第47話『二人の決断』

「覚悟?」

『はい』



 最初に、早音文乃さんに抱いた気持ちは、共感と使命感だった。

 同じように、自分の周りの世界に絶望していたことが、一目見ただけでわかった。

 そして、同時に危なっかしくて見ていられないとも、線路に飛び降りようとしている彼女を見て、それだけはダメだとも思った。

 理屈ではなく、感情として同じ気持ちを抱えた少女に死んでほしくないと思ったのだ。



 次に抱いた気持ちは、戸惑いと安心だった。

 転生したと思ったら、ダミーヘッドマイクで、その持ち主がまさか以前に助けた女の子。

 Vtuberのダミーヘッドマイクとして過ごす日々は、全てが戸惑いの連続で。

 でも、本当に一瞬だって退屈することがないほど楽しくて。

 そして、何より文乃さんが、しろさんが。 

 生きて、生き生きとして過ごしていることが。

 本当に、嬉しかったし、安心できた。

 彼女と過ごす、新鮮ながらも温かな日々に、私は安心を抱いていた。



 そして、最後に気付いた感情は、愛だった。

 両親とは親子関係が破綻しており、金銭的な理由などから誰かと親しい関係になることがなかった。

 好きなものを共有したり、何時間もくだらない話をしたり、そういった心のつながりを誰かと得ることができなかった。

 触れられることが嬉しいんだということも知った。

 色欲と、信頼と、愛情が私の中でどんどん大きくなっていった。

 人として私が失っていた、一番大事なピースを文乃さんが埋めてくれた。



 いろんなことを教わって、学んで、思い出して、新しく知った。

 笑うこと。

 楽しむこと。

 悩むこと。

 戸惑うこと。

 誰かを、愛すること。



 そして何より、言葉で、心で、伝えること。

 Vtuberが視聴者に言葉を尽くして何かを伝えようとするように、私もまた色々な思いを言葉にしてきた。

 けれど、まだ私は文乃さんに伝えきれてないことがある。

 だから。



『聞いてほしいことがあるんです』

「うん、きくよ」


 

 文乃さんは顔を上げて、私の方を向いている。

 まだ、涙越えだったが、もう声色はかなり落ち着いていた。

 ずっと、いろんなことが黒い頭部を駆け巡り、言葉が出てこなかった。

 もし、私の勘が、間違っていたら、単なる勘違いだったらとか。

 あるいは、仮にそれが叶ったとして彼女にとってそれは健全なのかとか。

 彼女の未来を、縛ってしまう結果にならないかとか。

 それは、あくまでも自分の幸福だけであり、結局は彼女を不幸にしてしまうのではないのかと思った。

 けれど、今回のことで、改めて言わねばならないと思った。



『私の、いえ私と、恋人・・になってくれませんか?』

「……ふえっ」

 


 文乃さんは、急に立ち上がった。

 立ち眩みしそうなものだが、むしろ顔が真っ赤になっている。

 驚きと、喜びと、戸惑いで感情がぐちゃぐちゃに乱れている。



「な、何で急に?」



 私の勘が正しければ、戸惑ってはいるものの、嫌がっている様子はない。

 大丈夫だと判断して文乃さんは続ける。



『嫌ですか?』

「い、嫌じゃないよ!むしろすごい嬉しいけど、でも、なんで今のタイミングでって」


 

 まあそれはそうだ。

 文乃さんにしてみれば、死んだと思った、失われたと思い込んでいた私がしれっと復活しているのだし。

 しまった、確かに普通に考えると、意味が分からないか。



『実のところいつかこんな日が来るんじゃないかって、私の二度目の生が終わるんじゃないかとは、思ってたんです』

「そう、なの?」

『はい。機械だって、永遠に持つわけじゃないですから』



 機械の保証期間は一年か半年か。

 もはや二年間たっている以上、いつ壊れてもおかしくなってしまった。

 機械が壊れてしまったら、その中にいる私は行動できるのだろうか。



 私は、できないと思っていたし、徐々に私の精神が消えかけているような感覚もあった。

 言葉が出なくなることが何度かあったのだ。



 だから、私は出来る限りのことをしてきた。

 私がいなくなっても、文乃さんが生きていけるように。前に進み続けて、救いの手を伸ばし続けられるように。

 それは、間違っていたと思う。

 いや、その方針自体は間違っていない。

 いつこの関係性が終わってもおかしくない以上、それに備えておくのは正しい。



 けれど、一つだけ、意図的に伝えていないことがあった。

 人間でない、肉体すら持たない自分でいいのか、とか。

 そもそも、彼女と私の本心が全く同じとは限らないのではないか、とか。

 いつ消えるのかわからないし、伝えないのが正解なのではないかとか。

 色々私なりに考えて、伝えてこなかったけれど。



 さて、返答やいかに。



「私も好きだよ。今更だけど、恋人になって欲しい」

『よ、よろしくお願いします』

「…………」

『…………』



 ちょっと気まずい。

 いやな沈黙ではないけど、むずがゆい感じだ。

 先に口を開いたのは文乃さんだった。



「そういえば、恋人になったら、君にやって欲しいことがあったんだけど」

『何でしょう』

「呼び捨てで、文乃って呼んでほしい」

『何ですって?』



 言いたいことはもちろんわかる。

 恋人なら、こういう感じなのは全然普通だとも思うし。



『い、いやあそれはちょっと』

「え、何で?」



 しまった。文乃さんがちょっとジト目になっていらっしゃる。

 いやだって、気恥ずかしいよ。

 だって、二年近く一緒にいるんだよ。

 今更名前の呼び方を変えるなんて抵抗があるのだけど。

 まあ、文乃さんのお願いならやるしかないか。



『文乃』

「……ふえ?」



 文乃さん、完全にフリーズ。

 というか、顔がトマト通り越してザクロになっている気がするけど、大丈夫。



「んんんんんんっ」

『文乃さん!?』



 色々と耐性がなかったらしい。

 それじゃあ、仕方がないね。

 顔色が戻ってくると、彼女はまたぎゅっとしがみついてきた。



「ああもう、好き!大好き!ずっと一緒がいい!」

『はい、私もですよ』



 

 とりあえず、呼び捨てはしばらくなしという結論になった。 



 それから、何時間も話し続けた。

 これまでの思い出。

 これからの思惑。



 Vtuberのこと。

 趣味の話。

 これからやりたい活動。

 企画のアイデア。

 たわいもないじゃれ合い。

 そんなことをしていたら、いつの間にか陽が沈んでいた。

 


 ◇



 この選択が、正しいのかどうかはわからない。

 正しいとは、思えない。

 少なくとも、傍から見ればきっと歪で異常な関係性だと思う。

 けれど、彼女は今笑ってくれているから。

 私の心は、幸せと愛で満ちているから。

 私達二人の世界においてだけは、きっと間違いではないと信じると。

 そう、私は決めたのだ。

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