第46話「そのころ彼らは」

「参りましたね」



 消沈している文乃を、父である早音弘文は見守っていた。

 見守る、というのは監視カメラの映像越しである。

 火縄と陸奥がいる別室にいる、最後の一人。

 それは、彼である。

 メイド三人の直接の雇い主は文乃だが、彼女に支払う金銭は保護者である弘文と雪乃の負担である。

 そして、メイド三人が得た情報は当然二人にもある程度は共有される。



 事故の被害者の、遺族。

 もしも自分なら、この状況では絶対会わないだろうと思う。

 文乃には、会って直接話したいことがあるように思える。

 一方、遺族側はそういったことが一切なく、ただ単に金銭のみを求めているように思える。

 まともな話し合いはできないし、トラブルを呼び込むだけ。

 直接的なものではなく、専門家などを通した間接的なやりとりをしている方が正しい対処法なのではないかと思ったし、忠告もした。

 だが、それでも文乃は止まらず、結果はこのような状況である。

 どうするのが正解だったのかはわからない。

 ただ、無理やり止めることが正解でなかったのは確かだ。

 


「陸奥さん、火縄さん、お二人は娘をお願いします」

「旦那様はどうなさいますか?」

「私は、ここに残りますよ。どうにも、嫌な思いをさせてしまいそうだ」



 弘文には、今の文乃のことが微塵も理解できない。

 ダミーヘッドマイクという機材が高いことは、彼も理解している。

 だが、彼は世界にすら絶大な影響力を有する早音グループのトップである。

 金銭感覚などは破綻している。

 百万円のマイクなど、彼にとっては駄菓子のようなものだ。

 だから、彼女に共感できない。



 たかがマイク一つ壊れただけで泣き叫ぶ彼女の心が理解できない。

 だが、彼が文乃の傍にいないのはそれだけが理由ではない。



 もしも、不用意な発言をして、傷つけてしまったらどうしよう。

   


 何しろ、彼らには前科がある。

 それが彼女のためであると厳しく接し、結果として彼女は居場所を失い追い詰められていった。

 自分と彼女の在り方や感性が違うゆえに、彼女をまた傷つけてしまうのではないかという思いが、彼の足を縛っていた。

 


「旦那様、失礼します」



 がちゃり、と音がして内海が暴れた男を、拘束したまま椅子に座らせる。

 ただ、先程のような危険な雰囲気はない。

 目の焦点があっておらず、何事かぶつぶつと呟いている、

 ここにはいない何かにおびえているような。

 



「何が、何がどうなっているんですか?」

「内海さん、私に任せてもらってもいいかな?」

「しかし……」



 内海は戸惑った。

 雇用主と、危険人物を同席させてもいいのだろうか。

 だが。



「大丈夫。私に任せて」

「承知しました」



 そう言われてしまっては、返す言葉がない。

 内海は、彼を放したまま、しかして何もないように部屋からは出なかった。

 


「一体、あれは何なんだ、どうして息子の声が」

「落ち着いて」



 既に完全に沈静化している。

 早音弘文は、ビジネスに関するあらゆる技巧を極めている。

 一対一なら、相手を洗脳に近い状態にして制圧することすら造作もない。

 


「俺は、悪くない」

「そうだね、君は悪くない」

「そうだ、悪くない悪くない……」



 どう考えるべきなのだろうか。

 結局のところ、彼をどうすべきかという問題がある。

 器物破損や恐喝で塀の中に閉じ込めてもいい。

 洗脳をこのまま続けて、人格を完全に崩壊させてもいい。

 元々なぜかかなり動転しているため、あと一時間もすれば廃人にすることも可能だろう。



 ただ、文乃がどう思うかはわからない。

 彼女が、自分の手でこの男をどうするのか決めたいのかもしれない。

 ゆえに、沈静化させたうえで放置している。

 あるいは、文乃に殺させない・・・・・ためにこの男を逃がすべきかもしれない。

 文乃が彼を殺したいほど憎んでいるのならば、父親として彼女の願いをかなえることはできない。



 彼のスタンスは、感情を無視すること。

 冷徹に、合理的に突き詰めて企業を運営する。

 感情的な意見や理不尽は権力と金銭によって圧殺する。

 それは、文乃に対してもそうだ。

 自身の感情も、相手の感情も潰して、そうやって生まれながらの強者として生きてきた。

 だからこそ、彼にはわからない。

 文乃がそうであるように、自身を弱者であるとみなしている人たちの人間の在り方は、弘文には絶対に理解できない。



 ◇



「文乃様、大丈夫でしょうか」

「うーん、これどういう状態なんですか?」

「…………」




 メイド三人は、困惑していた。

 泣きじゃくり、狂乱し、暴れる文乃を抑えつつなだめていた三人だが、ひとしきり泣き続けた文乃はそのまま自室に引きこもっていた。

 と、思ったら予備のダミーヘッドマイクに縋り付いて泣き始めた。

 


 一対、何をしているのか。

 何を思っているのか。

 彼女達には理解できない。

 理解してあげられない。



「本当にどうなっているんでしょう?落ち着いてくれたのは幸いですが。」

「うーん、でも、立ち直ったのならいいんじゃない?」

「入れ替わったのか、代替品を見つけたのか、いずれにしても現状維持ということか」




 彼女たちの反応は様々だ。



 氷室理沙は疑問には思いつつも、取り敢えず復調に安堵し。

 雷土咲綾は楽天的にかつ、気にしないようにしようと考え。

 火縄イアは冷静に分析しつつも、嫉妬と危機感を胸の奥に秘めている。



 けれど、三人ともが心から文乃を大切に思っているということだけは、事実だった。

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