第四章【体温に触れて】
――やがて橙色の鳥と出会ってから一年が過ぎ、そして更に一年が瞬く間に過ぎて行った。
僕の部屋の窓から見える街並みは、いつもと同じように閑散としていて、まるで変化の無いように思えた。動物がいない、植物が少ない、この乾いたような眺めはいつからここにあったのだろう。僕たち人間は、もしかしたら取り返しの付かない現実の上に立っているのかもしれないと、そんな恐ろしいことを思った。
窓辺を離れ、僕はパソコンの前にもう一度座った。三十分ほど前に届いたメールを読み返すのは、これで二度目になる。それでもやはり、先程と同じような静かな震えが心の奥から湧き出て来るのを感じた。
「長い間、御返品すること無く共にお過ごし頂き、ありがとうございました。しかしながら返品という表現は不適切かもしれません。その小さな鳥は確かにこちらからお届けしたものですが、生きている生物であり、独立した個の生命なのですから。
その命とお過ごしになられた約二年間、いかがでしたでしょうか。こうした命は遥かな昔、数多くの偶然や必然、奇跡と共に誕生し進化を遂げてきたのです。様々な命は様々に進化し、時に滅びながらも、世界中の大地に大空に大海に、命を残し続けてきたのです。
けれども今はヒトという種が溢れ、他の命が消えようとしています。それはヒトが生き延びる為以上のことをしてきた結果であり、その行進は今も止まっておりません。このままでは近いうちにヒトも滅びるでしょう。
あらゆる命には生と死が宿り、生きている命には皆いつか死が訪れます。けれども、このような結末を迎えてしまっていいのでしょうか。それは、あまりに悲しい終わりだと思いませんか。
すべての生に死が訪れることは揺るがせないことであっても、すべての生がここで消えなくてはならない理由にはなりません。もう一度、命の歴史を振り返り、その重さと大切さに気付いて頂きたいという想いと、この現代を生み出した我々人間の行いについて考えて頂きたいという願いを込めて、我々はあなたに命宿る小さな鳥を届けさせて頂きました。
あなたの元に届いた箱が開かれ、変化が訪れることを心より祈っております。長い間、誠にありがとうございました」
このメールの届く少し前に、橙色の美しい鳥からその命は失われた。静かに死を迎えて目を閉じた。
僕は、その小さな鳥の命が失われて死ぬ瞬間まで、すべての命に与えられている「死」を忘れていた。意識が薄かった、というのが正しいのかもしれない。いつか小さな鳥が死という形でいなくなるということを、僕は約二年の間、一度も意識すること無く共に過ごしていた。生きている命だということは、同時に失われる命だということでもある。それを僕は分かっていなかった。分かりたくなかったのでは無い、本当に分かっていなかったのだ。
パソコンの画面から目を離し、僕は宙を見上げた。当たり前に、そこには小さな鳥が飛ぶ姿は無かった。
不意に、心臓が一際大きく波打った気がした。
「……生きている」
僕は今ここに生きている。心臓が動き、赤い血が体の中を巡り、思考している。けれど、いつかは僕も死ぬ。両親も祖父も、友だちも先生も、生きている命はいつかは消えて無くなる。死を迎える時が来る。その「死」があるから「生」があるのでは無いだろうか。
機械仕掛けの美しい鳥がいつか壊れて動かなくなり、二度と綺麗な歌声で歌わなくなっても、それは生命が失われる死というものとは違うように思えた。
僕は、もう一度小さな鳥を両手で包み込むように抱いてみた。冷たく固くなった体と閉じられたままの瞳が、たまらなく悲しかった。再び視界が滲んで涙が出た。もう二度とその翼で飛ぶことは無い。高く丸い歌声でさえずることも無い。茶色の
何より、この小さな体に再び体温が宿り温かさを取り戻すことは無いという事実。
――体全体が何かに掴まれたように息苦しく、押し潰されるように悲しかった。とても、悲しかった。涙が止まらないほどに。
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