木の精霊、火の精霊に狂う

邂逅

 メラメラと、その者の目の前の木が燃えていた。そこに住まう、ドライアドの断末魔の叫びが、耳に、脳にと、形を成さぬ、鋭利な切っ先となって、何度も、何度も、いとまなく、その者に突き刺さった。

 その木の前には、その木を燃やしている炎、そしてそれを纏ったサラマンダーが佇んでいた。

 いつの間にか、耳に、脳にと突き刺さっていた刺激は消え、代わりにチリチリとその身を焦がす、熱波の刺激が、その者を襲っていた。

 サラマンダーが、ゆっくりと、その者へと顔を動かした。今度は文字通りの熱視線が、その者へと突き刺さる。

 その者とは、一本の木。そして、そこに住まう、ドライアドであった。

 ユラユラと揺れる、そのサラマンダーの瞳に射ぬかれたドライアドは、仲間を目の前で屠られ、次は自分の番かもしれぬというその状況で、一瞬でその瞳の、姿の、存在の…

 …虜となった。

 ドライアドはその姿を顕現し、フラフラと、サラマンダーの前に進み出た。

“何て…美しいんだろう……”

 ドライアドが無防備に、その手をサラマンダーへと伸ばす。

 ボッ

「……」

「⁉」

 当然のように燃えだしたドライアドの手。しかし本人は全く意に介した様子がない。逆にサラマンダーが驚き、その手で宙を払った。すると燃えていたドライアドの手の炎が、一瞬で消え去る。しかしプスプスと、その手からは煙が立ち上る。

「……」

 ドライアドはその自分の手を見て、キョトンとしている。燃えていた手の炎が、一瞬で消えたことに、少しだけ驚いたといった感じだ。

 燃えていたことに対する反応が全く見られないのだが、熱くないワケがない。本体ではないとはいえ、精霊の顕現した姿は、幻の類ではない。分身といった存在だ。熱も感じるし、痛みも伴う。しかし、目の前のドライアドは、その事に関しての感情が、全く読み取れない。

「…何なのだ、お前は…?」

 訝しがるサラマンダーに、ドライアドは自分の手から、サラマンダーに視線を移すと、うっとりとした表情で、こう口にした。

「私と、契りを交わしてくれる?」

「…契り?」

 精霊が口にする契りとは、契約という意味合いのモノだ。

「そう。私をあなたの…」

 そう言って、ドライアドはうっとりとした表情を、より深いモノとし、サラマンダーに近付いて行く。当然のようにドライアドの手が燃えだし、そして身体が燃えだす。しかし、ドライアドから熱や痛みに関する感情はやはり読み取れず、うっとりとした表情だけが、サラマンダーの目に焼き付く。

 サラマンダーは気圧されたように、一歩後退あとずさって、またその手で宙を払った。

 ドライアドの炎は一瞬で消え、その場には、焼け焦げて、煙の立ち上る身体で、うっとりとした表情を崩さないドライアドが、佇んでいた。

「本当に、お前は…」


 ドライアドとサラマンダーの、奇妙な付き合いは、こうして始まり、ドライアドにサラマンダーが気圧される感じで、しばらく続く事となった。二体は近づけば、ドライアドが燃えてしまう事となる。だからいつも距離を置いている。決して相手に触れる事はない。もちろん、契りもまだ交わしてはいない。

 ドライアドは本体から遠く離れる事が出来ない。だからサラマンダーが、会いに行かなければ、それで済む話なのだが、しかしサラマンダーは、この自分の想像の上を行くドライアドという存在を見たいという、興味心とでもいうモノに、抗う事がどうしても出来なかった。

 始まりは一方的なドライアドの盲目的な想いだけだった。しかしその盲目的な、一途な想いを、ただただ一直線に、時に狂ったようにぶつけられる内に、サラマンダーにも、妙な想いが燻ぶり始めていた。

 しかしその関係は長くは続かない。


「サラマンダーと付き合うなど正気ではないわ。別れさせないと。」

 一体のドライアドの言葉に、他のドライアド達が、無言で頷いた。

 ドライアドと同じ森に住まう、仲間のドライアド達であった。


「…何の用だ?」

「あの娘と別れてもらうわ。」

「……」

「ドライアドとサラマンダーが付き合うなど、あってはならないわ。あなたにも、結末は見えているんでしょう?」

 サラマンダーが、ドライアド達の言葉を、ただ聞いている。どこか一方的にも聞こえるその言葉は、しかしサラマンダーの胸にずっしりと、重い錨を降ろした。ドライアド達の言葉は正しい。触れる事も出来ない二人だ。いずれ、別れは来る。興味心が、妙な想いの燻ぶりへと変化し始めているのも自覚している。この辺が潮時なのかもしれない。

“……あの娘のためだ…”

「…良いだろう。俺がここへやって来る事は、もう二度とない。」

 サラマンダーは、その日を境に、森へ来なくなった。


「あなた達何をしたの⁉彼が姿を見せなくなった!わかってるわ!あなた達の仕業でしょ⁉」

「あってはならない事が、なくなっただけよ。」

「……‼……」

 悪びれた様子のない、冷静な仲間のドライアドの言葉に、怒りを押し殺し、ドライアドは踵を返した。

「どこへ行くの?無駄よ。私達は木の精。本体である木から、遠く離れる事は出来ない。」

「‼」

 キッと睨む。そして怒りを押し殺した声で、こう、口にする。

「私達は精霊。召喚の呪文を紡いででも、彼に会うわ。」

「!」

 さすがに、ドライアド達の表情に驚きが刻まれた。召喚とは自分の内側から、対象を呼びだすモノ。ドライアドがサラマンダーを召喚などすれば……

「止めなさい。その身を焦がすだけよ。」

 そう。間違いなくその身を焼き焦がすことになる。それで終わりだ。

「構わないわ。彼に会えるのなら。」

 ドライアドは強い決意を持った表情で、そう断じた。

「……」

 仲間のドライアド達の表情が、得体の知れない存在を目の前にして、困惑と否定を宿した、複雑なモノとなる。

「本体から離れられないし、その時はあなた達にも付き合って貰おうかしら。」

「⁉」

 先程と変わらぬ表情でそう話したドライアドに、仲間のドライアド達の表情へ、恐怖と驚きと、嫌悪とが加わる。

 少しは溜飲が下がるかと放った言葉だったが、ドライアドの怒りは治まることはなかった。

 ドライアドはもう何も言わずに、その場をただ立ち去った。


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