最終話 小さな国で

2年後、、、


僕は南半球の砂漠に位置する小さな国にいた。砂風が絶えず路上に舞う町の中心には、赤いレンガを果てしなく敷き詰めてできた広場があった。そこに整然と並ぶのはカーキ色の車両達。砂嵐で霞む街並みとは対照的に、広場を占領する装甲車は傷ひとつない新品で、防弾のウインドウガラスが陽光を容赦なく弾いている。この業界にいた人間なら、そんな絵面だけでも違和感を覚えるはずだ。彼らは先月この街に侵攻してきた敵軍なのだ。


幸か不幸か、隣国による予想外の侵攻により短期間で政権を手放した砂漠の小国は、古くから残るレンガ造りの街並みを破壊される事なく今日に至っている。今日は「新たな指導者」による戦勝記念パレードが早くも催され、歩兵の列やら戦車やらが次々と街一番の大通りを凱旋していた。街のホステルで眠っていた僕は、けたたましいパレードの喧騒で目を覚ますと、すぐに街の大通りへ走った。そこでは現地の人々が大通りの外縁にたむろしていた。彼らが目をやる先には、我が物顔でストリートを走り抜ける戦車の列が果てしなく続いていた。住民達はそれを不機嫌そうに眺めながら、やる気のない拍手を送っている。


僕がここにいる理由は、このパレードのためではなく、パレード後の「2次会」へ行くためだった。迎賓館の敷地を全部利用した、大規模なパーティが行われる事になっていたのだ。それは占領軍の将校達や他国の軍関係者が交流する会食の場になるはずだ。僕はそこに紛れ込む。


パレードの最終列は必ず軍楽隊で締め括られる。太鼓やトランペットを担いだ行進の列が大通りをやがて過ぎ去ると、たちまち道路上は往来する庶民で溢れた。僕はそのまま道路の向かいに見えている迎賓館へ一直線で向かった。白い石造りの構造物は、まるで昔テレビで見た古代ローマの神殿のようだった。ここにそんな西洋風な建築があるのは、かつての交流の証なのだろうか。その建物は周囲を囲むレンガ造りの民家達とは全く違うオーラを放っていた。


迎賓館の正面にはレンガを敷き詰めた広場があり、そこを占領軍の装甲車が埋めていた。ウインドウガラスが眩しい。赤いレンガの地面はどこか意味深な感じで、この国のアイデンティティのひとつだったのかもしれない。そんな余韻を打ち消すように、その上には「外国人」の戦車が鎮座している。


白い柱と柱の間にエントランスはあった。そこまで来るとようやく、砂漠の強い日差しから逃れることが出来た。受付で政府公認のネームプレートを見せて、ボディガードの大男からボディチェックを受ければもうパーティは目前だ。レッドカーペットの階段を登り切った先に、「目標」がいる。


祝賀会場入り口の大きな扉は開放されていた。会場に入る前から会食の喧騒が聞こえてくる。僕は単独でしれっと扉を跨いで会場を見渡した。そこには派手な制服に身を包む大勢のVIP達がグラスを片手に晩餐を楽しんでいるようだった。コンサートホールほどの奥行きと高さが印象的な空間に、白いクロスで覆われた丸テーブルが幾つもある。そしてその上には御馳走が、おそらくこの国のご当地料理だろうか、見慣れない料理ばかりだ。


食事はさておき、僕はフロアの端に並んだグラスを手に取りウエイターから一杯のシャンパンを注いで貰った。クリアブルーの液体がグラスを満たす。一口だけ嗜み改めて会場を見渡すと、地味な服装や軍服姿ではない人間がころころと目に入る。単独の者も多く、案外「同志」が沢山いる事に気がついた。彼らよりも先に、上手く目標の関心を引かなければいけない。晩餐は流れてゆくのだ。


「目標」はすぐに見つかった。会場の中心、最も多くの人間が集まっているテーブルの奥に、オリーブグリーンの制服を着た大柄な将校がいる。あの軍服は占領軍だ。そして制服の胸に溢れんばかりの勲章を付けている彼こそが総司令官であり、この度めでたく「指導者」となった人物、ディエゴ・ナバロ上級大将だった。彼は金縁の制帽を机上に放置して隣の女性と何やら会話をしている。隣の女は両肩を露わにした白いドレス姿で、将軍は彼女に笑顔を向けていた。


あそこにどうやって入ろうか。地味な茶色いスーツに身を包む自分が持っている武器と言えば、ガラスの街でコマンドをしていたという「履歴」と手土産の葉巻くらいだった。初っ端から最高難易度の目標に突っ込むのは諦めて、僕はすぐ近くのテーブルで一人落ち着いて酒を飲んでいる占領軍の将校をナンパした。


彼はしきりに軍の装備品をアピールしてきた。自分が準軍事組織出身だと明かせば、トークは更に熱を増した。やはり広場に並んでいた新車は全て、外国を対象とした売り込みだったのだ。それはこのパレードのもう一つの顔であり、そしてメインであった。


「どこから来たんだ?ガラスの街?すごいな!うちの装備も負けてないぜ!カタログは全部持って帰ってくれよ。将軍は同志には寛容だ!」


トークの流れに任せてシャンパンを飲み干した。彼から得た情報だけでも売り物にはなる。世間ではパレードによる新政府の権力誇示ばかりが注目され、このイベントの本質がマーケティングにある事はまだピックアップされていないからだ。


およそ1ヶ月前、彼らの国は長年の友好国であったはずのここに宣戦布告した。彼らの極端な掌返しと迅速な侵攻により、この小国はろくな抵抗の準備もできないまま制圧されてしまった。占領軍の迅速な行動を支えた要因の一つが、虎の子である最新兵器達だった。工業で優位に立った事が、この大胆な作戦に自信をつけたのは間違いなかった。


しかしなぜ攻めたのか。この南半球の大陸で、両国は同じ民族のルーツを持つ友好関係にあった筈だった。むしろ歴史的には、彼の国の方が圧倒的に荒廃しており、数年前に長い長い内戦を終結させたばかりだった。その内戦で、後期に頭角を表したのが中央で笑顔を振り撒くナバロ将軍、まさに彼だったと僕は聞いている。


僕は彼本人の言葉を聞きたかった。ただし彼の言葉があろうとなかろうと、僕の記事のテーマはすでに決まっていた。「この戦争は、内乱と代わるデモンストレーションに過ぎない。」こんなタイトルでネットに記事を公開する。長年の内戦で民族の結束を願い続けてきた国家がようやくまとまると、救心力を維持したい指導部はやがて利益思考に染まり、上手くなった舌で隣人を騙し討つというシナリオ。「約束」にすがる生活を捨てて、虚栄心を満たす「打算」に染まった。記事の枠組みはこんな感じで書こうと決めていた。


僕があの街を離れて学んだことが一つあった。それは、ありのままの真実は弱いという事。いくら僕がコンテンツを嫌ったところで、いくら純粋な真実を丁寧に伝えようとしたところで、それをまず大衆に響かせる前提が欠けていればスカンになってしまう。そもそも情報が人々に届かないのだ。真実を守るためには、まず人々の集団我を掴むようなストーリーで包んでやらないといけない。そこからきっと、気づいてくれる人は繊細な真実にまで至ってくれるのだろう。そう信じたい。


この記事のテーマを人情や打算という分かりやすい対極で描きたいのも、そんな理由があるからだ。ガラスの街で嫌と言うほど味わった人間関係の屈折は、日常的な事だからこそテーマとして受け入れられるだろう。読み手には、ジャーナリストが吐き出す軍事的で政治的な内容の記事を自分自身と重ねてほしいのだ。それならきっと、この遠い砂漠で起きている悲劇に実感を持ちやすいのではないだろうか。政治も軍事も人間が形成するもので、そこに個人の感情が重なるのもまた真実だから。


記事の大筋は、晩餐で女性の腰に手を回して笑う男の肉声を取り入れてようやく現実味を帯びる。ここからどうアプローチを仕掛けようか。。


その時私の隣で、もう出来上がった将校が将軍の方に手を振った。僕が将軍に話を伺いたいという希望を聞いての事だった。将軍は不意の事で女性から手を離しこちらに目を向けた。僕は唾を飲んで腹を括り、ほろ酔いの将校と共に彼へ挨拶に向かった。


近くで見るほど彼の顔は皺が多く、彫りも深かった。色黒でごつい顔立ちだ。反骨精神の権化と噂されるだけあってオーラは強烈だったが、会釈をしたときに見える笑顔は意外にも穏やかで、まさに「寛容」さの現れなのかも知れない。


「ナバロ将軍!、、」


僕は慎重な足取りで赤いラグの上を歩き、2杯目のシャンパングラスで大将と盃を交わした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ガラスの街 @TheYellowCrayon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ