第9話 四乃宮のお偉方の思惑

 朝になって、何食わぬ顔で執務室に現れたロハンを、ジーロはじろりと睨んだ。


「おんや? お姫様はどうしたんだ?」

「いま、身を清めている」

 嫌味も通じねぇ。


「朝食の後、宮殿内を案内してまわる予定だ」

 ほー、そうですか。

 ジーロは書類をぶん投げた。

「そっちは、お偉方が立てていた今週のお姫様の予定だ」


「……なんだ、これは」

 目を通し始めたロハンの顔が険しくなる。昨晩、お偉方の集まりに乱入したときと同じくらい、怖いお顔だ。

「まあ、なんというか……淑女教育?」

 ジーロは頬をほりほり掻きながらいった。

 書類に書き連ねられているのは、そうとしかいいようのない予定なのである。


〈教養〉と記された午前中の予定は日替わりで、


 風の日は〈読み書き〉

 炎の日は〈算術〉

 水の日は〈歴史〉

 花の日は〈経済〉

 木の日は〈国内外の政治事情〉

 土の日は〈社交術〉。


 その後、〈昼食〉書かれているが、文字がカッコで括られていることから、マナーレッスンも兼ねての食事であることが推測できる。


「二枚目を見てみろ」

 ジーロは促した。

「午後一番は〈音楽〉だ」


 風の日が〈弦〉

 炎の日が〈管〉

 水の日が〈打〉

 花の日が〈鍵盤〉

 木の日は〈歌〉。


「でもって、土の日は〈ダンス〉だ」

「ダンス……?」

 ロハンが言葉を失う。うん、俺も唖然とした。


「その後は〈休憩〉を兼ねた〈お茶〉――とは名ばかりのまたもやマナーレッスンかな?」

 講師はひっつめ髪のご婦人で、彼女をお手本に、上品かつ優雅なひと時を過ごす――なんてオソロシイ光景を、ジーロは想像してしまった。


「陽の日だけが〈お祈り〉になっている。場所は礼拝堂だ。連中、彼女に懺悔でもさせるつもりかね?」

 好きで殺したわけじゃねぇのにと、ジーロは鼻白む。

「労役がないな……」

 ロハンが呟いた。

 確かに、とジーロも同意する。獄囚ならばあって然るべき労働がない。

「ともかく、囚人の予定じゃねぇよな」

 二か月後に鏡の死を迎える人間を、令嬢らしく仕込む意味が解らない。

「もしかしたらこれ、今週だけの予定じゃないのかな」

 ジーロは自分の考えを述べた。

「教養はともかく、楽器なんて二カ月で身に着くもんじゃない。いくら阿呆でも解ることだ」

 しかし、それでも、なんらかの理由で、お偉方たちは二か月後に必要としていた。

 時間がねぇ。だったらどうする?

「すでに身に着けている人間を用意するしかないよな?」

 それで選ばれたのが、あのモリト=アンナだ。

「彼女は、身分は低いが教養は高い……というのが俺の見立てだ」

 ジーロの言葉を無言で聞いていたロハンが、すうっと蒼ざめる。


 己の想像は正しい。ジーロは確信した。

 国を出奔してまでロハンが捜しまわる女が、

 ロハンは基本的に誰とでも仲良くなれる男だが、彼のほうから興味を持つのは、自分と同等か、より秀でた人間だけなのだ。


「……だが、本当に能力があるのか、お偉方のほうは懐疑的なんだろう。だから見極めるために、とりあえず一週間色々やらせてみようと予定を組んでいたんじゃねぇか?」

 ロハンは予定表を睨んだまま答えなかったが、

「これだけはいえるぞ」

 ジーロは畳み掛ける。

「お偉方は能力のある娘をただ用意したわけじゃない。二か月後に死ぬ、鏡の死に捕まった囚人を、んだ」

 そういう意味では、もしかするとモリト=アンナが鏡の死に捕まったということ自体、茶番である可能性も否定できないが、いまはおいておくとして。

「七面倒臭いことをしてようやく娘を手に入れたあいつらが、ぽっと出の宮殿長に横槍を入れられたくらいで、はいそうですかと簡単に引き下がると思うか?」

 思わねぇよな?

「あの娘を一人で放っといていいのか? 今頃、奴らの餌食になっているかもしんねぇぞ」

 

 ロハンが椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、執務室を飛びだしていった。


 やれやれ。

 すり寄る女たちを、すげなくあしらうことには長けている銀の涼宮だが、大切な女の扱いはポンコツだ。

「ヒロド、様子を見てこい」

 ジーロは影に控えているだろう部下に命じた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【新連載】聖アンナと〈鏡の死〉 春坂咲月 @harusakaya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ