釣瓶落としの後始末
鮭弁DX neo
第1話
ひとつ、つまらない話をしましょうかね。
その昔に勘兵衛という男がいまして、もうこれが、どうしようもない男でして。
実家の酒屋じゃ、おっきな酒樽の栓を抜いちまってクビになり。
魚の卸しでは勘定の桁を間違えて、クビになり。
こないだ知り合いに金を貸したら、トンズラこかれて、いよいよ本当にクビ吊らなきゃならなくなったと。
トボトボ歩いて村の外れの一本松まで、少し高い丘からは生まれ育った村が一望できる。
自分の背の何倍も高い松を見て、
あぁ、オイラはこの木に抱かれて死ぬのかーって、
実際は祭りの玩具みたいに、片腕に吊るされるだけなんだけども。
いや大層立派な木だね、こんなに立派じゃオイラ以外にも先客がいたに違いねえ。
手頃な枝を見つけると、切れた縄がぶら下がってやんの。
縄は丁度いいくらいの位置で途切れていて、どうも刃で切ったような跡じゃない。
こいつは死ぬ前に自然と切れたんだろう、なんて羨ましい、いやいやオイラは死ににきたんだよ。
今度はオイラの番だな、よし縄の括りは済んだぞ。
輪っかを作って首に下げ、さぁ今生の別れのその時、
どこからか、話しかけてくる声が聞こえる。
「あのー。もしや死のうとされていますかね?」
なんとも、のんびりした喋り口だ。
「こちとら縄に首通した時から心臓が早鐘みてえに打ち鳴らされているのに、気の抜けた声で話しかけるんじゃねえ。」
勘兵衛は誰だかわからない声に怒鳴り散らします。
辺りを見渡しても姿がない、
「上ですよ、上。」
手の届かないような上の枝に、男の顔をが浮かんでる。
勘兵衛はびっくりして枝から落ちそうになるが、なんとか耐えました。
「びっくりさせんな、危うく枝から落ちておっ死んじゃうとこだったじゃねえか。」
「それはどうも申し訳ない。でも死のうとしてたんじゃないですか?」
言われてみれば確かにそうだが、それでも腹が立つのは仕方ない。
その首だけの男は続ける、
「首を吊られるのであれば、できれば違う場所にして貰えませんかね?」
なんと、首吊りを止めるわけではなく、場所を変えてくれと。
「嫌だね、ここが1番目につく場所なんだよ。死んで見つからなきゃ、何処に捨てられるか分かんねえ。」
「そこをなんとか、ここは私の狩場でね。
首吊りが続いたんじゃ誰も寄り付かなくなっちまう。」
その男曰く、先に自殺したら妖怪になってしまったらしく、今では人を食うために木の上で待っていたらしい。
「なんでえ、そんならオメエ。なんでオイラを食わなかったんだい?」
しばらく男妖怪は黙っていましたが、
「いざ妖怪になってみたら、人なんざ食えなくてね。俺は妖怪にも向いてなかったみたいだ。だから、この木で死ぬと俺と同じ妖怪になっちまうぞ。」
その言葉に、勘兵衛は考えさせられます。
オイラも仕事に向いてなくて死のうとしていたが、死んで妖怪になっても向いているか分からない。
そう考えると、どんどん恐ろしくなってきました。
「それに俺はこの場所が気に入っててね、村を一望できるこの場所を独り占めしたいんだよ。」
「そっ、そんじゃぁここで首を吊るのは辞めといてやろうかな、邪魔したな!」
急いで縄を外すと、首の妖怪は消えていなくなっているではないか。
縄を片付けて足元を見ると、そこには別の縄の輪が落ちていました。
縄の輪っかは、繋がっています。
きっと死ぬ間際に千切れたのではなく、死んだ後に切れたのか。
そうか、死んだ後のことも考えねぇとならないのか。
こりゃ死に方を考えるよりも、明日を生きる方が簡単かしれねぇぞ。
勘兵衛は取り敢えず金儲けの方法を考えながら村に帰ります。
その足取りは来た時よりも、幾分か軽くなっておりました。
一本松の丘の秋の空は、もうすっかりと暮れてしまっていましたとさ。
釣瓶落としの後始末 鮭弁DX neo @Sakeben
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます