終章【大きな変革】

 小さな橙色の鳥。初めて人間以外の生きている命に出会えた僕は、今もその存在を忘れていない。


 赤く色付いた楓の葉に、わずかに土を混ぜたような赤褐色せきかっしょくの両翼を広げて羽ばたく姿、生まれる羽音。頭と胸と尾を染めていた鮮やかな夕焼け色、淡く明るい空色をしたお腹。樹木の幹のように深い茶色をしたくちばし、小さな黒真珠のような瞳。そして温かな体温。何もかもが、僕に生命というものを伝えてくれた。残されたものは悲しみだけでは無く、温かさを宿した命のありのままの輝きが、僕の中に確かに刻まれていた。


 あの温かさを忘れたくない。そして、たくさんの人々にあの輝きを伝えたい。懐かしそうに昔を話す祖父の気持ちが僕にも分かるようになり、そして、何度も語ってくれた夢のような世界を現実にしたいと思った。


 街には犬や猫がいる、大空には鳥がいる。海や森や草原には多くの自由な動物や微生物がいて、多くの植物が呼吸をしていた、六十二年ほど前の僕たちの世界。それは確かに存在していた。夢や幻では無かったその現実と、僕は現代で会いたい。誰の目にも映る現実として、ここで会いたい。近い未来に叶えたい。


 ――窓際に置いたいくつかのポトスは、朝日を受けて輝かしいばかりの緑色を僕に見せてくれていた。その光景に安堵しつつ、僕はパソコンを起動する。


 まだ誰もいない早朝の小さな研究室には、時計の秒針の音、わずかな空調機の音、パソコンから生じるかすかなファンの回る音しか無く、ひどく無機質な感じがした。そんな時に、窓辺に並べたポトスを見ると心が呼吸をするような感覚を覚える。ポトスに日光が降り注いでいると更にその感覚は強まる。そこに命があるという現実に、懐古と憧憬を覚える。


 パソコンが起動するまでのわずかな時間をこうして過ごした後、時折、僕はメールを読み返している。忘れない為でもあるし、思い出す為でもある。






 ――橙色の鳥の命が失われたあの日の二週間後、一通のメールが届けられた。


「今、あなたは何を思いますか」


 それが、箱を届けてくれた誰かからの最後のメールだった。





〈了〉

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雲の切れ間に 有未 @umizou

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