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先生


拙い文ですがどうぞお許し下さい。

先生へは感謝してもしきれない思いがあります。

先生自身は何のことやら、と思われているのでしょうが。


初めて研究室へ顔を出した日のことを私は忘れることがないでしょう。

あの日、石川さんに半ば無理やり連れだされたことにも感謝しなければなりません。

あの時の私はあらゆることに興味を持てずにいました。

その理由は少々気分の悪いことですのでここには書かないでいたいと思います。

そんな中、足を踏み入れた教室であなたを見かけたとき、自身の頭に一気に血が廻ったのを覚えています。

色んな物が雑多に置かれた部屋の中で習慣に伴った先生の身のこなしに目が奪われたのです。

先生がいつからこの場に従事されているのか、その時分には知る由もなかったわけですが、静かにそれでもって確かに物事を進めるというのはこのことなんだろう、とうすぼんやり感じたのです。

そこからです、私が先生に、ひいては学問に興味を持てる様になったのは。


私の中には、他にも色んな思い出が渦巻いていますが手紙ではこれくらいでよしておきます。


先生から教わったこととは全く関係のない分野に従事することになりましたが、かつて憧れた先生と同じ目を自身の仕事に向けることが出来ように精進していきたいと思います。


敬愛の念を込めて 国後



――――



わずか便箋二枚におさまった国後の文章を読んで初めに感じたのは、もっと早くに開けなければいけなかった、という後悔だった。

耳を赤くしてまで渡してくれたのだから、それなりの想いを持って接してくれていたのだろう。

根室からの話を聞いた今でははっきりと彼女の真意を酌むことができた。


「いや、気づいていた」


部屋の中で言葉がポツリとこぼれた。

彼女の瞳の奥の気持ちにはとっくに気づいていた。

だからすぐに開けず、そして今まで記憶から取り出すこともなかったのだ。


「それでも対峙して、返事を、区切りをつけるべきだった」


自身の年甲斐のない意気地のなさが、自分に向く一生懸命な一つの感情を締め出して、見向きすらしなかった事実を今さらに突き付けてきた。

異性に嫌悪を抱き、それでも尚私に憧れを持ってしまった矛盾は、その憧れの対象が拒絶するという選択を取ってしまったが故に潔癖な彼女を押しつぶしてしまったのだった。


「石川や彼はあなたを許してやってくれと言うが、この私があなたに許しを乞うべきだった」


国後に対してだけではなかっただろう。

ようやっと気づいたのが彼女の死によるものであっただけで、私が知らずのうちに拒絶しその陰で消えていった様々な感情は数えきれないほどあるのだろう。

国後のおかげで知りえた自身の罪は、自身の抱く想いを永遠に彼女に伝えることのできない罰を背負うことでようやく自覚させられた。


すまなかった、とつぶやいた言葉は宙に溶けて誰にも届くことはなかった。

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ゆきみち 浜村麻里 @Mari-Hamamura

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