地底に咲いた花

“まずは根を伸ばす。彼の居場所は聞いた事がある。地底深く、マグマとかいう燃える土のある所。森の端にある洞窟から行けるはず。”

 ドライアドは、長い、長い時間をかけて、その根を洞窟まで伸ばした。根さえ伸ばせば、そこへ行ける。

 ただ根を伸ばすというのは、枝を伸縮させるのとはワケが違った。枝は根からの養分が届く限り、伸縮はある程度自由自在だ。しかし伸ばし過ぎれば養分を届けにくくなり、自由にはならなくなる。養分を確保しながら、自分を洞窟へ近付けるには、養分を吸収出来る、根を伸ばすしかない。さらに確保しなければならないのは、養分だけではない。植物である以上、光合成が必要となる。根を伸ばした分、枝葉を伸ばし、光を多く受けなければならない。その伸ばした枝葉の分だけ、養分がまた必要となる。したがって、その分も確保しながら、根を伸ばさねばならないのだ。結果時間がかかった。

 しかし地道に時間をかけて伸ばすしかないのだ。気の遠くなるような時間だった。それでもドライアドは根を伸ばし続けた。サラマンダーに会いたい。その一心だった。

 そして今、ドライアドの根は洞窟の前に辿り着いていた。しかしここから先は、新たな問題があった。

“ここから先は、道がわからない。さすがに闇雲に根を伸ばしてたら、どれだけ時間を費やすかわからない。本体を離れて探すしかないわ…”

 ドライアドはその姿を顕現し、洞窟の中へと入って行った。

 洞窟の中はすぐに光が届かなくなり、水の気配もなくなっていった。そしてどんどん熱さを増していく。本体が外にあるとはいえ、光も水もないこの状況で、ドライアドの身体に、何も影響がないはずがない。

 しかし暗闇の中を、ドライアドは手探りで進み続けた。

“彼に、会うんだ…!”

 気持ちは前へ前へと向かって行くが、歩む速度は、やはりどんどん鈍くなるばかりだ。枝と同じだ。本体からの距離を伸ばせば伸ばすほど、養分が届かなくなる。

 それでも気持ちは折れない。

“…会うんだ……彼に…!”

 いつしかその歩みは止まり、ドライアドは地面を這っていた。地面に接した部分は、最早傷だらけで、体液にまみれているに違いなかった。暗闇でなければ、体液を吸って、黒ずんだ土の線が、ドライアドの這った後に、延々と続いているのが見て取れたはずだ。

 止めない。諦めない。

“……会うんだ…‼”

 ただ、熱くなる方を目指して…その先に、火の精である、彼がいると信じて。前へ進む事を、ただ続けた。

“…彼に…!…彼に、彼に彼に彼に彼に彼に彼に彼に彼に‼”

 妄執に囚われたドライアドの頭に、暗闇の中である変化が起き始めていた。

 何かが生え始めていたのだ。しかし本人はその事に全く気が付いていない。

 生えてきたのは、角だった。激しい妄執が、ドライアドを鬼へと化していた。その目はもう長い間、瞬きすることを忘れていた。カッと見開かれたその目は、激しく血走り、進む先のみ見つめて、微動だにしない。食いしばった歯は、固く閉ざされ、今にも加えられた力により、パキンと砕けそうだ。その歯の隙間から、フーッ、フーッと熱い息遣いだけが漏れ続けている。

「⁉」

 その時だ。ドライアドの伸ばした手に、何かが触れた。

 ボッ

 何かに触れた手が燃え上がる。気が付くと、そこは赤い、ぼんやりとした明かりに包まれていた。燃える土。マグマに違いなかった。

 一瞬、ほんの一瞬、ドライアドから張りつめていた気が抜けた。

「……‼……」

 しかしその一瞬が、ドライアドの身体を突き動かしていた、妄執の精神と繋がる糸を、プツンと切っていた。自分の身体が燃えているというのに、もう、身体が動かなかった。最早ドライアドに、燃え上がった炎を消すことは出来なかった。

“ここまで、来たのに……‼”

 目から涙が溢れ出す。自分の意思では動かせない身体が、小刻みに勝手に震え出す。話にあったマグマを目の前にしているというのに……

「……」

 ドライアドは、覚悟を決めた。最後の方法、召喚の呪文を、紡ぐ。

 ボッという音を始まりに、メラメラと、ドライアドの身体を、炎が包んだ。

 そしてサラマンダーの顕現した姿が、ドライアドの前に現れる。

「…何をやってるんだ⁉」

 召喚されたサラマンダーが、衝撃の光景に、慌ててその手で宙を払う。何度も、何度も…

 しかし、ドライアドの身体を包む炎が、消える事はなかった。

「消えろ!…消えろ‼」

 それでもサラマンダーは、何度もその手を払う。何度も、何度も……!

「…もう、良い……本体から、離れ、過ぎた……」

 力ない、ドライアドの声が洞窟に響く。

「うるさいっ!しゃべるなっ‼絶対消してやる‼俺は、火の精だっ‼」

 しかし、その炎は消えない。召喚による作用だろうか。

「最後に…会えた……」

 ドライアドの身体が、最後の願いを叶えるように、その手をサラマンダーへと伸ばした。

「……‼」

 サラマンダーは、少し逡巡し、しかし、しっかりとその手を握った。最早燃える事を気にする必要はない。

「…嘘だ……契りを交わすと……⁉…そうだ!……契りを…俺と、お前の、…契りを……俺は契りを交わす!…だから、…だから……‼」

 ドライアドは、微笑んだ。しかし、それを最後に、ドライアドの身体は、木の精らしく、ゆっくりと消し炭と化していった。

「嘘だあっ‼ああああぁぁぁっ‼うそだあああっっっ‼」

 サラマンダーの咆哮が、洞窟に虚しく響き渡った。


 サラマンダーが、最悪の結末に打ちのめされていた時だ。

「……⁉」

 ドライアドの身体が燃え尽きた場所に、種が一粒落ちている事に気が付いた。

「…まさか……契りを、交わしたからか…?」

 精霊にとって、契りとは重い、重い、契約の事で、違える事は出来ないという事と、時に、思いもよらない効果をもたらす事があった。

 サラマンダーが、思わずその手を、種に伸ばす。

「!」

 そして慌てて引っ込める。種が燃えてしまうと思ったのだ。

「⁉」

 しかしその種は、父親の精気を吸い取ったかのように、発芽し、芽を伸ばし、そして、根を伸ばした。その根は洞窟の入口へ、そして、マグマの方へと――

「⁉」

 マグマに根を伸ばしたのを見て、慌てて燃え移る炎を消そうと、サラマンダーは手を振り上げた。

「……」

 しかし、その手で宙を払う事はなかった。何故なら、その根に、炎が燃え移らなかったからだ。それどころか…

「マグマから、養分を…?」

 そう。その根は、燃える事なく、マグマから水分と養分を取り込んでいた。

 やがてその種だったモノは、時間をかけて、その根を洞窟の外へと伸ばし、洞窟の周りに茎と葉を伸ばす。そこから光を取り込んでいるのだ。そして、根は、母の本体であった木の根にも繋がり、森の中心部に繋がる。マグマから力を得ているそれは、それだけに止まらず、時間をかけて、ゆっくりと、ゆっくりと、その生息域を広げていった。


 長い時間の末に、種が落ちていたマグマ近くの地底には、定期的に、一輪の花が咲くようになった。その地底に咲いた花は、燃えるような、紅い、炎のような色をしているという。

 その花が咲いている間は、その根を伸ばした地上にも、影響を与えるようになった。その姿を、紅く、紅く、染めるそうだ。

 その花が咲いている期間の事を、その地上では、こう呼ぶらしい。


『秋』と。


 その文字は、角を生やした木と、火が並んで、一つとなっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

木の精霊、火の精霊に狂う @LaH_SJL

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ