。

 なんというか、会話とか雰囲気で察せる部分があったのかもしれない。

 成瀬さんも、家庭環境にかなり問題を抱えている側だからね。

 成瀬さんの場合は、縁が切れているのは幸いだと思うけど。



『本当に肝が冷えました』



 何しろ、一歩間違えれば文乃さんが怪我をしてしまったかもしれない。

 壊れたのが、私で本当に良かったと思っている。

 文乃さんから聞いた話だが、あの後父とは示談になったようだ。

 器物破損に加え、精神的苦痛も含めてかなりの額を払うことになったのだとか。

 加えて、接近禁止のおまけつき。

 父は、この家にも入れなくなったようだ。

 まあ、言われなくてももう来たいとは思っていないだろうけれど。



 あの後、その場にいたお義父さんによって鎮圧されていたらしく、あれ以上のもめごとは起きなかったようだ。

 しかし、特に格闘技をやっていたとかではないらしいのだが、どうやって制圧したんだろう。

 まあ、気にしても仕方がないか。



「まあ、今更感は若干あるけど、二人がくっついたならよしだね」

「ふふふ、本当に嬉しいです。ふふふふふふ」

『文乃さん、あの、距離が近いような』

「……楽しそうだけど、二人の世界に入っちゃってない?通話切ったほうがいい?」



 その後も、コラボ企画に関する調整をして、さらに雑談しながら作業をしていた。



 ◇



「こんばんながねむー。今日も配信やっていきますよ、お耳を癒していきますね」

【こんばんながねむ】

【きちゃ!】

【実家のような安心感】



 その日の夜、しろさんはASMR配信を行った。

 マイクが変わったが、視聴者さんたちは変わらず彼女の配信を楽しんで、癒されてくれている。

 それが、私にとっては本当にありがたい。 



「今日は、いつも通り耳かきベースの配信をやっていきますよ」

【いつも通りだね】

【もう癒される】



 しろさんは様々な企画に挑戦しているのだが、実はやっているASMR配信の割合としては耳かきなどのスタンダードな配信が多い。

 毎回毎回金属音や生足のような尖った配信ばかりしているわけではないのだ。



「今日はね、耳かきする前にクリームを塗っていこうと思います」



 そういって、しろさんが取り出したのは、今まで使ったことのなかったクリームである。



「えっと、バラの香りがするらしいから、リラックスできるかなって思って使ってます。じゃあ行くよー?ぺたぺた、ぺたぺた」

【この音落ち着く】

【オノマトペと合わせてくれているのもいい】

【バラの香りがしてきた】




 しろさんの細く白い指が、耳を中心にクリームを塗りつけていく。

 バラの香りがするという、薄ピンク色のクリームが薄く引き伸ばされてぺたぺたという音を立てている。

 嗅覚など私にはないはずなのに、匂いはマイク越しに伝わるはずないのに、しろさんが言葉で、音で発信するだけで、本当にバラの濃厚な甘い香りを感じることができる。




「よしよし、最近は寒くなって乾燥してきてるからねえ。お肌の調子を保つためにもこういう保水クリームは大事なんだよ。私も同じものを使ってるからね」

【ガタッ】

【しろちゃんと同じものを】

【もしかして、使いかけのやつだったりしますか?】



 あれちょっと待ってほしい。

 それは私も聞いてないんだけどなあ。

 ちょっとドキドキしてしまう。

 いや、キスまでしておいていまさら何をと思われるかもしれないがそれとこれとは話が別である。

 そういえば、リハーサルの時点で新品じゃないよなとは思っていたが。

 リハーサルは意外と考えることが多くて、あんまり気が回らなかった。



「じゃあ、いよいよ耳かきをやっていこうかな。今日は、梵天を使います」



 そういって、文乃さんは普段から使っている梵天を取り出す。

 するり、と右耳に差し込んでいくと、ざわざわと音がして、それだけで癒される。

 


「そういえばねえ、今日はちょっと変わったところがあるんだけど、わかるかな?」

【?】

【マイク替えたとは言ってた気がするけど】

【言われてみれば衣擦れの音がするような】



 しろさんが腕を動かすと、薄い生地が触れ合わさって、しゅるしゅるという音を立てる。

 決して大きな音ではなく、不快でもなく、むしろ爽やかな音だ。

 同時にどこか、艶やかでもある。



「今日はね、ネグリジェを着て配信してますね。紫色のやつ。あとで、ネグリジェの画像だけアップするね」

【ガタッ】

【透け透けって、コト?】

【えっっっ】



 交際を始めて、しろさん、もとい文乃さんが一番変わったのが服装だね。

 いわゆるだらしのない部屋着でいることがほとんどなくなった。

 部屋にいるときも、ちゃんと可愛らしかったり、今みたいにドキドキさせられるような服を着ていることが多い。

 カラオケなどにデートに行くときも、前以上に着飾るとが多くなった。

 多分、ナルキさんあたりからの入れ知恵なんだろうな。



 正直、私としては今回みたいないわゆるドスケベな恰好を見れて眼福だと思う一方で、隙がなくなったことに保護者のような一抹の寂しさを覚えている。

 まあ、一番大きいのは成長していることへの喜びなんだけどね。



「じゃあ、耳かきしていこうか。かり、かり、かり。かり、かり、かり」

【あー、よすぎる】

【癒される】

【お耳溶けちゃう】




 耳かきも、昔より格段にうまくなっている。

 ごりごりと、あるいはかさかさと梵天が縦横無尽に動き回り、的確に心地よい刺激を与えている。

 オノマトペにしても、昔よりもリラックスさせるようなリズムを刻んだり、視聴者の耳を楽しませるために緩急をつけたりと、技術面での向上が著しい。

 それでいて、人を癒したいという彼女の志は衰えることなく、むしろ輝きを増している。

 


「ふーっ、しょりしょりしょり、しょりしょりしょり、はあぁぁ、しょりしょり、しょりしょり」



 時折吐息を吹きかけながら、耳かきをする手は止めない。

 脳みそが、耳が、心が。

 甘くとろとろに融かされて、満たされていく。



「じゃあ、今日もありがとうございました。おやすみなさい」

【お休み!】

【ZZZ】

【いつもありがとうございます】




 そういって、今日の配信が終わった。



 ◇



『お疲れさまでした』

「お疲れさまだよ―。癒して―」

『はい、本当によく頑張りましたね』

「むふふー」



 文乃さんは、私に抱き着いたまま、ベッドに横たわっている。

 改めて交際を宣言してから、より一層密着するようになった。

 薄紫のネグリジェ越しに、匂いや感触、体温まで伝わってくるような気がする。



 デビューしてからもう一年と十か月。

 色々な経験を経て、様々な意味で成長してきたしろさん。



これからも、きっと彼女は成長を続けていく。

 新たなことに挑戦し、様々な人と出会い関わり、時に挫折や回り道をして。

 けれど、最後には笑うと、笑わせてみせると。

 彼女の隣で、支え続けると、決めているから。

 


『文乃さん』

「なあに?」

『愛してます』

「ありがとう。私も、だよ」



 窓の外に映る空は、きっと私が死んだ日のように寒くて。

 けれど、私の隣には温もりを持った人がいてくれるから。

 私は、これからも転生したらダミーヘッドマイクだった人間として、生きていく。

 世界で一番好きな人と、Vtuberと一緒に。


 ◇◇◇

これで三章は終わりです。

ありがとうございました。


面白いと思っていただけたら、フォロー、評価☆☆☆、応援などよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生したら、Vtuberのダミーヘッドマイクだったんだけど質問ある? 折本装置 @orihonsouchi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画